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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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51話  冷静に ~わたしの切り札~



 がたん、と車輪が石畳を踏みしめる音が響く。

 馬車の中に夕刻前の淡い光が差し込み、小窓の外では街並みがゆっくりと後ろに流れていく。


 わたしは上等な座席に腰を下ろしながらも、まるで檻に閉じ込められた小鳥のように身動きが取れなかった。


 ……ごめんなさい、トランさん。ごめんね。お姉ちゃん、アイナ。


 あの時、トランの制止を振り切り、現場に飛び出した。

 それしか、あの場で打つ手がなかった。

 二人だけでも救うために、わたしは身代わりになるという選択をした。


 ……はぁ、これは家族にも心配かけるなぁ。


 なんとかなると思ったけど、そう現実は甘くない。


 最良の結果とはいえない。

 でも、はったりが効かなかった時点で、ほぼ詰んでいたのだ。


 向かいに座るのは少女アゼレア。

 金糸を織り込んだドレスの裾を優雅に整え、口元に人形じみた微笑を浮かべている。


 十五歳前後の年齢にしか見えないのに、その眼差しは氷のように冷たく、非常に危険な雰囲気をまとっている。


 その隣には屈強そうな従者が一人、黙って控えていた。

 アゼレアの護衛だろうか。


 馬車の小窓から外を覗けば、すぐ後ろには、別の荷馬車が続いている。

 幌をかけられた荷台の中からは、かすかな啜り泣きの声が漏れていた。

 そして御者台には、さきほど名前を呼ばれていたダズマの姿。


 ……そう。あの荷馬車に、子供たちが乗せられているのね。


 わたしは静かに息を吸い、吐いた。

 心臓がうるさいくらいに鳴っているけれど、それを悟られてはいけない。


 門が近づく。

 普通であれば厳しい検問があるはず。


 ……助けを求めるべき? ううん、一旦様子を……。


 少し迷ったけれど、声を上げなくて正解だった。

 衛兵たちは、まるで何事もなかったかのように道を開け、深く頭を垂れるだけだった。


 ……だめね、門番も買収されている……それとも、彼女は顔パス?


 ゴトッと馬車が門を越え、石畳から土道へと変わる。

 街の喧騒が遠ざかり、かわりに春の訪れを感じる虫の声が耳に忍び込んできた。


 アゼレアが、ゆっくりと視線をわたしへ向ける。

 その目はひどく冷たいのに、好奇心に輝いているようにも見えた。


 「……助けを求めないのね。良い判断だわ」


 その声に肌が粟立つ。

 だけど、わたしは、かろうじて笑みを浮かべ返した。


 さて、わたしも反撃といこう。

 わたしだって、やられっぱなしの脅されっぱなしでは終われない。


 そう、わたしには切り札があるのだ。


(もしもし、所長聞こえますか~? どうぞ)


 返事がない。

 どうやら切り札が不発だったようだ。


 ……どうしよう……わたし、詰んだ? いや、もう一度。


(わたし、どこかのお嬢様みたいな貴族っぽい人に誘拐されてます。名をアゼレア。例の行商人は奴隷商のダズマという名前でした。どうぞ)


 しばらくして、やっと返事があった。


(アゼレアだと……君は何をやっているんだ)


 ……呆れて――いや、焦ってる?


(念話は繋いだ側は大きく魔力を消費する。君がやったら卒倒しかねない。わたしから繋ぎ直す。少し待ちなさい)


 ……了解。


 やっと繋がった。

 繋がらなかったら、本当に危なかったところだ。


 こういう時ほど、所長が頼もしく思える。


(今、どの辺りかわかるか?)

(先程、陽の位置から東門を通ったようです。正確な場所はわかりません。門兵が買収されているのかわかりませんが、検分すらありませんでした)


 とりあえず門兵の怠慢を伝え、怒りを鎮める。


(距離が離れすぎると、いくら念話でも届かん。数を数え報告しなさい)

(わかりました。これって聞こえなくなったらどうなるんですか?)


 不安になったので聞いてみた。


(聞こえなくなったら、君との意思疎通が出来なくなるだけだ。聞こえなくなった地点から門までの距離を測り行き先を推測する)


 ……それはちょっと困るなぁ。


 どんどん不安になってきた。


(そうだ! 現場でトランさんが、お姉ちゃんとアイナを保護していると思うのでお願いします)

(君は自分の心配をしなさい)


 ……なぜ怒られるんだ。


 まぁ、自分で蒔いた種だ。

 自分でなんとかしなくちゃいけないだろう。


 誘拐されているのに怒られるという理不尽な扱いに少しむっとしていると、徐々に所長の声が遠くなっていくのがわかった。


(聞こえ辛く……なって……ぞ)

(そろそろ、駄目ですかね)

(何……ふ……そろそ……さい)


 ……全くわからない。


 それにしても、アゼレアの名を聞いて所長は一瞬だが焦ったような感じだった。

 ヤバイ相手だというのは、肌でビリビリと感じ、嫌というほどわかる。


 でも、所長が焦るほどの相手……。

 これは、一瞬の気の緩みも許されないかもしれない。


 だけど、所長のことだ。

 きっと距離を割り出して、なんとかしてくれるだろう。




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