42話 小さな調査官 ~流行り病を突き止めろ2~
「さて、君の意見を聞きたい」
所長の鋭い目がわたしを捉え、淡々とした声で告げる。
いつもと同じに見えるが、何か試す瞬間を楽しんでいるようにも見えた。
「所長、記載されている病気の症状についてですが……」
その内容が、わたしの知っている病気に酷似していることを伝える。
「インフルエンザは、特に免疫力の低い人々や子供たちにとって、非常に危険な病気です」
所長は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきに変わった。
「ほう、インフルエンザとは……」
所長は顎に手を当てて少し考え込んだ後、再びわたしに視線を戻した。
「聞いたことがないな。どのように対処すればよい?」
「インフルエンザは、ウイルスによって引き起こされる感染症です。予防には、基本的な衛生管理や手洗いの徹底、そして人混みを避けることが重要です。また、患者は十分な休息と栄養を摂ることが必要です」
わたしは慎重に言葉を選びながら、所長に説明した。
「ウイルス……それも聞かないな。それで、人混みを避ける理由は?」
「ただの風邪ならば、唾液や鼻水からの接触感染が中心ですが、これは空気感染する恐れがあります」
所長が小さく頷くのを確認し、わたしは続ける。
「目に見えない程の小さな虫みたいなものが、空気中を漂っているんです。それで感染の拡大が早いと思われます」
所長の顔に険しさが増した。
「同じ原因ならば、思った以上に危険だな……」
所長の話から、貴族の間でも急な発熱で倒れた者も過去にいたようだ。
だが、魔法で改善が可能だったため、深刻な病気ではなく、ただの風邪の一種だと思っていたらしい。
魔法で体の免疫が強くできる貴族ならばそれで良いだろうが、平民には危険だ。
「世間一般には、冬に流行る理由から闇の神が運んでくる病気と言われているがな」
……闇の精霊の仕業にされてるのか。
闇の精霊たちにしてみれば、なんとも迷惑な話だ。
風評被害もいいところだ。
「所長、この世界にウイルスというものが存在するかはわかりません。原因が別の可能性だったりしますか?」
「情報が足りん。精霊の仕業ではないとしか、わからんな」
所長は目を閉じ、いつものように机を指で叩いて考え始めた。
わたしは思考の邪魔をしないように席から離れると、壁際の長椅子に座って頭を捻った。
天井を見上げ、どうしたものかと考える。
インフルエンザだった場合、抗ウイルス薬など作れない。
手洗い、うがいでは、予防はできても治せない。
個々の免疫力に頼るしかない状態だ。
だが、東地区の孤児たちに栄養のある物を摂る余裕なんてない。
……うちも無事じゃ済まないなぁ。
人混みの多い場所といえば、商会で働いている家族も感染する可能性は高い。
役所にいるわたしも同様だ。
制度の施行で、役所は人で混み合っている。
人を集めたことが裏目に出なければいいが……。
今は東地区を中心としているが、いつ街全体に広がってもおかしくはない。
「ルルーナ、君に解決してもらおうと思ったが、この件はこちらで対処する」
所長は空気感染する可能性がある以上、予定にあった調査へ行かせることはできないと言った。
「でも、わたしの家族も感染する可能性もあります。どこにいても同じでは?」
なぜか所長は深いため息をつき、困った顔をした。
「まったく君は……危険だと言ったのに、なぜ急にやる気になるんだ」
……そりゃ、家族のこともあるけど。
「家族のこともありますが、精霊が悪者扱いされるのは嫌です」
「……そういえば、君は主だったな」
やれやれと、所長は小さな魔石を机から取り出した。
「手を出しなさい」
「へ? あっ、はい」
所長は、魔石をわたしの手のひらの上に乗せると何やら呟く。
すると、チクリと痛みを感じたので、わたしは慌てて手を引っ込めた。
「チクって痛かったんですけど……」
少しは我慢しろと言いたげな顔で「それが黒く染まる前に現場から立ち去るように」と、所長お手製のお守りを持たせてくれた。
この魔石が、わたしに害のある毒から守ってくれるそうだ。
「へぇ~、便利ですね」
「ウイルスと呼ばれるものに、作用するかはわからん。だが、貴族街で一時期流行った病気と同じであれば、問題なく機能するだろう」
わたしは、所長の目を見て、しっかり頷いた。
◇ ◆ ◇
後日、いつもの講義室でトランに調査の説明を受け現場へ向かう。
注意点としては、物には触れないこと。
何かあればトランに確認をとること。
大きくは、この二点である。
役所を出ると、わたしは顔をなるべく隠すため、外套のフードを深く被る。
朝の冷たい空気の中、寒さを防ぐのにもちょうどいい。
小さな手には、所長からもらったお守りを、しっかり握りしめる。
隣を歩くのは、役所の若き役人であるトランだ。
茶色の癖っ毛が風で乱れ、眼鏡の奥の目が忙しなく辺りを観察しているのがわかる。
「いやぁ、所長の指示で調査することになったけど……疫病かもしれない現場に行くなんて、正直、度胸あるよねぇ」
調査説明の後で、様付けはやめて、普段通りでお願いしますと言ったのは間違いだったかもしれない。
「……行く必要があるんです」
少しむっとして言い返すと、トランは口元を緩めた。
「でも、あの所長がわざわざ同行者につけるってことは、嬢ちゃんはただ者じゃないんだろうね」
「トランさんにはそう見えますか?」
お互いに軽口を叩きながらも、その歩みは迷いなく東地区へと続いていた。




