46話 噂の出処 ~日常の陰に潜むもの2~
翌日、二の鐘が鳴り講義室へ向かう。
元々、講義の日だったので予定通りだ。
エステラはお父さんと訓練を満喫中。
組合制度導入以降、お母さんとノックスも大忙しで自宅と仕事場を行き来していた。
正直、わたしが留守番じゃなくてよかったかもしれない。
……わたしがいたら、目を離せなくなっちゃうからねぇ。
昨日の報告会の内容から、毒トマトの件は騎士団に引き継いだようだけれど、例の噂の調査に進展はあったのだろうか。
しばらく講義室で待っていると、時間通りに所長が入室した。
席に着くのを合図に、トランによる報告が始まった。
「街に出入りしている商人の記録を洗ったんですが……どうにも不可解なものがありまして」
トランが机の上に書類を置いた。
眼鏡の奥の目がきらりと光って、なんだかちょっと怖い。
……うぅ、真剣モードのトランさんって迫力あるね。
「不可解とは?」
所長が低い声で問い返す。
「はい。リュード商会と名乗る商人です。記録上は存在していますが、実際に取引したという商人が一人も見つかりませんでした」
「そ、それは、記録だけが残っているということでしょうか?」
わたしは、若干興奮気味に口を開いた。
気持ちに引っ張られて、声が上ずりそうになる。
……えっ!? なにそれ……帳簿にはあるのに、誰も知らないって……幽霊商人! 幽霊なら是非会ってみたいっ!
「取引記録は整っている。だが、それを裏付ける証言が一切ない、か」
書類を手に取った所長の声は落ち着いていた。
「……あの、前におっしゃっていたことと同じではないでしょうか。証拠と証言が合わないときは、必ずどこかに歪みがあると」
わたしは講義の言葉を思い出して繋げる。
……あっ、やば。
紫色の瞳がこちらに向く。
「……ふむ。よく覚えていたな」
小さく頷かれて、ほっと息を吐いた。
興奮しすぎて調子に乗ったけど、これはセーフだ。
……バカ、バカ。遊びじゃないのに。
「記録だけが存在する商会……その背後を慎重に探る必要があります」
トランの声は低くて、ますます真剣さが増していく。
「他にも気になる点があります」
トランは書類を指で示しながら続けた。
「リュード商会の帳簿上の取引品は、ごくありふれた生活用品ばかりです。布地や塩、穀物など。しかし、それにしては金額の流れが大きすぎます。例えば、布地十反と塩五袋で、金貨十枚。常識的にありえません」
……それは絶対ぼったくりでしょ!
心の中で思わず叫んでしまった。
だって、いくらわたしでも分かる。
布と塩って、そんなに高くない。
口から出そうになったけど、半開きの口を慌てて閉じる。
「つまり、実際には別の品が動いているということだな」
所長の低い声が響く。
「はい。取引に関わった者が見つからないのも当然でしょう。帳簿には布と塩と書かれていますが、実際に運ばれているのは……」
トランは言葉を切って、少し渋い顔をした。
「武具か、あるいは禁制品の可能性があります」
……禁制品! やっぱりそういうやつなの?
昨日の所長の呟き。
あの時すでに、所長はなんとなく察しがついていたんだろうか。
その横顔からは、何も読み取れなかった。




