68話 自分にできること ~守るために2~
拳を握り、喉の渇きを癒やそうとライアットと並んで小川へ向かう。
雪解け水を集めた流れは澄んでいて、春の兆しを運ぶようにきらきらと光っていた。
けれど、しゃがみこんだライアットが手を止めた。
よく見れば、流れの端に黒ずんだ塊が絡みついている。
「……こりゃ、なんだ?」
ライアットが指先で拾い上げたそれは、動物の毛のようだった。
だが色艶を失い、焦げたように黒ずんでいる。
ただの獣の毛ではない。
異様な気配が漂っていた。
「エステラ、水はやめておけ。念のためだ」
低く抑えた声に、背筋が強張る。
私は頷き、汲みかけた水筒を腰に戻した。
ライアットは毛を川辺の石に置き、ゆっくりと立ち上がった。
そして周囲を静かに見回す。
土に膝をつき、指でぬかるみをなぞる。
雪解けの泥に、蹄とも爪ともつかぬ痕が乱れていた。
鼻を近づけて、深く息を吸う。
「……血と薬草のような匂いだな」
短く呟いたその声に、自然と私の思考が切り替わる。
耳を澄まし、周囲を探る。
ただの痕跡じゃない。
もっと不穏な、なにか。
ライアットの目が川上へと鋭く向けられた。
「エステラ、川上を見ろ」
告げられた瞬間、身体が先に動いていた。
「わかった!」
すぐそばの大木に駆け寄り、身体強化を発動させる。
ぐっと靴底に力を込めて幹を蹴り、一気に枝へ飛び上がった。
次の枝、さらにその上――息を切らしながらも、一気に梢近くまで登る。
冷たい風が髪をかき乱した。
梢から見下ろす川上は、まだ薄靄に包まれている。
流れの奥へと視線を伸ばすが、よく見えない。
「ふぅ」
深く息を吸い、身体強化をさらに巡らせる。
意識を集中し目に力を込めると、遠くの景色が少しずつ鮮明になっていった。
雪解けの川沿いに、わずかに開けた場所があった。
そこに黒い塊が横たわっている。
「……死骸?」
……動きはない。
倒れた獣のようにも見える。
その周囲を見渡しても、他に獣の姿はなかった。
血の匂いを感じるような錯覚に、思わず喉が鳴る。
さらに奥へ目を向けると、岩肌に口を開いた洞穴が見えた。
中は暗くてわからない。
けれど、ただの穴ではない気配がする。
ごくりと唾を飲み込み、私は木から降り始めた。
幹を蹴り、枝を伝い、やがて土に着地する。
「父さん!」
駆け寄って報告する。
「少し開けた場所に、獣の死骸っぽいのが……動いてなかったし、周りには他に獣もいなかった。でも……奥に洞穴が見えた。中はわからない」
ライアットは目を細め、顎に手を当てた。
拾った毛先をもう一度見やり、静かに頷く。
「……そうか。やはり、ただの獣じゃなさそうだな」
ライアットは黙り込んだまま、小川の流れと、私とを交互に見やった。
その目には、父親としての迷いと、戦士としての冷徹さが入り混じっているように見える。
「……エステラ」
低い声で名を呼ばれ、背筋が伸びる。
「今から向かう先は、訓練でも、ただの狩りでもない。場合によっては命を落とす危険がある」
その言葉に、空気がピンと張り詰めた。
声に戦士の圧がある。
無表情に見えるライアットは、普段の様子ではなかった。




