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71話  思う想い ~その手が求めるなら3~



 ライアットは、過去を振り返りながら続けた。

 まるで独白のようにも聞こえる。


「五歳で家の外へ出すのも、ためらった。守れるうちに閉じ込めておくべきではないか、と……だが、結果は逆でした。あの子は、知らず知らずのうちに関わった者たちを笑顔にしていた」


 その言葉に、私は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


 ……似ている。


 私もまた、同じことを思ったからだ。


「……私もだ」


 気づけば、口から零れていた。


「死を覚悟していた私を、まず救ったのはルルーナだった……それから部下に孤児、そしてメネズ派の連中まで。ルルーナは……気づけば周りを笑顔にしていた」


 ぽつり、ぽつりと。

 思い出すままに言葉を重ねながら、私の胸には確かな実感が広がっていた。


「そうですか……ルルーナが」


 ライアットはわずかに頷くと、私を見た。


「そんな娘の手紙に嬉しそうな字で、初めて親友ができたと綴ってありました。アゼレア殿、本当に感謝します」


 ……あいつは何をやってるんだ。


 変な腹の探り合いをしているのが、馬鹿馬鹿しくなってきた。


 私はため息をつき、椅子の背にもたれた。


「……まったく。あいつは余計な事を」


 私の呟きに、ライアットがわずかに笑みを見せる。

 それは戦士としての顔ではなく、ただ娘を信じる父の顔だった。


「けれど――だからこそ、あの子を託せると思うのです」


 ……何を言い出すかと思えば、勝手な事を。


「託す……だと?」

「ええ。ルルーナは私の手を離れ、広い世界へ歩いていく。その時、私には守りきれない場が必ずある。だから……あなたのような人に傍にいてほしい」


 その声に迷いはなかった。

 あったのは父としての覚悟。

 父親としての本音を吐露することが、どれほどの勇気を要するか……私でも分かる。


「……随分と勝手な願いを言うものだな」


 口元を歪めてみせる。

 ライアットは苦笑したが、続く言葉に私も納得せざるを得なかった。


「現実は親の願いとは関係なく進みます……アゼレア殿、オルディナート様からの伝言です」


 その名を聞いた瞬間、私は無意識に姿勢を正す。


「聞こう」

「本来の用途は人体実験にあらず。東の動向に注意せよ。ルルーナは任せる、と」


 ……なるほど。


 つまり、あれは叔父上の暴走した結果だったと。

 私が成人を迎える前に、実権を握りたい一心で禁制品にまで手を伸ばした。

 奴らの薬を利用してやるなどと考えたのだろうが、結局、全て失敗に終わった。


 私は理解した。


 上級貴族からの指示。

 そして、首を横に振れない父親。

 せめて、託す相手を自分の目で確かめようとしたのかと。


「そうか。ライアット……父親の目にはどう映った?」


 ライアットが深く頭を下げる。


「アゼレア殿、娘をどうかよろしくお願いします」


 本来であれば、託すなど笑い飛ばすところだが、その願いを否定することが私にはできなかった。


「安心しろ。あの小さな友に必要とされている限り、力は貸す」


 ライアットの瞳が大きく揺れた。

 私が胸の内を口にしたことに、本気で驚いているのだろう。

 口にしてみれば、妙に柔らかい響きだと自分でも思った。


 ……だがそれでいい。


 互いにほんの一端でも心を見せたことで、ライアットは確信したはずだ。

 ルルーナを思う私の気持ちが本物だということを。

 彼は深く息を吐き、父として安堵の色を瞳に宿していた。


 ライアットが頭を下げて去っていく。

 扉が閉じると、執務室には静けさが戻った。



 ◇ ◆ ◇



 しばらくして、控えめなノックが響く。


「入れ」


 ひょこりと顔を出し、入ってきたのはルルーナだった。


 私の小さな友。

 私が、ただの少女でいられる存在。


 小さな足取りでこちらに歩み寄る。


「……もういいの?」

「うん。お姉ちゃんはすぐサンドレアムに戻るって」


 ……せっかく再会したというのに、寂しくないのか?


「仕事だからしょうがないよね」


 あっけらかんと言ってのけるその様子に、私は自然と目を細めた。


 ……そういうところが、五歳児じゃないのよ。


「……なに? じっと見つめて」

「いや、変なやつだなと思って」

「ちょっと、それは聞き捨てならないわ」


 口を尖らせて何を言っているのか。


「間違ってはいないでしょう? 五歳児がそんな納得の仕方はしないわ」


 ルルーナは一瞬きょとんとして、それからクスっと笑った。


「それもそっか」


 ルルーナの言葉に、私は口元を緩める。

 気づけば、互いに笑い合っていた。


「ほら、夕食の準備できたんだから、行くよ」


 そう言って返事も聞かず、ルルーナは私の手を取った。


 ……まったく、もぅ。


 身勝手な行いなのに、嫌な気が全くしない。


 無邪気に笑うルルーナ。

 その小さく温かい手に引かれるまま、執務室を出る。



 その時――ふわりとツツジの花の香りが、鼻の奥をくすぐった。


 懐かしい香りに、邸の中庭で父と過ごした記憶が蘇る。


 記憶の中の父が笑うと、誰かが私の頭を優しく撫でた気がした。











 ――第一部完――






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