72話 積み上げたもの ~春の風は吹き抜けて1~
……任期って短いはずじゃなかったっけ?
気づけば、もう一年。
これってやっぱりおかしい。
もちろん、ただ遊んでたわけじゃない。
むしろ忙しすぎて、気づいたら一年が過ぎてたって感じ。
孤児たちは読み書きがどんどんできるようになり、今では商会で帳簿を写す子までいる。
字の綺麗さじゃ、正直、わたしより上手な子もいるぐらいだ。
嬉しいのに、ちょっと悔しい。
畑では千歯扱きが広まって、収穫の速さは倍以上。
農家のおばさんたちが「これなら腹いっぱい食べられる」って笑ってた。
……あれは……うん、誇らしかったな。
レント商会だって大忙し。
ぬか石鹸と洗濯板は大ヒットだし、庶民向けに薄めた石鹸水まで売り出してる。
シュワシュワ石も安定して手に入るようになったらしい。
派生品が次々と並んで、レント商会の人たちは毎日笑いが止まらないって顔をしていた。
そんな商会の荷物を届けるついでに、家族やアイナたちが何度も顔を見せに来てくれた。
長く離れているとちょっと寂しいけど、会えたときの嬉しさと楽しさは、何倍にもなるから不思議だよね。
所長との手紙のやり取りも続いてる。
現地の報告とか、助言とか……。
でも……精霊関係は秘密だから、そこには一言も書けない。
だから手紙を読んでると、時々、これ以上は直接会わないと話せないんだなってもどかしくなる。
それはそうと、所長の名前がついに判明した。
オルディナートだそうだ。
手紙の端に書いてあったので何かの暗号かと思ったんだけど、所長に聞いたら名前だった。
所長の呆れた顔が目に浮かんだよ。
だって、次の手紙には『それは私の名だ』しか、書いてなかった……。
もうちょっと書いてよ、と思うよね。
でも、やってないこともある。
所長と精霊の雫を森へ採取に行ってないし、わたしの六歳の洗礼式もまだ。
去年の水の月にやる予定だったのに……。
まぁ、サンドレアムに戻ってないから仕方ないんだけど……ちょっと寂しい気もする。
――そして、今は町が収穫祭の準備で大騒ぎ。
去年は財政難でできなかったから、みんなの期待は倍増。
わたしも楽しみなんだ……けど、なんだか精霊たちがざわついてるのは、気のせいかな?
◇ ◆ ◇
執務室に顔を出すと、マテオが帳簿を片手にニッコニコしていた。
挨拶を交わし、いつもの席に腰を下ろす。
わたしの着席を待ち、マテオが報告を始める。
「代理殿、朗報です。調査した限り、今年は豊作になりそうですよ」
「ほんとっ!? やったぁ!」
机の前で両手を上げて喜んだ。
農家のおばさんたちの笑顔を思い出すと、こっちまで胸があったかくなる。
でも、横から冷ややかな声が降ってきた。
「浮かれるのはいいが、忘れるな。収穫が増えれば、それだけ税も増える」
隣りの席で、アゼレアが帳簿から顔を上げずに釘を刺す。
……あ、そっか……にしてもさ、アゼレア。
昨日のジャンケンで負けたことを、根に持ってそうだ。
そんな水を差さなくてもと、わたしはアゼレアをジト目で見やる。
「徴税官が領都から派遣されてくるんだぞ」
「……なにそれ? 去年は来なかったけど?」
ちらりと目だけでわたしを見て、呆れ顔。
「去年は叔父上――メネズの反逆で、それどころではなかったからな」
……なるほど、去年のドタバタのせいか。納得。
「で、その徴税官ってどんな人が来るの?」
わたしが顔を正面に戻すと、マテオが手帳を閉じて説明してくれる。
「基本、責任者は貴族で、その下に下級貴族や平民の部下を連れてきます」
「ふ~ん、やっぱり偉い人なの?」
わたしは首を傾げながら問い返した。
「偉いかどうかは……人によりますね」
マテオは苦笑いを浮かべる。
「格式ばって口うるさい者もいれば、帳簿の数字にしか興味がない者もいます。中には、民の暮らしを気にかけてくれる方もおられますが……」
そこまで言って、マテオはわざとらしく肩をすくめた。
……つまり、当たり外れがあるってことか。
「代理殿、甘く見てはいけませんよ」
マテオの忠告に横から付け加えるように、アゼレアの冷めた声がする。
「中級貴族以上ともなれば、己の威厳を見せつけにくる者もいる。幼いお前が軽口でも叩けば、面倒になるだけだ」
「えぇ~……」
思わず口を尖らせてしまった。
なんだか理不尽だ。
「偉い人とは、そういうものだ」
アゼレアがばっさり切り捨てる。
わたしは小さくため息をついて、机に突っ伏した。
……ああ……なんだか、面倒ごとの匂いがしてきた。




