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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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48話  幽霊商人 ~影を記録する2~



 ここで声を出しちゃだめだ。

 あの男に逃げられてしまう。


「軽挙は禁物だ」


 所長の眼差しが、一瞬だけエステラたちの陰に触れ、すぐ戻る。


 今できることは、じっと見ることだけ。

 動けば、エステラたちにも最悪の結果を招きかねない。


「彼女らは自分の間合いを知っている。見失うな……追うのはそちらではない」


 所長の言葉に視線を戻し、男たちを観察する。


 話し合いが終わったのか、行商風の男が頷き、包みを鞄にしまった。

 相手の男たちは、代わりに紙片のようなものを受け取っている。


 ……証文かな?


 男たちは紙片を受け取ると、懐にぐしゃりと押し込んだ。


 ……随分と扱いが雑ね。


 男たちが体を向けた先に荷車が一台、通りの端で待っていた。

 幌の縁が擦れて文字がかすれ、最初の二文字だけが辛うじて読める。


 ……トバ? 地名? 取引先? いえ、今は覚えておくだけ。


 相手のひとりが、ふらりとよろめく。

 行商風の男は自然な仕草で肩を支え、耳元で短く囁き、また右手をひらり。


 相手の目がふっと和らぎ、口元がにやつく。

 嬉しそうなのにどこか空っぽな笑みだ。

 わたしには、それらが不気味に見えてしょうがない。


「十分だ。まだ動くな」


 行商風の男が荷車へ向けて歩き出し、角を曲がった。

 それを追うように、エステラとアイナが少し遅れて動き出した。


 ちらりとこちらへ振り向いた精霊たちが、両手で大きな丸を作ってみせた。


 ……お願い、無茶はしないで……二人をお願いね。


 所長の指が、わたしの手から外套の裾へと移り、軽く一度つまんで離れる。


 ……ふぅ、合図だ。


 わたしたちは、その場で追跡はしなかった。

 許可の問題ではなく、所長は泳がせると決めていたからだ。


「トラン、出入りの記録を洗え。今日この時間に出た荷車、車輪の幅、幌の色、御者の顔つき……全てだ」

「承知しました」


 小魚をすくっても鍋は満たせない。

 網の端を掴んだ手を離して、もっと大きいものを獲る。


 講義で聞いた言葉が、今さらのように頭に響く。


 行商風の男の姿は、ほどなく倉庫街の向こうに消えた。

 エステラたちも、路地の影に溶けて見えなくなる。


 残ったのは油の匂いと、あの男たちの空っぽな笑みの残像だけ。


「引き上げる。今日の収穫は少なくない」


 所長が踵を返し、わたしたちも静かに後に続く。


 ……見ただけ……けれど。


 瞼の裏に、先程の光景が焼き付いている。


 眠たげな目。

 遅れる頷き。

 言葉よりも確かな、合図の反復。

 そして、奇妙な指先の光。


 これは偶然じゃない。

 何かがある。


「顔を上げなさい」


 そう言われて、顔を上げる。


 ……わたしにはまだわからないけど、所長なら……。


「忘れるな。今、必要なのは焦りではない。正確さだ」

「……はい」


 わたしは一度だけ深呼吸をして、倉庫街の重たい匂いを胸の奥に押し込んだ。


 帰ったら、今見た順序をすべて書き出す。

 手の合図の数、間合い、相手の足の運び、幌の縁のかすれた文字。


 ……忘れちゃいけない。




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