21話 忘れていた想い ~始まりの少女1~
工房から帰宅し夕食を済ませた後、ノックスから報告の詳細と明日以降の段取りを聞かされた。
まず洗濯板に関しては、商品化することに決まったそうだ。
需要はかなりあるはずなので、会長も乗り気らしい。
金額は金貨一枚と結果次第での追加となるが、最高で金貨三枚だそうだ。
「お兄ちゃん、金貨三枚って香り付け石鹸より、だいぶ少ないけど?」
「ああ、それはね……」
ノックスが言うには、需要はあるらしい。
だが、すぐに真似され、市場を独占できる期間が短い。
そして、石鹸と違い、貴族相手に売れる物ではないからだそうだ。
貴族の侍女ともなれば、魔法でササッと洗濯するので、水洗いとは無縁らしい。
売れたとしても、貴族の侍女を持てない下級貴族がいた場合だけのようだ。
……えぇ~、なにそれ。
魔法の万能さに口を尖らせていると、エステラが急にププッと吹き出した。
「もう、ルル。そんな顔しないでよ」
……だってズルいじゃん魔法。
用意されたお茶を飲んで「ふぅ~」と、気を取り直す。
おろし金の件は、一応、試作品作製の許可は取れたようだ。
昼前には、依頼書が書き上がるらしい。
鍛冶場には、わたし、エステラ、アイナの三人。
今後の事も兼ねて、工房にはノックスが出向くことになった。
どちらもノックスが行く予定だったのだが、揃える材料の関係や、冬の到来が迫っているので、少しでも急ぎたいらしい。
問題も無く話し合いは終わり、体を拭いて就寝準備だ。
◇ ◆ ◇
一足先に子供部屋へ戻っていたエステラは、すでにスヤスヤと寝息を立てている。
わたしはエステラを起こさないようにそっと窓を少し開けると、スーッと部屋に入り込んでくる冷たい空気に身を震わせた。
……おぉ、今日は一段と寒い。鼻の奥がじんじんする。
あと数日で光の月の前節だ。
前世で言えば、一月にあたる。
今の時期は夜になると、ちらほら雪が舞う。
灰色の雲の隙間から差し込む月明かりが、舞う雪に反射してキラキラと輝いている。
わたしは、とても幻想的なこの景色が好き。
毎年、寝る前にこの景色を眺めては、考えを整理している。
ここのところ、空いている時間は商人の真似事ばかりだが、世間の常識を知るいい機会だと思い、積極的に関わっている。
おかげで、色々な人に出会い、周囲の人間関係も少しは分かってきた。
常識については、いつも自分の認識の甘さに肩を落とすが、これもいい勉強だろう。
でも、いつぶりだろうか。
知識を得ようと必死で努力をしたのは……。
振り返ってみても、この世界に来る以前なら、最後に勉強した記憶は大学受験だろうか。
……参考書買ったり、バイトしたりで忙しかったなぁ。
遠くをぼんやり眺めながら、あの頃を思い出す。
冬の空気を感じる冷たく澄んだ秋の日。
いつもの書店で、気になったラノベを一冊だけ手に取りレジへ。
受験勉強の気分転換にと、ラノベを読み始めた。
だが、これが思いの外面白くて朝まで読みふけり、続きが気になって次の日には全巻揃えてしまった。
そのおかげで、他の参考書代が無くなり、急遽バイトを入れ、忙しかった日々。
……あの時、ラノベにハマったんだっけ。
大変な時期にハマったもんだ。
今思えば、前世の時から一つに集中して、大ポカをやらかす性格は直ってないらしい。
……今日も結果的には、お姉ちゃんに助けられたなぁ。
今日の失敗は、前世の知識を持っていた弊害だろう。
わたしが、しっかり確認しなかったのも悪いのだが、当たり前だと認識していることが、この世界では通じない。
ここは異世界なのだ。
人や物、宗教や文化だって違う。
何度もそう自分に言い聞かせても、なかなか直せそうにない。
……難しいけど、自分で気をつけるしかないよね。
ぼーっと舞う雪を見ながら考えていると、雪の中にふわふわと浮き、テニスボールサイズの小さく発光しているようなものが見えた。
……何ですかアレは?




