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89話  嘲笑されるもの ~傾く天秤1~



 張り詰めた沈黙。

 告発の言葉が会場に沈んだ瞬間、すべての視線がわたしに注がれた。


 壇上の審問官も、傍聴席の貴族たちも。

 まるで、わたし一人を見世物にするかのように。


 息が詰まり、言葉が喉に張りつく。

 立ち上がろうとした足が一瞬すくんで、心臓の音ばかりが耳の奥に響いた。


「……」


 誰も助けてはくれない。

 アゼレアも、マテオも、ロエナも――この場で言葉を許されているのは、わたしだけ。


 精霊の光が、ふっと揺れて肩に触れた。

 その温もりが、わたしの背を押す。


 わたしは大きく息を吸い込み、前を見据える。

 そして震える唇を必死に押さえつけ、声を絞り出した。


「……その告発は、事実ではありません」


 幼い声ながらも、はっきりとした否定に幾人かの貴族が姿勢を正した。


「トバルにおいて、公定分銅の偽造も、偽金貨の放置も――わたしは一切、行っておりません」


 その言葉に聴衆の疑いの目が増していく。

 だが、逃げてはいけない。

 怯んではならない。


 喉の奥が焼けつくように痛んだが、はっきりと声を響かせ続けた。

 幼い声での否定が会場に響いた瞬間、低いどよめきが広がった。


 その波を断ち切るように、壇上の審問官の一人が淡々と告げる。


「反論、承った」


 その一言で場が再び静まり返る。

 形式に則ったやり取りだが、張りつめた空気は変わらない。


 やがて、椅子を引く音とともに、アード・ロッタがゆっくりと立ち上がった。


「ほう……堂々と否定するものだな」


 細い唇が冷たく歪む。


「だが、子供の言葉にどれほどの価値がある?」


 傍聴席から、くつくつと笑いが漏れる。


「小娘に何ができる」

「所詮は飾りだ」


 傍聴席からの囁きが矢のように突き刺さった。


 その様子に満足げなアード・ロッタは手を広げ、会場全体に語りかけるように声を張った。


「領都の秩序を脅かす偽金貨の問題、それを前にして何も知らぬと答える代理殿! 諸卿、これが都市を預かる者の態度と言えるのか?」


 好奇の目がまた寄り集まる。

 息苦しさが増す――それでも、逃げない。


 わたしは震える息を押さえ、はっきりと声を返した。


「……公定分銅の偽装については、事実ではありません」


 壇上の審問官が小さく頷き、記録役が巻物に筆を走らせる。

 わたしは一拍置き、続けた。


「ですが、偽金貨については確かに存在しました。けれど、それを放置したというのは違います。発見直後から原因を調べ、被害を防ぐために手を打ってきました」


 息を呑む気配が走る。

 存在は認めつつ、責任を否定する――その言葉がどう受け止められるか、会場全体が注視している。


 わたしは必死に視線を逸らさず、壇上を見据えた。


「ほほぅ……放置してはいない、だと? ならば証拠を示せ。口先だけなら誰にでもできる」


 片眉を上げ、アード・ロッタは何も変わらんというように目で笑った。


 ……ふぅ、トランさんに感謝だね。


 わたしは冷静に言葉を返した。


「証拠ならあります」


 わたしは振り返り、はっきりと命じた。


「マテオ、証拠を」

「はっ」


 マテオが懐から書状の束を取り出し、壇上の進行役――マーキス・グラベルへと差し出した。


 マーキス・グラベルは分厚い手でそれを受け取り、一枚ずつ目を通していく。


「……ふむ。サンドレアムへの報告。領都全体の取引記録。鍛冶場の鋳型の調査結果。同じく、トバル内部での調査記録……」


 読み上げる声は重々しく、会場に響き渡る。

 しかし、反論したにも関わらず、アード・ロッタの余裕は崩れなかった。




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