16話 お父さんは忙しい ~裏側に潜む闇2~
ターナーは視線を逸らし、関わるべきじゃないと頭を振った。
関わるなという言葉に一理あるものの、ライアットは目を細めると、ターナーに先を促す。
「上級貴族ねぇ。他にも何かあるんだろ?」
さらに情報をくれという態度のライアットに、「おいおい」とターナーは呆れ顔で眉間を押さえた。
やれやれと観念し、ターナーは当時を振り返るように推測する。
「問われた内容から、来たのは領主側の人間だな。奴隷商に関わっている貴族を洗い出している、といったところか」
「そうか……」
……孤児絡みで上級貴族が動くはずがない。反発している貴族の洗い出しなら、わかる気もするが……。
「それと……赤い薬の件を聞かれた。最近、それを扱った商人を見ていないか? ってな」
「魔力を増幅させる薬か……」
ターナーが神妙な面持ちで頷く。
「そうだ。数年前、一時的に貴族の間で広まった、赤い色をした液体の薬だ」
ライアットは「まだ、残ってやがったのか」と、顔をしかめた。
通常、貴族の間で使われていたのは、失った魔力の回復を早める青い色をした液体の魔力回復薬。
しかし、新しく開発された赤い液体のそれは、魔力を回復させるのではなく、増幅させる効果があった。
あの頃は大騒ぎだったなと当時を思い出し、ライアットは苦い顔をした。
「あんな欠陥だらけの薬を、いまさらどうするんだ?」
「まぁ、欠陥品だな……」
効果を知った下級貴族たちは、我先に手に入れようと盛んに取引されていたのだが、致命的な欠陥があることが判明し、禁止となった薬物だったからだ。
ライアットの疑問も当然だと、ターナーは肩をすくめた。
「わからん……」
そう言ってターナーは、頭をかいた。
「今じゃ、禁制品だぞ……」
ライアットは、あの事件を思い出す。
赤い薬の致命的欠陥とは、服用すると高い確率で精神に異常をきたすというもので、早くて一節、遅いと半年近く発症までにかかることで、当時は発見が遅れた。
何度も服用することで起きる副作用的な症状には、魔法での毒性判断は効果がない。
もちろん、開発者は処刑。
製造過程が記された書類も破棄されたが、魔力を手軽に底上げしようとした多くの下級貴族が犠牲になった大事件だった。
「あの忌まわしい事件を忘れた馬鹿がいるのか?」
「さぁな、だが……」
ターナーは顎に手を当て「全部、俺の憶測だが」と前置きして、私見を述べた。
「上級貴族が動く事態と赤い薬、この二つは間違いなく関連してる。もしも、そこに反発している貴族の件が関係していたら?」
しばし杯に入った酒を見つめてから、ライアットは顔を上げた。
「奴隷商と消えた孤児も関係していると? 上級貴族が孤児を探すなど、有り得ないぞ」
「そこまでは分からん。あくまで憶測の域を出ない。探している商人が奴隷商だったらと、仮定したまでだ」
……薬、商人、反発貴族、繋がってるとしたら、なぜ、薬を? 精神が壊れるとわかっていて、あれを飲む貴族がいるのか? それに、消えた孤児とは結びつかんな。
ライアットは重要な情報を受け取り、ターナーに対して頭を下げる。
「ターナー、いつもすまん」
「かまわねぇさ……ところでよ、えっと……ご壮健か?」
「ああ、って、もしかしてまだ行ってないのか? いい加減、挨拶ぐらいしてこい」
「バカ言え、俺みたいなのが会いに行ったら、迷惑だろうがっ!」
先程までの真剣な表情とはガラリと変わって、緩みきった顔でターナーが吠えた。
「そうか……それは何よりだ」
ターナーは何かを懐かしむ遠い目をして、ぽつりと呟いた。
「じゃあな。そろそろ行く」
そんなターナーの様子に笑みをこぼすと、ライアットは残った酒を飲み干し席を立つ。
「ああ、今度は普通に飲みに誘え。たまには、西の商業区で飲みたいもんだ。あと、お前の奢りなっ」
ターナーはニヤリと笑い、酒の入った盃を掲げながら送り出した。
ライアットは頷きながら片手を上げ応じると、冷たい夜風の中を歩き出す。
自宅に戻ってきたライアットは、暖かな灯りで照らされた部屋で一日の疲れを癒やしていた。
先程までいた酒場とは別世界で、落ち着いた雰囲気が漂っている。
……やはり家はいいなぁ。
酒とちょっとしたつまみを運んできたルーチェも席に着く。
「あなた、どうだったの?」
「相手のことは大体わかった。まぁ、明日は大丈夫だ」
ルーチェの目元が緩み、小さく頷いた。
「そう……ターナーさんは相変わらず?」
「変わってないよ。それにあいつ、まだ顔も見に行ってねぇ。いつになったら行くんだか」
「ふふ、あの人らしいわね。私からも言っておこうかしら」
「ルーチェが言っても、聞かねぇよ」
ルーチェはふわりとした笑顔を浮かべながら、ターナーの頑固さにクスクス笑っている。
今日の出来事についてあれこれ話していると、扉の向こうからバタバタとした足音と一緒に「ツルツル~」「スベスベ~」といった声がして、慌ただしく扉が開いた。
顔を出したのは、エステラとルルーナだ。
「ほら、寒いから暖炉の前に座って頂戴。髪を乾かさないと」
暖炉の前に座らせ、乾いた布で娘たちの髪を拭いているルーチェが、感心したように言う。
「本当にツルツルね。指通りもすごいわ」
「本当にこれすごいね。ツルツルだよ。ルル」
……ルルーナが作った石鹸だったか。遠目に見ても、髪に艶があるのがわかる。こりゃぁ、すごいな。うちの娘たちは、神の御使いかもしれん。
「うちの娘たちはどこにもやれんな」
ライアットが自然とそんな言葉を呟いた。
ルルーナが一瞬呆れたような顔をしたが、気のせいだろうとライアットは酒をググッと美味そうに流し込んだ。




