48話 幽霊商人 ~影を記録する1~
南区、街外れの倉庫街。
馬車での移動は目立つため、近くの宿に停めた。
ここからは、徒歩での移動だ。
トランの案内で大通りから細い路地へ。
昼間だというのに、どこも薄暗い。
背の高い建物が積み木のようにぎゅうぎゅうと並び、どこか息苦しい。
……ここが倉庫街かぁ。
乾ききらない石畳からは、油の混じった匂いが上がってきて、歩くたびに靴底がきゅっと鳴る。
……ちょっと薄気味悪いなぁ。
誰もいないはずなのに、誰かに見られているような気配がまとわりつく。
「……ここで取引が行われたという話だったな」
所長の冷ややかな声が、わたしの背筋をぴんと伸ばす。
「はい。この辺りです。ただ、証言した者たちは酒に酔っておりましたので、正確性には欠けます」
ここは、トランが多くの証言を元に精査した場所のようだ。
……酔っ払いの証言か。
しかし、こうして直接調べに来るほどだ。
所長が放っておけない何かが、きっとあるはず……。
辺りを見渡していると、不意に物陰を走る小さな影が視界を横切った。
目を凝らすと、小さな精霊たちが同じ方向に走り去って行ったことに、思わず所長の袖を引き、囁く。
「あっちには何があるんでしょう?」
唇の動きだけで所長に精霊と伝えると、所長は軽く頷いた。
わたしは所長の外套の裾をそっとつまみ、転ばないよう一歩ずつついて行く。
視線だけは前へ。
息はできるだけ浅く。
こういうときは音を立てないのが一番だと、講義で習った。
しばらく慎重に歩を進めると、人の気配を感じたのか所長の足が止まった。
「目で覚えろ」
わたしは、所長の言葉に小さく頷く。
トランが先に角を覗き、手で合図した。
わたしも同じ姿勢で路地の角に身を寄せ、隙間からそっと覗く。
二棟の倉庫が作る陰の狭間に、三人の男がいた。
ひとりは擦り切れた外套の行商風。
背は高くも低くもなく、あまり目立たない体つき。
けれど立ち居振る舞いが妙に滑らかで、指先がよく動く人だなと思う。
対する二人は、積荷を扱う人たちだろうか。
手には布でくるんだ包み。
彼らはどこかぼうっとしていて、目の焦点が合っていない感じだ。
返事もやや遅れ気味で、首だけでこくこくと頷いていた。
……酔っぱらい……じゃ、なさそうよね。
酔っている、というのとは少し違う気がする。
足取りはふらつかないのに、目だけが眠っているように見える。
行商風の男は、穏やかに笑って静かに話しているが声までは届かない。
ただ、話の区切りごとに、右手をひらひらと見せる癖がある。
右手を振った時、鈍い金属の光がチカッと跳ねて消えた。
……指輪? 距離と陰でよく見えないなぁ。
「……匂いはしないな」
所長がほとんど唇を動かさずに囁く。
「酒ではない。外因性の干渉。断定は避けるが、可能性は高い」
……外因性の干渉……なにか外側から頭に霧をかけるみたいなもの?
わたしは、喉を鳴らしそうになるのを我慢して、呼吸を整える。
見えているのは、ただの小さな仕草。
それなのに、背中がぞくぞくして落ち着かない。
「ルルーナ、視線を散らすな。相手の繰り返す動作を数えろ」
「……はい」
わたしは数える。
手を見せる仕草は、ひらりと一度。
三度見せ、間を空けて四度目。
相手は、そのたびに頷きを深くする。
……合図? 言葉ではなく、動きで覚えさせている? 暗示にみえるけど……。
「所長、あの二人――」
トランが、少し離れた荷箱の陰に視線を向けた。
わたしも顔を向けると、そこに二つの影が見えた。
黒に近い茶の髪。
ショートボブの後ろ姿。
見間違えるわけがない。
……お姉ちゃんっ!!
その隣で、水色の髪がそよぐように揺れる。
……アイナまで。
街着のまま、身を低くして息を潜めている。
二人の背後には、明らかに人とは違う二体の精霊の姿も見えた。
彼女たちの視線の先には行商風の男だ。
……こんなところで何を!?
胸がぎゅっと締めつけられる。
わたしは奥歯を噛みしめ、叫びたくなるのを必死に押しとどめた。




