表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/231

73話  嵐は突然やって来る ~見えない風の中で2~



 午前中の調査は、役人たちが畑や倉庫を視察する形で進められた。

 マテオが帳簿を開き、説明を加えるたびに、役人たちは数を記録して頷いていく。


 その様子を少し離れた場所で、アゼレアと並んで見守っていた。

 わたしは後ろに控え、必要があれば補足を挟む立場だ。


「ねぇ、どう思う?」


 わたしは小声で、アゼレアに問いかける。


「法に触れているわけではない。だから、今のところは何とも言えん」


 アゼレアは視線を役人たちから外さず、低く抑えて答える。


「ただ――あの男には気をつけろ」


 わたしは短く頷いた。

 奇抜(きばつ)な行動ばかり目立つが、それだけで済ませていい相手ではない。



 昼食を終えると、再び調査が始まった。

 だが、どこを探してもレックナートの姿がない。

 従者や役人たちも困惑していたが、調査自体は滞りなく進むので、そのまま作業は続けられた。


 そして夕刻に近い頃。


 町外れの通りが、どよめきに包まれた。

 振り返ると、狩人たちを従えて戻ってくるレックナートの姿があった。


 肩には立派な角を持つムッガルが担がれ、その後ろにも、もう一頭が引きずられている。


「二頭も仕留められるとは……! 流石は貴族様だ!」


 集まった平民たちが口々に称賛する。

 その声を聞きつけ、子供たちが次々と駆け寄ってきた。


「すげぇ! あんな大きいのどうやって?」

「矢、どこに当たったの?」


 レックナートは得意げに胸を張り、片手をひらひらと振った。


「崖の上から狙いを定めてな……俺は風を読んで、ぐっと弓を引き絞り、放った矢が――一撃で心臓を貫いたのだっ!」


 子供たちは目を輝かせ「ほんとに!?」、「かっけぇ!」と歓声を上げる。


「それだけじゃないぞ。もう一頭はな――走り出したところを正面から突いてやった! ほら、この角の傷跡が証拠だ!」


 わざわざ角を子供たちの目の前に差し出し、獲物の大きさを見せびらかす。


「うわぁ……!」

「でっけぇ!」


 彼はますます調子づき、身振り手振りで狩りの様子を再現し始めた。

 弓を構える仕草、崖を駆け下りる真似、倒れた獲物に止めを刺す格好。


 周囲の大人たちは呆れ顔を隠しもせなかったが、子供たちは大興奮で彼を取り囲む。


「どうだ、すごいだろう!」

「すごいすごい!」


 貴族の徴税官が、子供たちに混じって胸を張っている。

 子供たちの目はきらきらと輝き、歓声が次々と上がる。

 わたしは少し離れた場所からその光景を眺め、思わず呟いていた。


「……なんなの、あの人」


 周囲の空気があまりにも賑やかで、二度目のその言葉に誰も異を唱えなかった。


 一日目の視察を終え、執務室へ戻る。

 執務室にはランプの灯りが揺れており、帳簿を閉じたアゼレアが、窓辺に視線をやりながら小さく息を吐く。


「今日一日、お疲れさま。よく頑張ったわね」

「……でもさ」


 わたしは机に肘をつき、言葉をこぼす。


「あの貴族、なんなの?」


 アゼレアは顎に指を添え、少し考えてから言った。


「目的は分からないわ。けれど、少なくとも危害を加えるようには見えなかった」

「なんでそう思うの?」

「普通なら、最初に釘を刺してくるものよ」


 アゼレアの声は落ち着いていた。


「『お前は平民の身だ、口を出すな』――そう言って、私を含め、部下をも黙らせる。でも、彼はそれをしなかった」

「……言われてみれば」


 わたしは昼間のやり取りを思い出す。

 確かに横柄な言葉はあったけれど、それ以上の圧はなかった。


「むしろ、あなたに興味を持っているようにも見えたの。最初の反応からしてね」

「興味……」


 わたしは口の中で繰り返し、首を傾げた。

 正直、さっぱり分からない。


 アゼレアも同じなのだろう。

 腕を組み、しばし考え込んでから静かに言葉を落とした。


「わからないわね。でも、警戒しておくに越したことはないでしょう」

「だよねぇ……」


 わたしは頷き、机に突っ伏した。


「明日も気が抜けないね」

「そうね。気を張っていきましょう」


 ランプの火がぱちりと揺れて、夜の静けさが執務室を包み込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ