68話 自分にできること ~守るために1~
あれから日が過ぎても、胸の奥の後悔は消えなかった。
ルルーナがトバルに連れ去られたあの日からずっと、心の奥で疼き続けている。
黒曜石をめぐる一件――私とアイナで所長に相談に行った日のことを思い返す。
あのときの所長は、淡々と真実を告げただけだった。
けれど、最後にこちらへ向けられた鋭い視線と一言が、胸に深く突き刺さったままだ。
――「軽率だな」
短い一言だった。
反論できなかった。
わかっていたから。
わかっていても悔しかった。
情けなくて、ただ唇を噛むしかなかった。
ルルーナは今、遠くトバルで必死に頑張っている。
あの小さな妹が、誰よりも背筋を伸ばして、町を背負おうとしている。
だったら――姉の私が立ち止まっていていいはずがない。
「……私も、もっと強くならなきゃ」
でもその言葉が、空回りにしか聞こえない――そんな自分が悔しかった。
小さく呟いた声は、森に吸い込まれていった。
冷たい風に髪を揺らしながら、私は剣を握り直す。
今日もまた、父であるライアットとの訓練が始まる。
◇ ◆ ◇
朝の森はまだ冷たい空気に包まれていた。
けれど、その冷たさの奥に、ほんのりと柔らかい匂いが混じっている。
雪解け水が土を潤し、ぬかるんだ地面からは湿気が立ちのぼっていた。
白く覆っていた雪は所々で割れ、苔の緑や若草の芽吹きが顔を覗かせている。
春が近い――そう思わせる風景だった。
「……構えが甘いぞ、エステラ」
ライアットの低い声が背筋を叩く。
私は慌てて足の位置を直し、剣を握り直した。
冷たい風に頬を刺されるたび、気を引き締める。
でも、何度やってもライアットの間合いには届かない。
振り下ろす剣は軽く受け止められ、返される一撃はずしりと腕に響いた。
「まだ雑だ。力に任せているうちは通用せん」
「わかってる――っ!」
悔しさで歯を食いしばる。
それでも、退く気はなかった。
剣を振り抜きながら、土に踏み込んだ足に水がはねた。
その冷たさに息を呑む。
けれど次の瞬間には、さらに踏み込んでいた。
森の奥では、雪解けの小川がせせらぎを立てている。
その音をかき消すように、鍔鳴りとライアットの声が響いた。
何度も打ち込んでは弾かれ、息が荒くなっていく。
しばらくして、ライアットが手を挙げ合図した。
「……休憩だ」
その一言で剣を下ろし、切り株に腰を下ろす。
胸が上下し、冷たい空気を吸うたびに肺が焼けるようだった。
手に滲む汗を拭いながら、ふと頭に浮かんだのは、あの日、所長に突きつけられた冷たい指摘。
――「君は状況を見ていない」
胸の奥がちくりと痛む。
あのときはただ悔しさと情けなさで、言葉を詰まらせた。
だが今は違う。
落ち着いて振り返れば、確かにその通りだと分かる。
相手の目的も、数も、戦力も。
何ひとつ見えていなかった。
ただ、守りたいと衝動だけで動く――そんなのは子供の戦い方だ。
「……はぁ」
深いため息をつき、剣の切っ先で土をつつく。
雪解けの泥がじわりと染み出してきて、靴の先を汚した。
所長の言葉は厳しかった。
けれど、自分に足りないものをしっかりと示してくれていた。
だったら――
……このままじゃ、いけない。




