46話 噂の出処 ~日常の陰に潜むもの3~
「なるほど。帳簿を整えることで監査を逃れ、取引の痕跡を偽装しているわけか。しかし、雑だな」
所長は淡々とまとめる。
……雑だねぇ。
わたしも所長と同意見だ。
せっかく姿を隠し、偽装までしているのに、金額面ですぐわかるようなミスをしている。
……でも、今まで発覚してなかったってことは……監査の人って計算苦手なのかな?
「所長、疑問なんですが……」
所長は、目で言ってみろと促す。
「監査の人って、計算が苦手なんでしょうか? わたしでもすぐに変だとわかる金額ですが……」
所長は「どうなんだ?」とでもいうように、顔をトランに向ける。
「これは耳が痛い。たしかにルルーナ様程の計算をすぐにできる者は少ないと思います。結局、この部分も私が資料をあさっている際に発見したぐらいですから」
所長の目が鋭くなる。
「ほう、役所の人間が五歳児以下か。これは再教育だな」
……あっ、役所の皆さん、ご愁傷様です。
「え~……まとめますと、実際にその商人を見たという者は、まだおりません」
トランは慌てた様子で書類を閉じた。
「ただ……あくまで酒場で聞いた噂の域ですが、倉庫に荷を運んだ御者が戸締りの際、商人を見たと言っていたそうです。ただ本人は顔を憶えておらず、酔っていたため記憶も曖昧。証拠にはなりません」
……な、なにそれ。めちゃくちゃ怪しいのに、ぜんぜん信用できない話じゃない。
「ふむ、裏付けのない伝聞にすぎぬ、ということか」
所長の声は冷静そのもの。
だが、トランに向ける圧が増しているように感じる。
「はい。現状ではまだ、役所として警備隊を動かすには弱い情報です。ただ、商人が意図的に姿を隠していることは確かでしょう」
トランが、必死に同僚たちを庇っているように見える。
そんなに所長の再教育は厳しいのだろうか。
「まずは、商人と接触または目撃した者を探せ。本当に倉庫に荷を運び込んだのならば、倉庫関係者もだ」
「はっ!」
トランは返事をすると、すぐに踵を返して扉へ向かった。
部屋を退出すると、走り出しそうな勢いで歩くのが足音でわかる。
「所長、そんなに脅さなくても……」
少しは加減をしてあげて下さいね、と言ったつもりだったのだが……。
所長にその気はないらしい。
「何を言っている……急所を突いたのは、君の言葉であろう」
……たしかにそうでした。
所長の目が少しだけ柔らかくなった。
「丁度よい。君がトランの補佐をする理由を得たからな」
……どういうこと?
所長は、普段の声色に戻り理由を述べた。
「君は読み書き、計算ができる。トラン自身は優秀だが、その部下や周りの同僚はその限りではない。先程の杜撰な管理でわかったであろう」
わたしは小さく頷く。
「現状、トランに部下を持たせても、大きな成果はないだろう。物量によって集めた情報を、結局のところトラン自身で精査するのだ。それならば、私がトランを直接現場へ向かわせた方が早い。そこに君が加われば、トランの負担は大きく減ることになる」
「……まあ、そうですね」
……数字を管理する場所でさえ、平民のレベルは思っていたほど高くないのね。
レント商会がアイナを重宝するわけだ。
文字を扱え、計算ができる人材が貴重なのも頷ける。
「さて、五歳児に負けてなるものかと奮起する役人が何名いるか……見物だな」
所長が微笑んだ。
これほど邪悪な表情を見たのは、いつ以来だろうか。
……わたしの尋問以来か……。
これはきっと楽しんでいる。
先ほどの会話だけで、ここまで考えているのは所長ぐらいではないだろうか。
ふるいにかけるにしろ、所長基準で選んだら全滅しそうだ。
……ふるいの目が極小であることを祈ってますよ。
そう思った瞬間、肩の上の精霊がぴくりと震えた。




