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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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43話  小さな調査官 ~踏み込んだ先に1~



 脳裏にあの光景が蘇る。

 忘れもしない誘拐事件の日。


 洗濯場からの帰り道。

 足を滑らせ、危うく転びかけたわたしを抱えて助けてくれた人。

 そして、持っていたトマトを「お嬢ちゃんの服も少し汚しちまったな」と、わたしにくれた人だ。


 あの出来事で石鹸の秘密を隠そうとして、逆に色々と所長に追及されたんだ。

 それも重なって、今は余計に憶えている。


 声に出そうとすると、唇がかすかに震える。


「……たぶん、知ってる人です……洗濯場で……トマトをくれた……」


 自分でもわかるぐらい気落ちした声だった。

 わたしの声を聞いたトランは、少し驚いたようにこちらを見たが、何も言わず目を伏せた。


 この寒さのせいで、腐敗がほとんど進行していない状態だったのだろう。

 痩せこけた顔は血の気を失い、唇は紫色に変色している。

 その顔には、苦しみの跡がはっきりとわかるほど残っていた。


「近所の聞き込みによると、体調を崩してから数日で亡くなったらしい。高熱、咳、全身のだるさ……記録にはそうある。通報があったのが最近で、死亡した正確な日付はわからない。」


 トランが感情のない声で、手元の書き付けを読み上げる。

 

 この区画では、人が亡くなるのが日常茶飯事なのだろうか。

 亡くなったのは知っていても、最近まで通報がなかったなんて……。


 わたしは毛布をそっと元に戻し、深く息を吐いた。


 ……大丈夫……怖さはあるけど平常心だ。


「ふぅ……」


 改めて周囲を見渡すと、部屋は質素だった。

 干からびたパン切れ、洗い桶、そして棚の上に空き瓶が数本並んでいた。


 トランを横目で見れば、机の上の散らばった雑紙を一枚一枚丁寧に確認している。


 わたしは取り出した魔石の色を確認する。

 こちらは変化なし。


 ……病気じゃない?


 ふと、部屋の隅に置かれた大きな布袋が目に留まった。

 なぜなら、集まってきた様々な精霊たちが揃って指を差していたからだ。


「トランさん、これ見ても大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫だろう。何か気になったかい?」


 袋の口が半分開いていて、中には傷んだトマト。


 ……色がおかしい。


 皮はまだらに黒ずみ、柔らかく溶けかけている。

 腐敗特有の匂いの奥に、金属のような刺す臭気が混じっていた。


 袋の底には、赤黒いどろどろした液体が溜まっている。

 トランにお願いして袋を横にずらしてもらうと、床板にまで染み出しているのがわかった。


「……こんな腐り方、見たことない」


 わたしは膝をつき、そっとトマトを手に取った。


 手袋越しでもわかる。

 指先にぬるりとした感触がまとわりつき、なんとも気持ちが悪い。


「まぁ、待て嬢ちゃん。念のため、その手袋は外して交換したほうがいい」

「あっ、ごめんなさい」


 確認する前に触ってしまった。

 これは失敗だ。


 替えの手袋をわたしに渡したトランが袋を覗き込むと、眉をひそめた。


「処分するために集めてたんだろうな。だが……変だな」


 トランがずれた眼鏡を元に戻し、袋の底を確認する。

 乾いた部分が粉のように崩れ、まるで何かに侵されたみたいだった。


 普通の腐敗とは明らかに違う。


「トランさん、このトマト、持ち帰って調べた方がいいかもしれません」

「同感だけど……」


 わたしの言葉にトランは少し考え込んで、結論を出した。


「いや、ここは魔法である程度保護された空間だ。持ち出すのは逆に危険かもしれない」


 言われてみればそうだった。


「じゃぁ、もう少し辺りを調べて……」


 そう言いながらも、胸の奥には得体の知れない不安が広がっていく。

 ただの食べ物が、こんな風になるなんて……。


 それから二人で部屋にあった他の大袋の中身を見ていく。

 だが、かなり傷んでいるだけで、先程のような異常なトマトは発見できなかった。


 異常があったのは、部屋の一角にあったあの袋のトマトだけだ。


「トランさん、仮定の話ですが……亡くなった原因が病気じゃなくて、このトマトだった場合どうなりますか?」

「どう? ……ん? どういうこと?」

「例えば、ここは貧民街です。この処分用のトマトをお裾分けされたとか、非常に安い値段で買い取った人が病気になっているとか……」


 トランはそれを聞いた途端、すぐに地図を確認し始め感染者の多い地域を丸く囲った。


 丸く囲った地域は三つ。

 中心から広がるのではなく、すべて孤立しているように見える。


 病気が原因なら、円と円の間の地域が無事なのはなぜだろうか?

 偶然もあるだろうが、感染者が多い場所が三か所あり、互いに離れている。


「確認出来ている範囲で約二十三名。その内、四名は既に死亡……重症は死亡した者の近くとは限らない……」

「普通なら、近くにいた人たちから感染していく可能性の方が高いですよね?」


 トランが地図を見ながら、目を細めた。


「病気じゃないってことか?」

「そこまでは断定できません。これは所長に現場を見てもらった方が良いと思います。それと念のため聞きますが、この家の近所の方々は感染しているんでしょうか?」


 トランが地図と書類を交互に確認していると、不意に動きが止まった。


「してないな……どういうことだ」

「そこまではわかりません」


 これ以上ここにいても、わからないだろう。

 まずはあの異常なトマトだ。

 精霊たちが教えてくれた物だ。


 きっと何かあるはず。




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