65話 誇りの行方 ~枷にはならない1~
どれほど泣き続けただろうか。
ようやく呼吸が整った頃、アゼレアがわたしの肩を軽く叩いた。
「……もう、服がぐちゃぐちゃじゃない」
冗談めかすような声音。
それを聞いた途端、胸の奥にまだくすぶっていたものが、少しだけ和らいだ。
「だって……だって、どうして……! どうやって戻ってこれたの? 処刑されたはずじゃ!? 誰が助けて、どうやって、なんで、どうして――」
堰を切ったように矢継ぎ早に問いをぶつける。
けれどアゼレアは「まぁ、待て」と低く制し、周りを見渡した。
いつの間にか、庭の周囲に人だかりができていた。
わたしの泣き声に気づいて駆けつけた者たち。
そこに立ち尽くす顔は様々だった。
呆然と目を見開き、言葉を失っている者。
嗚咽を堪えきれず、顔を覆って泣き崩れる者。
唇を強く噛みしめ、必死に涙をこらえている者。
アゼレアの帰還を待ち望んだ部下たちが、目の前に立つ姿をただ見つめていた。
「……まずは、挨拶してやらんとな」
アゼレアが小さく息をつき、口元に笑みを浮かべる。
その言葉に、はっとした。
辛かったのはわたしだけじゃない。
アゼレアを失って苦しんでいたのは、こんなにも大勢いたのだ。
涙で霞む視界の向こうで、皆が彼女を見つめている。
わたしは初めて、自分の背負っているものの大きさを実感していた。
◇ ◆ ◇
アゼレアの表情がすぅっと変わった。
先ほどまでの柔らかさが消え、そこに宿ったのは――トバルの統治者としての、あの威厳ある顔つき。
「皆……心配をかけたな」
低く響く声に、集まった者たちの喉が一斉に鳴った。
アゼレアはゆっくりと歩み出て、まずは深く頭を下げた。
「今、私の命がここにあるのは、バニア・サンドレアムの恩情によるものだ。本来であれば、極刑は免れなかった」
その言葉に、少なからず驚きが広がるのがわかる。
「バニアが……?」
「領主様が?」
アゼレアがゆっくり見渡すと、次第に皆のざわめきは小さくなる。
俯いていた者たちも顔を上げ、続く言葉を待っていた。
「バニアはメネズの悪行を全てご存じであった。そのため、捕縛に協力した私の助命をお考えくださった……しかし、ただ助命しただけでは、貴族たちが納得するはずもない」
一拍置いて、アゼレアは視線を鋭くし、わたしの肩へ手を置いた。
「そこで――私を、このルルーナの下につけることで、貴族たちを抑え込んだ。その慧眼は、まこと素晴らしい」
部下たちが驚愕の表情で見合わせた。
「代理殿の下……?」
「平民の……子供の下に、アゼレア様が……」
不安の声が漏れる。
皆、動揺が隠せなかった。
しかし、アゼレアの眼差しは一切揺れず、真っ直ぐに見つめる。
「勘違いをするな。元より私は命を失うはずだった。その命を繋いでくださったバニアに、感謝こそすれ、批判など決して許さぬ」
凛とした声音に、ざわつきがぴたりと止んだ。
「私はこれより、このルルーナと共に歩む。これは血の契約に従い、絶対である」
そう告げた瞬間、先程とは比べようのない、どよめきが起きた。
「血の契約!」
「そんな……」
だが、そんな中、アゼレアは高らかに言い放つ。
「静まれ! これは私が決めたことだ。これより先、それでも付いてくるならば止めはせぬ。しかし……去るのもまた自由だ」
沈黙が落ちた。
誰もが互いの顔を見合い、息を呑む。
やがて、マテオが一歩前に進み出ると片膝をつき、深々と頭を垂れた。
「これより、ルルーナ様を主と仰ぎ、支えていく所存です。そこにアゼレア様がおられるのであれば……我らは迷う理由がございません」
その声を合図にしたかのように、庭にいた者たちが一斉にひざまずいた。
嗚咽とともに、忠誠を誓う声が次々に重なる。
アゼレアはゆっくり周りを見渡すと、静かに目を伏せた。
「……そうか。すまぬな」
短く、けれど心からの一言だった。




