47話 小さき優等生 ~わたし以外は、命懸け~
嫌な予感ほど、当たるものらしい。
肩の上で震えた精霊を思い出しながら、報告会のあと、わたしは講義室で所長を待つ。
いつも通りの講義の時間だ。
しかし、今回は少し違う。
わかっていたというか、やっぱりなといった感じだ。
その予感は、あっさり現実になった。
◇ ◆ ◇
……みんな、緊張でガチガチだよ。
目だけで周りを見渡せば、急遽集められた数人の役所の事務方の人たち。
青い顔でガチガチに緊張しながら、所長の講義を受けている。
まるで、講義室だけ吹雪いているみたい。
……くぅ~、筆の音だけで震えてるのがわかっちゃうよ。
「六番、答えよ」
所長の声が冷ややかに響く。
わたしに対する口調ではなく、完全に貴族モードの所長なのがわかる。
番号が告げられるたび、びくりと肩を震わす役人のみなさん。
この人たちは、生きた心地がしないだろう。
……わたしのせいです。すみません。
わたしは心の中で謝罪した。
今回は名前ではなく、配られた番号札で呼ばれている。
わたしの名前を知らせないためだろう。
……って、六番! わたしだっ! え~、なになに……。
「はい。大銀貨二枚と銀貨三枚です」
「……よろしい」
ただの足し算、引き算だ。
さすがにこれは解けないと、あとで何を言われるかわかったものではない。
だが、周りの感想は違うようだ。
ヒソヒソ声で「すごいな」や「あんなに早く」と、聞こえてくる。
……それほどでもぉ~。
所長の冷ややかな目がわたしを射抜く。
……調子に乗りました……はい。
「次、二番答えよ」
「う、あ……え~っと、銀貨……三枚と大銅貨……一枚? です」
……所長、その間が怖いですよ。
「……よろしい」
「ふう……」
一問答えるごと、明らかに役人が疲弊しているのがわかる。
そのうち倒れる人がいるのではと、内心ひやひやものだ。
結果から言えば、誰一人脱落者はいなかった。
必死に食らいつく役人の意地を見た気がした。
講義が終わり、所長が退出すると周りから安堵の声が聞こえる。
「はぁ……死ぬかと思った」
「俺なんて、目が合っただけで心臓が止まりかけたぞ……」
なんだろうか、まるで死地から生還した兵士みたいだ。
そんな感想を抱いていると、みんながわたしの周りに集まってきた。
「いやあ~、それにしてもすごいですね」
「あんなに早く解答できるなんて、ほんとに優秀なんですね。お嬢様」
……お嬢様!?
どうやら、普段は事務方なので、わたしのことは知らないようだ。
「お、お、お嬢様は所長とどんな関係――どのようなご関係なんでしょうか?」
……やばい、なんか勘違いされてる。どう答えよう。
「そうですね……あまりこういう場で、そのような質問はされないほうがよろしいかと。少なくとも、今この場所では皆様の同僚という立場でございます」
……ど、どう?
「おぉ~、なんと寛容な。ご配慮ありがとうございます」
「自分も計算が上達するよう日々精進します」
「俺もやるぞぉ~!」
「「「ありがとうございます。お嬢様」」」
……声を揃えてお礼を言われちゃったよ。
基礎はしっかりできている。
やる気になったのはいいことだ。
あとは、どうやってわたしが退散するかなんだけど……。
あれこれ考えているうちに、扉を軽く叩く音がして、ジークが姿を見せた。
「失礼します。お迎えに上がりました。お嬢様」
ざざっと、役人たちがわたしから距離を取り、ジークに頭を下げた。
わたしは、そそくさと、何食わぬ顔で講義室を出る。
扉を閉めるのと同時に、ジークに軽くウインクされた。
ジークがすると、やたら絵になる。
茶目っ気たっぷりの素敵なおじさまだ。
どうやら、先程の会話をしっかりと聞かれていたらしい。
廊下を歩きながら先程の返事はあれで大丈夫だったのか、ジークの意見を聞いてみた。
「良い判断でした。お嬢様は事実を言っただけですので。平民の無礼にも寛容な貴族のお嬢様と、勝手に勘違いしているのは相手方でございます。むしろ、変なちょっかいを出されずに済むので、このままでよろしいかと」
……へぇ~、なるほどねえ。




