表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/232

70話  その先へ ~私が立ち上がる理由2~



 翌朝。

 まだ家の空気がひんやりしているうちに、玄関を叩く音が響いた。


 ルーチェが扉を開けると、背筋を伸ばしたジークの姿が見える。

 深い青の瞳が、朝の光を受けてもなお、鋭さを失わない。


「おはようございます。本日は、エステラ様にお話がございます」

「まぁ……エステラに? 所長さんが何のご用かしら」


 ルーチェは驚いたように首を傾げただけで、不安そうな色は浮かべなかった。

 ルルーナを通して、所長の人柄を知っているからだろうか。

 むしろ「なるほど」とでも言いたげに微笑んだ。


 ルーチェが頷くと、私は急いで着替え、玄関へ向かう。


「準備はよろしいですか?」


 ジークが私に顔を向けて言った。


「は、はい……」


 私が頷くと、ジークは無言で一礼し、馬車へと導く。


 家の前に停まっていたのは、貴族用の箱型馬車。

 中へと足を踏み入れ、ふかふかの座席に腰を下ろす。

 遮音の厚い扉が、ジークによって外の世界を切り離すように閉ざされた。


 緊張に喉を鳴らしながらも、向かいにある小窓をそっと開ける。

 御者台に座るジークの背中に、私は少しためらいながら声をかけた。


「ジークさん……小娘に様なんて、やっぱり変じゃないですか?」


 ジークはわずかに首を動かし、静かな声を返す。


「主の客人に敬称を用いるのは当然のこと。年齢は関係ございません」


 きっぱりとした言葉に、口をつぐむ。

 胸の奥にむずがゆさは残るけれど、「……そんなものか」と小さく呟いて納得した。


 馬車は静かに走り出すと、街並みを抜け、やがて石畳の整った通りへと入った。

 左右には塀で囲まれた屋敷が並び、ここが貴族街だと一目で分かる。


 市場の喧騒とはまるで違う、静かで張りつめた空気。

 その中を進む馬車の揺れに合わせ、私は膝の上で手を固く組んでいた。


 ほどなくして馬車が止まり、ジークが扉を開ける。


「どうぞ」


 促され、私は小さく息を整えて馬車を降りた。


 目の前にあるのは、以前にも足を運んだことのある屋敷。

 外観は重厚でありながらも、どこか無駄を削ぎ落としたような静かな威厳を感じられる。


 案内に従い中へ入る。

 広すぎない廊下に落ち着いた絨毯が敷かれ、壁に掛けられた装飾品も最小限。

 けれど一つひとつが上質で、質素でありながら気品が漂っていた。


 飾り立てるのではなく、必要なものだけを選び抜いた空間――所長その人を映すように。


 執務室の前でジークが足を止め、軽く二回ほど扉を叩いた。


 少し間があって、「入れ」と所長の声がした。

 ジークが私を見て軽く頷く。


「エステラです。失礼します」


 胸の鼓動が強くなるのを感じながら、私は扉の向こうへと歩を進めた。

 扉が静かに閉ざされると、部屋の空気が一層張りつめる。


「座りなさい」

「はい……」


 執務机に腰を下ろした所長は、組んだ指を口元に添え、紫の瞳だけをこちらへ向けてくる。


「……まず確認する。昨日の件を、ライアット以外に話したか?」


 低く抑えた声。

 私は背筋を正し、首を横に振る。


「いいえ。父さん以外には……誰にも」

「そうか。それでいい」


 所長はわずかに頷き、机の上を指先で軽く叩いた。

 それだけで心臓が跳ねる。


「ここから先は、他言無用だ。君が関わったのは、結界内での魔物の出現――これは騎士団の上層部でしか認識していない問題だ」


 その言葉に喉の奥がひりついた。

 やはり、ただの森の騒動ではなかったのだ。


 所長の眼差しが鋭さを増す。


「事の重大さを理解しなさい。そして余計な者を巻き込んではならん」

「……はい!」


 思わず声が強くなる。

 軽率な行動は許されない。

 それは分かっている。

 だからこそ、私は強く頷いた。


 所長は視線を外さないまま、低く言葉を紡いだ。


「昨晩、魔物の死骸は確認した……頭部はライアットが破壊したのだろうが、後ろ脚の吹き飛び方は不自然だった」


 紫の瞳が鋭さを増す。


「つまり――ライアット以外に、援護した者がいる。あとから合流したのではない。その場に、最初からいたな?」


 その言葉に、私の呼吸が止まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ