1話 初めてのお使い ~家族の温かさと小さな決心~
「ルルーナ、そろそろ起きないと」
扉の向こうから、優しい声がする。
……うぅん……この声はお母さんだね。
目を開けると、窓からの光が部屋の隅々まで満ちていた。
起きているつもりだったが、どうやら二度寝してしまったようだ。
……二の鐘はまだ鳴ってないよね?
「エステラは随分と前に起きて、薪拾いに行ったわよ」
「……うん」
「スープも温め直したからね」
「ありがとう、お母さん。すぐ行くね」
……お姉ちゃんは働き者だなぁ。さぁて、ごっはん~、ごっはん~。
着替えを済ませて子供部屋を出る。
台所の扉を開けると、朝食の香りが漂った。
奥には、明るくふわりとした茶色の髪を三角巾でまとめたお母さんが見えた。
「おはよう、お母さん」
お母さんは振り返ると、黄土色の瞳でわたしを見た。
「おはよう、ルルーナ」
朝の挨拶を済ませていつもの席に着く。
お母さんがテーブルにスープと固めのパンを置いて、ニコニコと優しい笑顔でこちらを見て「どうぞ」と、勧める。
「恵みに感謝を」
……この言葉にも、随分と慣れたよねぇ。
最初は「いただきます」なんて言ってしまい、周りがポカーンとしていたのを思い出した。
……色々と、時代も違えば習慣も違うんだよね。
まだ上手く固めのパンを食べられないわたしは、ちぎったパンをスープに浸して柔らかくする。
朝食をゆっくりと味わっていると、カーン、カーンと鐘の音が聞こえた。
……二の鐘だ。わたし結構、寝てたみたい。
夜明けに一の鐘、三の鐘がお昼の合図。
二の鐘が鳴ったということは、そろそろ午前九時過ぎ。
前世と時間の流れが同じだと考えるなら、それぐらいなはずだ。
鐘の音を合図に、薪拾いからエステラも帰ってくるだろう。
……急がないと。
最後のパンの欠片を飲み込むと同時に、ドアが勢いよく開き、張りのある元気な声が響いた。
「ただいまっ! 母さん」
枝の束を抱えたエステラが帰って来た。
黒に近い茶髪で、癖のないショートボブの可愛い姉だ。
その髪に引っかかった草や木くずを手で払い落とすと、やや吊目がちで、キラキラした琥珀色の瞳がわたしに向けられた。
「ちゃんと起きてるね。おはよっ! ルル」
「おはよう、お姉ちゃん」
エステラが拾ってきた小枝や、薪の代わりになりそうな枝の束を床に置く。
暖かそうな綿入りの上着を脱ぐと、椅子に腰をおろした。
お母さんも「おかえり、エステラ」と、食器の後片付けをしていた手を止め、床に置いた枝の束を確認した。
どうも冬支度の準備が気になるようだ。
「エステラ、教会の裏の林だけじゃ、薪が足りないかもしれないわ。もう拾える量も少ないでしょう?」
「うん。去年より、だいぶ少ないかも。父さんに相談して、森の入口まで行けないか聞いてみるね」
……倉庫にも結構あった気がするけど。まだ、足りないの?
冬支度は大事。
だけど、そういう備蓄関係は全くわからない。
なので、わたしにとって今日最大の難関に頭を切り替え、フル回転させる。
今のわたしが実際に見て知っているもの以外は、名前を出したら危険だ。
あとは、絶対にエステラとはぐれないこと。
迷子はごめんだよね。
他には、何か便利そうなもの。
できれば、お金になりそうなものとか――
再び席を立ったエステラがわたしを見た。
「離れちゃダメだからね、ルル。そろそろ行くよっ!」
「ルルーナをお願いね。三の鐘までには帰って来るのよ」
「うん、大丈夫。任せてっ! わたしはお姉ちゃんなんだからっ!」
エステラが胸を張った。
今日の最難関。
それと同時に、ここ最近の関心事である街の様子を確認できる――そう、初めてのお使いの時間だ。
なぜか自信満々なエステラの姿を見ながら、着ていた厚手のシャツの上に、もこもこした上着をお母さんに着せられた。
……これはちょっと歩き難いなぁ。
よたよた歩いているわたしを見て、ちょっと心配そうな顔をしているお母さんが、わたしの頭を優しく撫でて微笑んだ。
……わたし、緊張してるように見えるのかな?
顔を上げてお母さんの顔を見ると「大丈夫、心配いらないわ」と、お母さんが呟いた。
この優しく微笑むお母さんの顔が、大好き。
わたしは「ふぅ」と小さく息を吐く。
自分でも気づかないうちに、少し力んでいたようだ。
肩の力が、ふっと抜けるのがわかった。
……緊張してたんだ。ありがとう、お母さん。
この家の温かさが、ちゃんと心の奥に染みている。
不安で心が折れそうだった時期もあった。
そのたびに家族が笑ってくれた。
それがあったからこそ、乗り越えられたんだと思う。
この家族の愛情のおかげ。
それだけは間違いない。
だから、随分前に決心した。
ここで生きていくって。
そう決めた。
ぐっと小さな拳を握り込み、エステラの後を追う。
エステラが扉を開けると、ひゅ~っと冬の冷たい空気が顔を撫でた。
……さぁ、いくわよ!




