51話 冷静に ~ちょっとマズイかも~
交信をしつつも、馬車の中には依然として沈黙が流れていた。
わたしはただ背筋をぴんと伸ばし、膝の上で小さな手を組んでいた。
ふいにアゼレアが口を開く。
「……どうして、あの子たちを庇ったの?」
何気ない問いかけのように聞こえた。
けれどその声には、きっと柔らかな毒が忍ばされている。
彼女は所長やフレデリカとは違う。
失言ひとつで、命の危険に繋がる気がする。
わたしは、強く心臓が脈打つのを感じた。
けれど、怯えた素振りを見せては駄目だ。
ゆっくりと視線を上げ、アゼレアに向かって小さく笑ってみせる。
「……庇ったわけではありません。ただ、放っておけなかっただけです」
アゼレアの瞳が、面白がるように細められる。
「そう。随分と勇気があるのね。普通の子供なら、怖くて逃げ出すはずなのに」
挑発するような言葉。
でもわたしは、にっこりとできる限り澄ました笑顔を返した。
「勇気なんてありません……ただ、誰かが泣いているのを見過ごすのが嫌なだけです」
沈黙したまま、琥珀色の瞳が、まるで宝石を吟味するようにわたしを眺めていた。
やがて、彼女は小さく笑った。
「……やっぱり、いいわね。あなたみたいな子、嫌いじゃないわ」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
その嫌いじゃないという言葉は、ただの好意じゃない。
獲物を見つけたような喜びが、込められているように感じた。
「それに、あの二人のことなら安心していいわ」
アゼレアは、指先で窓の縁をなぞりながら続ける。
「特別に見逃してあげた……本当なら口封じをしても良かったのだけれど」
……こいつは、マジでやばい女だ。
言外の意味が、鋭い刃となって胸に突き刺さる。
わたしは必死に表情を崩さないよう、唇の端を吊り上げた。
「……寛大なお心遣い、ありがとうございます」
まるで貴族に仕える従者のように、優雅な口調を真似てみせる。
アゼレアは声を立てて笑い、扇で口元を隠した。
「ふふっ……本当に面白い子ね。ますます気に入ったわ」
馬車はゆっくりと街道を進む。
夕刻の陽光が窓から差し込み、アゼレアのオレンジゴールドの髪を赤く照らす。
……むぅ。まいったなぁ。
ついに所長の声が全く聞こえなくなった。
本当に捕まってしまったんだと実感すると、胸の鼓動がドクンドクンと速まる。
けれども、わたしは微笑みを崩さず、ただ窓の外へと目を向けた。




