50話 絶望に抗う ~小さな勇気2~
エステラを助けたい。
でも、目の前の少女が怖くて、一歩が踏み出せない。
それでも。
……絶対に、絶対にエステラだけは守る。
私は精一杯、睨み返す。
「この娘はたしか……」
……ダズマ。
忘れるはずがない。
随分と瘦せ細り、顔もやつれているけど……。
この男は、私を買い叩こうとした人買いだ。
「……顔を見られましたな。これは面倒です」
あの時の芝居じみた声と全く違う。
これが本物の奴隷商の顔つき。
「アゼレア様、いかがいたしましょう?」
その低い声に、膝が震えそうになる。
「ならば、処分してしまえばいいではないか」
アゼレアと呼ばれた少女が、まるでゴミを捨てるかのように淡々と告げた。
その一言で、私の背筋は凍りついた。
年齢は私より少し上に見えるだけなのに、声音は氷みたいに冷たい。
「やめなさいっ! 人身売買は禁止されているわ。後ろの子供たちを解放しなさい」
声をあげ、立ちはだかったのはエステラだった。
両手を広げ、私を庇うように。
だけど、目の前の少女は薄く微笑んだ。
「それだけ?」
アゼレアの瞳がわずかに光ったように見えた。
突然、キィーンと耳鳴りがして、空気が弾ける。
次の瞬間、エステラの身体が勢いよく後ろに吹き飛んだ。
地面に叩きつけられる鈍い音に、私は血の気が引いた。
「エステラっ!」
駆け寄ろうとした私も、膝が笑って動けない。
もうだめだ、と思ったその時――
「その子たちに手を出すのは、やめていただきたいですね。通報しておいた衛兵も、そろそろ到着しますよ」
夕暮れの光の中、凛とした声が響く。
振り向いた先に立っていたのは、妹ちゃんだった。
「妹ちゃん!」
思わず叫ぶと、胸が少しだけ軽くなる。
助かったんだ、と本気で思った。
だって、妹ちゃんは衛兵を呼んであると言い切ったのだから。
……でも、なんで……ここに?
「ここに留まると、あなた方が困ることになるでしょうね」
自信に満ちた声。
その姿は小柄なのに、どこか堂々として見えた。
「アゼレア様……」
ダズマが焦りとともに、アゼレアへ振り返った。
私はその隙に、エステラの元へ駆け寄る。
……意識はある。エステラは大丈夫。
私は信じ切っていた。
妹ちゃんは、この場を切り抜ける方法をちゃんと知ってるんだって。
「……ふふ。衛兵ね」
なのに、あの女は……。
アゼレアの口元がわずかに弧を描く。
まるで、妹ちゃんの言葉がはったりだとでも言うように。
でも、彼女は口には出さなかった。
むしろ、この状況を楽しんでいるみたい。
「そうねぇ、この子たちは見逃してあげる。その代わり……」
その視線が妹ちゃんに向けられる。
あの目は、まるで獲物を値踏みするような……欲しがる目だ。
「あなたを、いただくわ」
少女の声が、夕刻の空気を凍らせた。
……だめ。妹ちゃんを、連れていかないで。
妹ちゃんが私を見て、小さく頷いた。
「わかりました」
……なんで……なんでよ。




