1話 初めてのお使い ~初めて尽くしの第一歩~
「行ってらっしゃい、ルルーナ。気をつけてね」
「うん。行ってくるねっ! お母さん」
エステラに手を引かれて家を出る。
表通りに続く決して広くない道を抜け、馬車が並んで通れるような石畳で舗装された大きな通りに出た。
表通りにすら出たことのないわたしにとって、ここからは未知の領域だ。
……お姉ちゃんて、ちゃんと気遣いできるんだね。もっとビューンと走って行くと思ってたよ。
まだ九歳なのに、想像以上にしっかりしている。
家にいる時と全然違うのだ。
エステラが、わたしの歩く速度に合わせてくれている。
そのおかげで、じっくりと街の景色や、行き交う人々の様子を見渡すことができた。
……おぉ~、人多いなぁ。
髪の色も凄い。
近所の人は茶髪や赤い髪が多かったけれど。
……うわぁ~、緑色や紫っぽい人までいる。
行き交う人々の服装は汚れが目立つ者が多いが、商店の周りの人などは小綺麗だ。
やはり商家だからなのか、わたしの家族も小綺麗だと思う。
前にお母さんが階級がどうのと言っていたから、今度、詳しく聞いてみることにしよう。
と、その時、エステラがぐいっとわたしの腕を引いた。
「ぉわっ!」
腕を引かれるまま、エステラにぽすっと体を預ける。
わたしが立っていた脇を水色の髪の女の子が、結構な速度で走り抜けていった。
「ちょっ! ……アイナ!!」
エステラが叫ぶ。
だが、女の子には声が届かなかったのか、そのまま走り去っていった。
……知り合い?
やれやれといった感じでエステラが頭を振った。
わたしを見やり「大丈夫? 気を取られ過ぎると危ないからね」と、早速、注意喚起。
「う、うん」
確かに注意散漫だった。
これは気をつけないと。
ひとつに集中すると周りが見えなくなる、わたしの悪い癖だ。
前世から、これは治ってないらしい。
エステラは別に怒ってるわけじゃない。
わたしの身を案じての注意だ。
……こういうところが、お姉ちゃんのすごいところだよね。
そんな感想を抱きつつ、しばらく歩くと、大通りの先に開けた場所が見えた。
……おぉ~、これは……想像してたより……凄い!!
石畳の道の上を見たことのない動物が荷馬車を引いて行き交い、広場のような場所には市場が開かれている。
市場の周りには、食材を買い求める人だかりもできており、屋台や露店なども出ていて活気がある。
……あれは牛? 頭にお花咲いてるけど。
目を引いたのは、体中を毛と植物のつるでびっしりと覆われている牛みたいな不思議な動物。あれは前世では見たことがない。
……凄い! あの子、可愛いぃ~。大人しそうだし、触っても大丈夫かなぁ?
「お姉ちゃん! あの荷を引いてる動物は、なんて名前なの?」
「あれは、タルタニだよ。冬は体中を植物で覆って、寒さを防いでいるの。頭に咲いてる花に触れなければ、大人しいよ」
「へ、へぇ~」
……触るところでした。あ~、変な汗出てきた。
他にも、狩人が仕留めたと思われる、ムッガルという三本の角がある鹿のような動物や、猪を小さくしたような動物であるポリニーが荷車に乗せられている。
内心、ウキウキで不思議な動物たちを目で追っていると、急に普段の鐘の音とは違う音が広場に響いた。
周囲の人々が空を見上げたので、わたしも釣られて空を見上げる。
何だろうかと思った直後、羽の生えた馬のようなものが、凄い速さで空を駆け抜けていった。
……うわぁっ! 今度は何っ? 馬っぽいのが空を飛んで行ったけど……。
「お姉ちゃん、空を飛んで行ったのは何!?」
「あれは天馬。乗ってたのは騎士団の騎士だね。出撃の鐘が鳴ってたし……格好いいなぁ」
……えっ! あれって人が乗ってたの? 速すぎてわからなかったよ。
今まで家の中や周辺しか知らなかった。
それが今までの世界だった。
そのせいでわたしは、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
時代的に過去の中世ぐらいではと考えていたが、物語やゲームの中でしか見たことがないような動物がいる。
過去の時代ではなく、世界そのものが違う可能性がある。
物語の中の存在が、現実にそこにいる。
もしかして、魔法とかもあるのだろうか。
そう考えると胸が高鳴る。
エステラに聞いてみたいが……。
いいや、駄目だと、わたしは心の中で頭を振った。
わたしの勉強のために借りてくる本や書き写しは、図鑑というか店のチラシの束のような物ばかりなので、魔法については一切書かれていない。
目や耳にしたことがない内容は、避けた方がいいだろう。
……そういう物語があればなぁ、魔法ってあるの? とか無邪気に聞けるのに……。
チラリとエステラを見ると、騎士団が飛んで行った方向をキラキラした目で、じっと見ていた。
……騎士に憧れてるのかな?
「お姉ちゃんは騎士になりたいの?」
「うーん、なりたいけど……ちょっと無理かなぁ」
普段ならば「もちろん!」と、やりたいことに真っ直ぐなはず……。
それなのに、少しだけ悲しそうな目をして、なぜか諦めた口調だったのが気になる。
それにちょっと元気もない様子。
……お姉ちゃん?




