表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/231

89話  嘲笑されるもの ~傾く天秤2~



 傍聴席が次第に収まり、緊張が高まる。


「うむ……」


 マーキス・グラベルは書状を閉じ、重々しく頷いた。


「……なるほど。少なくとも放置したとは言えんな。調査と報告が続けられていたことは、この記録で明らかだ」


 その言葉を受け、アード・ロッタがわずかに目を細めた。


「偽金貨の存在は事実。しかし、それを追及し処置した足跡もまた事実――そういうことだな」


 マーキス・グラベルの太い声が会場全体に響く。

 わたしは小さく息を吐き、緊張がほんの少しだけ和らいだ。


 沈黙を破ったのは、再び立ち上がったアード・ロッタだった。

 冷ややかな笑みを浮かべながら、わざとらしく肩をすくめる。


「……ふん。偽金貨については認めるとしよう。だが、問題はそれだけではあるまい」


 金茶の瞳が鋭く光り、わたしを射抜く。


「公定分銅の偽造――事実ではないと言ったが……これについて、どう弁明する?」


 傍聴席が再び湧いた。

 アード・ロッタに呼応するかの如く、「分銅を偽造か」「秤そのものが信じられん」といった囁きが、矢のように飛んでくる。


 けれど、これは事実無根。

 絶対に譲ってはいけないところだ。


 わたしは深く息を吸い、まっすぐに言葉を放った。


「……先程申し上げた通り、事実ではありません」


 傍聴席が一瞬静まった隙に、わたしは続けた。


「トバルにおいて、全ての秤を検査しました。鍛冶場の鋳型を調べ、分銅を鋳直した記録も残っています。ですが、偽造の痕跡はどこにも見つかりませんでした」


 傍聴席から若干の驚きが混じった声が聞こえた。


「全て検査をしたのか」

「分銅の鋳型まで調べたというのか」


 ちらりと傍聴席を見たアード・ロッタは、それでも余裕の表情のままだ。


「つまり、分銅が偽造されていたという告発そのものが、根拠のないものです」


 震えを隠しきれない声だったが、言葉は確かに響いた。

 視線が再び集中し、空気が張り詰める。


「何を言い出すかと思えば……その記録自体が捏造されたものではないのか?」


 ……そんなの、いいがかりだ。


 アード・ロッタの冷笑とともに放たれた一言が、会場全体を揺さぶった。

 すぐさま傍聴席から、「なるほど」「記録など、いくらでも書けるな」と貴族たちの声が飛び交う。


 たしかに、今この場に分銅や鋳型の現物を持ってきてはいない。

 調査を行ったのは事実だが、それを示すのは書類だけ。

 反論しようと口を開きかけるが声が出ない。


 ……前を向け、わたし。


「どうした、代理殿?」


 アード・ロッタがわざとらしく首を傾げ、口元を歪める。


「記録があると言い張るなら、今ここで現物を出してみせよ……できぬのなら、その記録こそが作り物と見なされても仕方あるまい」


 傍聴席から嘲笑が漏れる。


「やはり子供には無理だった」

「口先だけか」


 煽る言葉の数々に焦りが増す。


 ……どうする……どうしたら……。


 頭の中で必死に言葉を探す。

 けれど、確かな反論が見つからない。


 重苦しい沈黙の中、アード・ロッタの声だけが冷たく響いた。


「沈黙こそ答えだ――諸卿、これが都市を預かるという小娘の実態よ」


 冷笑とともに会場に響いた言葉に、いくつもの嘲笑が重なった。


 会場の空気が一気にアード・ロッタの側へ傾いていく。

 その空気をさらに押し固めるように、アード・ロッタが一歩踏み出した。


「いや、考えるまでもあるまい。どうせお前の答えなど、すべてアゼレアの入れ知恵だろう?」


 はっと顔を上げた瞬間、彼の鋭い声が突き刺さる。


 ……一体、何を?


「命惜しさに平民の奴隷に身を落とした女のな!」


 ざわめきが爆ぜるように広がった。


「奴隷だと?」

「なんと浅ましい」


 傍聴席の貴族たちが口々に囁く。

 アード・ロッタは口角を吊り上げ、さらに声を張った。


「自らの誇りを捨てて小娘に従うとは、貴族の風上にも置けん! そんなお飾りをこの場に上げるなど、茶番以外の何ものでもあるまい!」


 ……おまえは……。


 冷酷な言葉が容赦なく会場に突き刺さる。

 横目で傍聴席を見れば、その声を肯定するような貴族たちが多数見える。


 会場は完全にアード・ロッタの支配下へと傾いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ