42話 小さな調査官 ~流行り病を突き止めろ3~
石畳が途切れ、土道に足を踏み入れると、空気が一気に淀み始めたのがわかった。
軒並み傷んだ家々、窓から覗く不安げな視線。
時折、咳き込む音や、うめき声が路地裏から漏れ聞こえる。
普段のわたしたちが居る区画とは大きく違うと、肌でも感じる。
わたしは無意識に息が詰まりそうになった。
……これが、東地区。
東地区に足を踏み入れてから少し経った頃、どこかで嗅いだことのあるような匂いがする。
病院特有の消毒薬の匂いに似た、湿った匂いが鼻を突く。
「そろそろ、現場だよ。記録と聞き取りは俺がやる。嬢ちゃんは見たこと、感じたことを全部覚えておきなよ」
トランはそう言って、懐から手帳を取り出した。
「俺たちは役人だからね。現場で得た情報を、上で使える形にして戻さなきゃ意味がないんだ」
所長が任命するだけあって、やはりトランは仕事ができそうだ。
路地を進むと、布で口を覆った子供が家の前に座り込み、弱々しくこちらを見上げていた。
その痩せ細った腕に、わたしは胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
……このままじゃ、広がる。
前世で知っている病気の影が頭から離れない。
「……急がないと」
わたしが小さく呟くと、トランは横目でこちらを見て、口の端を上げた。
「でしょう? じゃあ、ちゃっちゃと片付けよう、小さな調査官さん」
東地区の空は、どこまでも曇天のまま。
それがなんだか不安を煽る。
わたしはチラリと魔石を見るが、色は変わっていない。
……大丈夫。こっちには特製のお守りがあるんだから。
トランに案内され、わたしは古びた木の扉の前に立つ。
錆びた蝶番がかすかに鳴る音とともに、扉は半ば開いている。
中からは冷え切った空気と、薬草が焦げたような匂いが漂ってきた。
「ここが、最初だと思われる感染者が暮らしていた家。現場は発見当初のまま魔法で保護されているから、不用意に魔石に触れないようにお願いしますよ。今、封を一時的に解くから……」
トランの声は、先程の軽い口調ではなく真剣だ。
「発見当初のまま? それって……」
背中がぞくぞくして、嫌な予感がする。
「もちろん、そのままですよ」
トランの口元は笑っているが目は笑っていない。
つまり、そういうことだろう。
……遺体もそのままってことだよね……。
足がすくんで中に入るのを躊躇していると、わたしの両肩に小さな妖精が止まり、にこりと微笑んだ。
わたしは、もしかしたらと、念話をした時のように語りかけた。
……大丈夫ってこと?
妖精はコクコク頷いた。
……ほんとに? もうっ!
口元を布で覆い、半ばヤケクソ気味に足を踏み入れる。
窓がなく、明かりの差し込まない部屋。
その中央、粗末な寝台の上に毛布をかけられた人影が、静かに横たわっていた。
その足元の桶には乾ききった吐瀉物の跡がこびりつき、鼻をつく酸味が残っている。
その光景を見て、反射的に一歩後ずさる。
……ぎゃぁぁ~――って、あれ? おかしいな。
なんというか、グロいとか、もう無理みたいな嫌悪感を感じない。
現物なんて見たこともない。
せいぜい検体ぐらいだ。
映画ですら目を細めてしまうくらいなのに、今はそれを感じなかった。
……妖精さんのおかげ?
ちらりと妖精を見れば、コクコク頷いていた。
……サンキュー! 妖精さん!
怖いとわかっているのに嫌悪感がない。
……変な感じ。
ならばと、わたしはそっと遺体に近寄る。
「確認しても?」
「いいけども……お、おい嬢ちゃん、大丈夫か?」
トランの心配そうな声がするが、大丈夫だ。
わたしは手袋をはめ、恐る恐る遺体にかかっていた毛布の端をめくる。
その顔を見た瞬間、心臓がドクンッと跳ねるように大きく脈打った。
……この人……知ってる。




