16話 お父さんは忙しい ~裏側に潜む闇1~
領都サンドレアム。
その街の中央に位置する広場から東側。
東地区と呼ばれている場所がある。
市民権を持たない者や、旅人、ギルドに所属せず商売を行っている商人達など、西側の商業区と比べると、やや治安の悪い場所である。
そんな場所を星々が輝く冬空の下、商人との交渉を翌日に控えたライアットは、とある場所へ歩みを進めていた。
◇ ◆ ◇
風は冷たく、建物の外壁は傷んでおり、暗闇からロウソクの光が漏れている。
その光を頼りに、ライアットは目的地を目指す。
道は石畳で舗装されておらず、足元は泥で汚れるが気にしない様子で歩く。
通りには、ちらほらと人影が見える。
皆が不安そうな表情だが、彼らの目には生き抜こうとする執念が、宿っているようだった。
その道中でライアットは、様々な人を目にする。
ある者は露天商の前で刃こぼれをした武器を手にしていたり、別の者はちょっとした広場で、傷んで売れ残った食品の販売やロウソク作りの募集をしていたりした。
……数年前よりは、かなりマシになったか。
数年前、この東地区の治安回復を図った政策により、徐々にではあるが、治安の向上が見てとれる程度には回復してきた。
奴隷売買禁止法も、その一つである。
それまでは、暴力、違法な人身売買や、危険物、禁止薬物など、多数の犯罪行為の温床だった。
そのような、かつては危険だった場所を歩くライアットは、ようやく東側の一角にある酒場の扉を見つける。
それは頑丈そうな木材で作られ、扉には錆びた金具が取り付けられていた。
酒場の前には、荒く削られた木の看板が揺れている。
それが、彼の目的地であることを示していた。
ライアットは深い呼吸をして扉を開ける。
扉を開けた瞬間、安酒のきつい臭いが鼻をつく。
酒場の中は煙と喧騒が満ちており、暗い空間が広がっている。
薄暗い照明が天井から垂れ下がり、酒場の客たちは陰影に包まれていた。
カウンターには粗末な酒瓶が並び、強面の男達が疲れた顔で飲み物を喉に流し込んでいる。
周りを見れば、傷を癒すためにやってくる者、新たな仕事を求めて集まる者、非合法な商売の商談をする者など、様々だ。
ライアットは酒場の奥に進み、部屋の片隅の席に着く。
そして鋭い視線で周囲を見回すと、ゆっくりと警戒を解いた。
「おお、久しぶりだな」
暗めの茶髪で白髪交じり、こめかみの辺りに傷のある壮年の男が、ライアットに話しかけてきた。鋭い眼光のわりには昔馴染みのような口調だ。
「そうだな、ターナー爺。一年ぶりか?」
「二年ぶりだ。それと、爺にはまだ早いわっ!」
ターナーはライアットの向かいの席に着くと、つまみと酒を二人分注文し、店員を下がらせた。
「で? こんな場所へ誘うなんて、どうしたんだ?」
ライアットは大きな溜息とともに、ターナーをじろりと睨んだ。
「大体は察しがついてるんだろ? 最近、元奴隷商の動きが活発だ。孤児をハメて合法的に所有権を狙っている元奴隷商について、何か知らないか?」
「お前が首を突っ込むことじゃない。やめとけ」
ターナーは手をひらひらさせておどけて見せたが、その目は真剣だった。
「別に行動を起こすわけじゃない。ただ、動向を知っておきたいだけだ」
運ばれてきた料理をひょいっと口に入れて「マズイ」と、ターナーは顔をしかめる。
しばしの沈黙の後、やれやれとターナーは頬を緩めて思案し、ライアットに向き直った。
「まずは手口だが、六等平民を装って被害者になる偽装だな。実際に六等平民を使った事もあるようだが、大体は偽装だ。他には、自分の子供達を使った手口も確認されている」
ライアットが頷くのを確認すると、ターナーが続けた。
「罠にハメた後は犯罪奴隷を引き合いに出し、所有権を獲得といった流れだ。これも実際に、警備の者が立ち会った例も確認された。その際は、脅迫ではなく、あくまで温情で許すといった演技だがな。他には書類の改竄も数件あったな」
……そりゃ、最近も聞いた話だな。
「孤児が相手ならやりたい放題だな……。その後、孤児達はどうしてるんだ? やはり、農家に貸し出しと言って売られたのか?」
ライアットの質問に、ターナーは眉間に皺を寄せ「あぁ」と頷いた。
ライアットは心底嫌そうな顔で「チッ、奴隷商ってのは、ほんと根性がねじ曲がってるな」と、奴隷商を非難した。
「そういう噂は入ってきている。ただし、こっちの情報では最近、少し動きがあった。疑わしい元奴隷商は複数いる。その調査記録だが、孤児達は貸し出されているのは間違いないが、貸し出された先で姿が見えない」
……くそがっ! きな臭いどころじゃないぞ!
「おい、見えないってどういうことだ? 行方不明ってことか?」
「簡単に言うと、そういうこった。全員じゃなく、少数だが……」
そう言って、ターナーが酒をグイッとあおった。
「貸し出し先のほとんどは、東の街トバルだ。あそこは穀倉地帯で農家も多い。奴隷売買禁止法が出た後も、労働力を元奴隷に頼っている農家は多いからな。もちろん、税収が減ることに対して、領主に反発する貴族もいる。禁止法があっても、トバルの貴族達は、見て見ぬふりだ」
……トバルか。領都の目と鼻の先じゃねえか。
「奴隷に酷い仕打ちをしていた農家は、元奴隷となった者達に逃げられただろうな」
奴隷にしてきた仕打ちを考えれば、至極当然。簡単に逃げられる結末が予想できる。
苛立つ気持ちを抑えるように、ライアットは酒を手に取る。
そんなライアットの気持ちを肯定するようにターナーは頷くと、話を続ける。
「まぁ、そうなるな。善良な農家は元奴隷を従業員として、今も扱っているさ。孤児を欲しがっているのは、逃げられて焦っているヤバい農家ってことだな」
……今度は孤児を奴隷に……か。労働力は必要なんだろうが、胸糞悪い話だ。
「それで、孤児の所有権を取って貸し出すか……クソ奴隷商は考えたものだな。しかしなぁ、貸し出すことはわかるが、姿が見えないってのは……何が起きてる?」
ターナーは深く頷きながら、ライアットを探るような目でじっと見た。
話すべきか迷っているような様子だったが、今のライアットを見ていると変に動かれても困ると考え、ターナーは観念したように口を開く。
「行方不明については、本当にまだ情報がない。ただ……」
「ただ?」
「上級貴族が動いている。一節程前、その使いが俺のところに来た」
「――なっ! 本当かっ!?」
ライアットが驚愕に目を見開いた。
「本当だ……そんときゃぁ、焦ったぞ。渡した情報は似たようなもんだ。行方不明の件は、最近知ったから伝えてねえ。いいか? ここから先は貴族絡みだ。深入りするな。あいつらが何を探ってるのかは知らんし、分かりたくもない」




