73話 嵐は突然やって来る ~見えない風の中で3~
祭り当日の朝は、夜明け前から町がざわついていた。
屋台の組み立てや飾りつけ、食材の準備に走り回る人々。
孤児たちも旗を手に、あっちで駆け回り、こっちで荷物を運んでいる。
昼食前、ついに収穫祭が始まる時が来た。
「代理殿、ご挨拶を」
マテオに促され、わたしは即席の台の上に立つ。
目の前には町中の人々。
足が震えそうになったけど、深呼吸をして声を張った。
「みんな、今年はたくさんの実りを分かち合えるよっ! ――さあっ! 収穫祭を、始めようっ!!」
開始を宣言するだけの簡単な挨拶だったけど、大きな歓声と拍手が沸き起こり、太鼓と笛の音が響いた。
それを合図に、あっという間に町中がどんちゃん騒ぎに包まれていく。
振り返れば、なぜかレックナートも混ざっていた。
屋台で肉串を頬張り、子供たちに囲まれて笑っている。
「……なんでそこにいるの?」
思わず呟いたが、本人は気にも留めていない様子で、次の瞬間には踊りの輪にまで入っていた。
町娘の手を取って軽やかにステップを踏む姿に、周囲から歓声と笑いが上がる。
貴族が平民と踊るなど、本来あり得ない光景。
けれど、誰も止めることができなかった。
やがて料理が振る舞われる。
目玉は、狩りで仕留めたムッガルの豪快な焼き肉。
香ばしい匂いが町中に広がり、人々の笑顔がさらに大きくなる。
ふと視線をやると、向こうではレックナートが狩人たちに混ざり、再び自慢話をしていた。
身振り手振りで矢を放つ真似をし、子供たちを相手にしている時と同じ調子で。
……変な貴族。
日が傾き始め、祭りが終盤に差しかかった頃だった。
突如、レックナートが人々の前に進み出る。
「皆の者!」
鋭く通る声が、ざわめきを一瞬で静めた。
彼は胸を張り、堂々と名乗る。
「私は徴税官、レックナートである!」
その声に人々が息を呑む。
祭りの最中に徴税官が演説を始めるなど、誰も予想していなかったからだ。
「去年、この町には痛ましい出来事があった……だが、皆は耐え、立ち上がり、ここまで盛り返したっ! この豊かな実りは、きっと神もお喜びになっている証だろう!」
予定になかった言葉。
さらに演説は続く……けれど、不思議なほど人々の胸を打ち、誰もがその声に耳を傾けていた。
わたし自身もまた、言葉に引き込まれているのを自覚していた。
そして、まるで合図したかのように、広場のあちこちから歓声が上がった。
「いいぞ、レックナート様!」
「神よ、お聞き届けを!」
人々の声援に、彼は片手を高々と上げて応えた。
そして何事もなかったかのように屋台へ戻り、肉を豪快に頬張っては、再び踊りの輪の中へ消えていった。
◇ ◆ ◇
後日。
徴税官一行の調査が終わり、彼らは領都へ戻ることとなった。
馬車に乗り込む直前、レックナートはこちらに振り返り、にやりと笑った。
「なかなか楽しかったぞ」
それだけを言い残し、彼は去って行った。
……本当になんなの、あの人。
最後まで理解できないまま、嵐のような男は町を後にした。
遠ざかる車輪の音を聴きながら、隣に立つアゼレアに顔を向ける。
その横顔が見つめる先には、彼の乗った馬車。
アゼレアも同じく、得体の知れない何かを感じ取っているのだろうか。
わたしの視線に気づいたアゼレアが、わたしを安心させるように微笑んだ。
「戻るわよ。ロエナも待ってるわ」
「うん……ねぇ、アゼレア。あの人は……」
アゼレアは小さなため息を吐くと、わたしに視線に合わせてしゃがみこんだ。
「情報が足りない……でも、今はまだ、敵ではないわ」
二人でいる時の、いつもの優しい声。
「ほら、行くわよ」
わたしの手を、そっと握って連れ立って歩く。
その手はまるで、不安をかき消すかのようにじんわり温かかった。




