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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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46話  噂の出処 ~日常の陰に潜むもの1~



 講義室の長机に、調査地図と記録が広げられている。

 赤く印をつけた家の数が増えるたびに、胃のあたりが重くなっていく。


 机の前に立つトランが、書類をめくりながら調査結果を報告する。


「調べた限り、感染者はほぼ全員、あの家にあったトマトを食べています。ただし正確には買ったわけでも、貰ったわけでもありませんでした」

「……それって盗まれたってことですか?」


 わたしの問いに、トランは得意げな顔で頷いた。


「ええ。住人が亡くなった後、物乞いたちが勝手に忍び込んで、袋にあったトマトを持ち去ったんです。それを食べた者たちが、ことごとく病気になっていました。おそらく、変色する前で、見分けがつかなかったためとかと」


 ……死後、盗まれた。


 所長は静かに頷き、机を指先で二度軽く叩く。


「ほう……感染経路は盗品というわけか」

「はい。食料品が多く、それも、あの場にあったトマトが大量に」


 東地区。

 わたしが思った以上に歪んでいる。

 通報が遅かったのは、きっと食料を確保する絶好のチャンスだったからだ。


「流行り病よりは幾分マシか……」


 所長は腕を組んだまま、淡々と返す。


「物乞いたちは、その家に何度も出入りしていたのか?」

「いいえ、死んだあと一度きりです。腐る前に持ち出そうって腹でした」

「そうか。では、近隣の住民は?」


 トランが一度、報告書に視線を落とし確認する。


「住民の話から、強面の男が複数出入りしているのを見ていたようで、忍び込もうとは思わなかったようです」

「そうか」


 所長は短く応じ、それ以上は問わなかった。

 しかし、わたしにはわかる。

 あの声色の奥に、別の考えがあることを……あの部屋で見た赤黒い毒、そして……わたしを攫った男たちの影。


 わたしは思わず所長と視線を交わす。

 所長の目は一瞬だけ細まり、すぐに元の無表情に戻った。


「他に妙な動きはなかったか?」


 トランは少し言い淀んでから、報告書をめくる。


「……関係があるかはわかりませんが、物乞いの一部が、冬の到来前辺り、ある商人風の男に雇われた後、知人の姿を見ないと言っていたのが気になりました」


 所長の声がわずかに低くなる。


「名前は?」


 トランは「そこまでは」と、頭を横に振った。


「ただ、東地区の別の場所になりますが、同じく商人風の男が身寄りのない者を安く買い集めていたという証言があります……一部ではどこかに売られたのではという噂もありました」


 わたしは思わず息を呑む。


 ……売られた?


 所長は無表情のまま、地図に目を落とす。


「……噂の出処は?」

「正確には不明ですが、東地区の住民の間で囁かれています。商人が関与しているという話もありますが、性別も年齢も特徴も不明。確かな証拠はありません」


 所長が冷ややかな視線をわたしに向ける。


 ……ここでわたしなのっ! 本気で言ってます?



「……所長、領主様や貴族様は平民の間に起こる事件などに関心を示しますか?」

「領主は度合いによるが、一般的な貴族は全く関心はない」


 ……なるほどね。奴隷売買も目に留まらなければ、行われてる可能性があるわけだ。


「所長、貴族側は関心を持ちませんが、事件が起きる前後、その周辺で起こっている住民の噂は一概に無視はできません。案外、長年地元をよく知る者は、些細な異変を感知します」


 所長は何も言わず、視線だけで続きを促す。

 わたしは机に身を乗り出し、東地区周辺を指さした。


「例えば、この辺りで商いをしている者。東門に続く大通りの商会……あとは…………」


 精霊たちが地図の上でちょこちょこ動いて遊んでいると思いきや、東地区の南門に近い場所をぐるぐる回っている。


 ……たしか、ここは東門と南門周辺の宿が多い場所だったような。


「この辺りですかね。地元はもちろん、外からの情報が集まりやすい宿や、酒場があります。話だけでも聞いてみる価値はあると考えます」


 トランが眼鏡をくいっと上げて、感心するように言った。


「そうですね、住民の噂は馬鹿にできない時がありますからねぇ」


 トランがうん、うんと頷く。


「一理あるな」


 所長が地図を丸め、冷静な口調で告げる。


「本件の続きは、私が精査する。毒物の件は貴族の領分だ。こちらは騎士団に引き継ぐ。トラン、数名で姿が見えなくなった物乞いの足取りを追え。聞き込みは東門へ続く大通り周辺、そして南門周辺まで広げよ。同時に警備隊へ通達。各門での検分の精度を高めよ。指示があるまで緩めるな」


「はっ」

「トラン、引き際を見誤るな」


 トランはしっかり頷き「では」と頭を下げ、書類を抱えて部屋を出ていった。


 所長は軽くため息をつき、視線を窓の外へ向けた。


「厄介な……」


 そのつぶやきは机の地図よりもはるかに重く響いた。


 名前も素性もわからない商人風の男。

 その存在が、一連の事件とどこか深い場所で絡んでいる気がしてならなかった。




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