17話 お父さんは忙しい ~交渉の舞台裏1~
翌朝、商人との交渉日。
家族で朝食を済ませると、役所へ向かうためノックスは一足早く家を出た。
二の鐘も鳴ろうとする頃、ライアットは「準備があるんでな」と、レント商会の店に向かう。
ルーチェは工房へ、エステラとルルーナは留守番だ。
ライアットが店に着くと、眼鏡をかけた若い男性がノックス、アイナと共に出迎えた。
クセの強い茶髪で、二十歳過ぎといった感じだ。
「ライアットさん、今日はよろしくお願いします」
緊張気味のアイナが、ぺこりと頭を下げた。
「本当にいつも急ですね。ライアットさん」
片手で眼鏡を外すと、眠たそうな目を擦りながら、愚痴をこぼすように青年が挨拶をした。
「ああ、すまんなトラン。アイナもおはよう。打ち合わせは済んだか?」
「ええ、大丈夫です。アイナさんには、説明しましたよ」
トランと呼ばれた青年は「徹夜だったのに」とか「高くつきますよ」と、まだ愚痴をこぼしている。
そんな様子を横で見ていたノックスは、心配そうな目でライアットに合図を送る。
……こいつを見てると、心配する気持ちもわかるがな。
ライアットは「心配するな」と、ノックスの背を軽く叩き、簡単な打ち合わせをしながら商人との待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所に到着してから少し経った頃、商人の親子も到着した。
恰幅のよい商人の表情には、若干驚きの色が見てとれた。
それもそうだろう、相手は金も持たない孤児だと思っていたのに、大人を二人も連れて来ているのだから。
「これはこれは。お待たせしたようで、申し訳ありませんなぁ」
商人はへりくだった態度で挨拶すると、軽く頭を下げた。
「商人のダズマと申します。今日はよろしくお願いします」
「ああ。彼女の代理交渉をするライアットだ」
「本日は立会人をさせていただきます。トランと申します」
立会人という言葉にダズマは一瞬嫌な顔をしたが、すぐに元の顔つきに戻る。
ライアットとダズマは、互いに手を差し出し、握手を交わす。
……さて、交渉の開始だ。
「まず、単刀直入にお聞きしたい」
「なんでございましょう?」
「支払いの金額が、少々高い気がするのですが」
「こちらとしても、子供のやったことなので高い気がするのですが、やったことがやったことなので……これでも、低く見積もっているのですよ?」
まずは、ライアットが金額について交渉するようだが、やはり金額は大銀貨六枚から下げる気はないようだ。
「どうしてもその金額ですか? ……旅人の分も含まれているようで」
「ええ、返却については伝手がありまして。それも含めまして、だいぶ譲歩はしているんですがねぇ」
……伝手ねぇ。それは一体どんな奴らなんだか。
元々、エステラから聞いた時、孤児に騙される旅人というのも、ライアットは疑っていた。
だがそれも、先日聞いたターナーの話から確定的になった。
全てが組織的だった場合、それなりに大きい組織なのではと考え、やはり貴族、もしくは元奴隷商たちの存在が見え隠れしていることに、ライアットは眉をひそめた。
一方でダズマはというと、最初こそ交渉人と立会人を孤児が連れて来たことに多少驚いてはいたが、ライアットの表情を見て、平民が出せる金額ではないと確信したようだった。
いくら交渉の場に大人を連れて来ようとも、金はたいして持ってないのだろうと、その態度にも余裕が見てとれる。
「払っていただけるのでしたら問題ないのですが、払えないとなると……」
もう少し金額を下げられないか交渉したものの、それにダズマは応じず、ライアットは厳しい表情を見せた。
ニヤつく顔を抑えるダズマの横で、この状況に彼の息子も鼻を鳴らした。
「では、どうしてもこの値段で?」
「ええ、何度も申してる通りです。大変、大きな額だとは思いますが……」
値下げの交渉がうまくいかず、両者の話を聞いていたアイナが俯き、震える手をグッと握る。
その動きを見て、余裕の表情でダズマの息子が口を開く。
「騙された僕も悪いが、そいつがやったことは詐欺に等しい。払わないなら、犯罪奴隷だぞ」
ここぞとばかりに、俯くアイナに対して厳しい言葉を浴びせる。
子供が口を出す場面ではないのだが、ダズマはニヤつくだけで咎めようとはしない。
その様子を、ライアットもノックスも、ただ黙って見つめていた。




