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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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51話  冷静に ~鳥籠の夜2~



 静寂の中でも、わたしは肩の力を抜かない。

 所長の講義を受けておいて、本当によかったとしみじみ思う。


 ――「そんな忍者みたいな真似はできません」

 ――「忍者とはなんだ? まったく、事が起きてからでは遅いのだぞ」


 所長の呆れた顔を思い出す。


 ……はぁ、こんなに早く実践するとは思わなかったよ。


 まずは窓際へ移動した。

 椅子に乗り、格子の継ぎ目、蝶番、鍵の引っかかりを指先でそっと確かめる。


 ……うっ、これは固い。最低でも工具が必要ね。


 壁に耳を当て、廊下を行き交う足音の間隔を数える。

 ついでに鈴を引く位置も確認する。


 ……食事はすぐに来るはず。毒見は……どうお願いしよう?


 あとは夜の交代の時間を見て、覚えればいい。


 ……ん? 誰か来た。


 扉の向こうで、わずかに台車の音がした。

 扉が二度、軽く叩かれて扉が開く。


「失礼いたします」


 侍女長とは違い、柔らかい雰囲気をまとった侍女が食事を運んできた。


 わたしと目が合うと、にこりと微笑み「どうぞ」と食事を並べていく。


 盆に乗せられたスープと白いパン、のびやかな香りのハーブティー。

 わたしは両手を胸元で揃え、丁寧に微笑む。


「……あの、辛くないか、念のため味を見ていただけますか?」


 侍女は目を瞬いた。

 けれど、すぐに小さく頷いた。


「承知しました」


 匙で一口、何の変化もない。

 彼女の喉が上下し、表情も変わらず。


 ……大丈夫……たぶん。


 わたしはようやく椅子に腰を下ろし、温かい湯気に顔を近づけた。

 すすると、野菜の甘みが舌に広がって、体の芯にじわりと落ちていく。


 ……美味しい……こんな時に、なんだけど。


 片付けが終わると、侍女は台車とともに退室した。

 わたしは一息つくと、テーブルの端に置かれていた小さな紙片に気づいた。


 折り畳まれた紙を広げると、指先がぴたりと止まる。


 綺麗な筆跡で、短い言葉が記されていた――泣くなら、夜に。


 ……わたしのこと、見てる? う~ん……ちがう。


 たぶんだが、ここに来た子供への言葉だろう。

 泣き声は隣に響く。

 夜なら隠せると。


 紙片を折りたたみ、腰の小袋にしまう。

 そして椅子から立ち上がると、鏡の前で自分の顔を見た。


 五歳の子供の顔。


 ……ひっどい顔ね……でも大丈夫。


 泣かない。

 今は、覚える。


 ここで何が起きるのか。

 誰が指示して、誰が動いているのか。


 自分でもびっくりするくらい冷静だ。

 所長の教えもあるが、前回と大きく違うのは、わたしの周りにいる精霊たち。


 少なくとも、精霊たちがいてくれるおかげで寂しさはない。


 ……あの格子の窓って開けられる?


 駄目もとで聞いてみたが、精霊たちは首を横に振っている。


 ……だよねぇ。


 わたしは再び観察と記録に戻る。

 扉の向こうから、ゆっくりと近づく足音がする。


 そして止まった。

 ノックは一度だけ。


 ……侍女じゃない。


「どうぞ」


 扉が開き、廊下の光が差し込む。

 そこにはアゼレアが立っていた。


 琥珀の瞳は、光の角度で金にも茶にも見える。

 少女のはずなのに、子供に見える瞬間と、底知れない大人に見える瞬間が交互に訪れる。


「部屋は気に入った?」


 扇の影で表情は読ませない。

 わたしは微笑み、深く頷く。


「……はい。とても綺麗です」

「そう……あなたは賢いわね。名は?」


 アゼレアは足音もなく近づいて、わたしの視線の高さに合わせて腰を落とす。


「ルルーナです」

「……怖いのに表に出さない。礼儀は守る。お願いの仕方も嫌いじゃない」


 アゼレアは柔らかく笑うと、扇で唇を隠した。


「あなたが嘘をついていることくらい、息をするようにわかるのよ」


 喉がひゅっと鳴る。


「――っ!!」


 ……この子、所長級なのっ!?


 でも、質が決定的に違う。

 この目は、人を選別するような目だ。


「安心しなさい。あなたを傷つけるつもりはないわ……今はね」


 アゼレアは立ち上がり、踵を返す。


「飽きるまでは、門は開かない。鳥籠は花を飾るためにあるの」


 わたしは、アゼレアが去った後の扉をしばらく見つめ続けた。


 ……飽きるまでは、か。こっちが飽きる前に、出て行ってあげるわ。


 窓の外、遠くに広がる畑が月明かりに照らされている。

 胸に手を当て、わたしは息を整えた。


「……だいじょうぶ」


 小さく呟き、わたしは机に手帳を広げる。

 字を崩さず、簡潔に。

 所長に見せるように。


 足音の数、部屋の配置、扉の重さ、鍵穴の形。

 扇の仄かな香り。

 侍女の癖。

 

 そして、アゼレアの言葉。


 深い夜が来る。


 ……泣くなら夜に、ねぇ。


 でも、泣く時間があるなら覚える。

 今はそれが、わたしにできる一番の抵抗。






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