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88話  嘲笑されるもの ~貴族の世界2~



 ――コン、コン、コン。

 部屋の外から、護衛役のエルネストが三度、扉を叩く音がした。


 ……安全だ。


 アゼレアが頷くと、マテオがそっと扉を開ける。


「失礼します。アード代理、そろそろお時間です」


 案内役の兵士の声が、室内に響く。

 その言葉に、わたしの落ち着き始めた鼓動が、再び慌ただしく動き始めた。


 アゼレアが先に扉の方へ進むと、わたしに振り返った。


「いいな、ここからは決して気を抜くな」


 わたしが頷くと、ロエナも後に続く。


 廊下に出ると、先ほどより人の数が増えていた。

 貴族らしい者たちが傍聴席へと向かって行き、視線だけをこちらに投げていく。


 笑っている者もいれば、ただ興味深そうに眺める者もいる。

 廊下を進むごとに、徐々にざわめきは大きくなった。


 わたしはそれらの視線に耐えながら、胸を張り、平静を装う。


 やがて重厚な両開きの扉の前にたどり着く。


 ……立派な扉ね。


 金属の装飾が施された立派な扉。

 まるで別世界への境界のように、わたしには見えた。


 案内の兵士が手をかけ、重そうな扉がゆっくりと押し開かれる。


 目に飛び込んできたのは、高い天井に大きなシャンデリア、並ぶ紋章旗。

 壇上には審問官たちがすでに着席し、左右には貴族たちが傍聴席を埋めていた。


 そのすべてが、わたしの一挙手一投足を値踏みしているかのようだった。


 思わず肩に力が入る。

 俯きそうになるのをぐっと堪え、前を向く。

 壇上に立った瞬間、空気の重さが肌にのしかかった。


 そんな中、冷ややかな声が響く。


「ほう……これが噂の代理殿か。ずいぶん幼いではないか」


 顔を向ければ、男はニヤリと口の端を釣り上げた。


 歳は四十代ぐらいだろうか。

 赤髪に白を混じらせた髪をきっちり撫でつけた男が、冷笑を浮かべていた。


 目が合うと、ピクリと片眉を上げ金茶の瞳がこちらを射抜いてくる。

 その眼差しには、侮蔑が隠されていなかった。


 ……こいつが、アード・ロッタ。


「子供に町の要職を任せるなど、正気の沙汰とは思えん。この場で、どれほどの言葉を返せるのか、見ものだな」


 傍聴席から小さな笑いが漏れる。

 胸がズキリと痛んだが、アゼレアに言われたことを思い出す。

 わたしは必死に目を逸らさず、まっすぐにアード・ロッタを見返した。


 その時、場を震わせるような大音声が響いた。


「――静まれ!」


 ざわついていた会場が一瞬で静まり返る。

 壇上中央に座る大柄な老将ともいうべき男が圧を放ち、堂々たる姿で一同を見渡していた。


「これより審問会を始める」


 重厚な響きが高い天井に反響し、静寂の中に重々しい空気が広がっていった。


「まずは出席者を確認する」


 壇上中央に座る男が鋭い眼差しを役人に向けると、書記役の役人が立ち上がり、名簿を読み上げていく。


「アード・トバル代理、ルルーナ殿」


 わたしは名を呼ばれて立ち上がると、深く頭を下げる。


「アード・ロッタ、ルベリオ・ロッタ殿」

「ここに」


 アード・ロッタが立ち上がり、形ばかりの礼を返す。

 その瞳は冷ややかで、口元に薄笑いを浮かべていた。


 他の都市の名も読み上げられ、出席者が次々と確認されていく。


「マーキス・グラベル、ベルトラム・グラベル殿」

「うむ」


 マーキス・グラベルの太い声が響き、大きな手で机をどんと叩くと、場の空気が再び引き締まった。


 やがて書記役が巻物を閉じると、マーキス・グラベルが低く宣言した。


「進行はこの私、マーキス・グラベルが務める。異論はあるまいな」


 静まり返った会場に、ただ数人の首肯が返る。


「よし。それでは――告発の内容を読み上げよ」


 書記役の役人が再び巻物を手に取り、壇上の中央に立つ。

 その声はよく通り、会場に響き渡った。


「ここに告発を申し立てる。アード・トバル代理、ルルーナ殿――」


 一瞬、心臓が止まったように感じる。

 わたしの名が、この重苦しい場に晒されたのだ。


「告発の第一。トバルにおいて、公定分銅を偽造し、不正に流通させた疑い」


 会場は騒然となった。

 幾人かの貴族が目を見開き、冷たい囁きが聞こえる。


「告発の第二。市井に流通した偽金貨の存在を知りながら、これを放置し、領内の混乱を助長した疑い」


 今度はあからさまな嘲笑が混じる。

 貴族たちの「やはりか」「子供ではな」といった声が、あちこちから突き刺さった。


 ……大丈夫。証拠なんてない。


 書記役は一呼吸置き、巻物を閉じる。


「以上、二点において告発するものなり」


 会場が再び静けさに包まれる。

 アード・ロッタがゆっくりと立ち上がり、冷ややかな笑みを浮かべた。


「さて――ルルーナ殿。どのように弁明なさる?」


 その声は、まるで勝利を確信した者の余裕に満ちていた。






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