死地
白い光の中、ある景色が突如として広がり、ハンナを包む。朝日に包まれた食堂。グレーテが居て、ミナが居る。父も居て、ハンナは幸せだ。
グレーテは寝ぼけ、ミナは一人でおしゃべりをしている。父さんは時々相槌を打ちながらも、ハンナに時折視線をよこす。なぁ、ミナの相手をしてくれないか。俺は辛抱溜まらん。そんなことを考えているのがすぐにわかる苦い顔。
ダメ、とハンナは目を細める。父もそれを受け、少し微笑む。
なあんだ。全部、夢だったんじゃない。何も変わらない朝。これがずっと続けば良いなぁ。
冷たいミナの声が自分の名を呼ぶ。振り返るとミナは、私が救えなかった大好きな妹は、私を睨んでいた。
「やだ」ハンナは涙声で言う。 「みんなと一緒が良い」
ミナは微笑む。その顔に後悔も、苦痛もない。
ふと皆を見る。姉も、父もハンナを見て、微かに微笑んでいた。
「やだ……やだよ」零れる涙をぬぐい、嗚咽する。
ミナが口を開き、何か言う。
ハンナはハッとする。突如、クラウスやエッカルトの顔が浮かぶ。そして、クリスティーナの顔も。
私は帰らなきゃいけないんだ。
「そうだね……またね」
急速に視界が閉じる。そして―
視界一面に広がる黒。土と鉄の匂い。急激に覚醒。おそらく数秒気を失っていたのだろう。周囲の地面が炸裂、身体が宙に浮いていた。巨人との距離も遠く、剣は届かない。
全てがスローモーションで見える。土や石の破片が宙を舞い、ゆっくりと地面に降り注いでいくのが見える。巨人はまだ振り下ろした拳を引き寄せている最中であった。
一瞬の判断。足場が悪い。この場に着地しても加速を最大限活用できない。そうなると、巨人が体勢を整える時間を与えてしまう。そうすれば次こそ殺される。攻撃のチャンスは今しかない。
ハンナは奥歯を噛み締め、覚悟を決める。空中で力場を発動、加速。一瞬、天地が逆になる。皮膚が焼け、めくれ上がるような風圧。景色が溶けるほどの加速。ぶつかってくる岩を細断、土の塊を蹴り、さらに加速。
風の塊を切り裂き、巨人の目の前に着地。腹部はがら空きだ。足を踏ん張り、腰を低くする。そして、剣を横に構える。力場を発動、加速。
巨人はまだ振り下ろした拳を引き寄せている最中であった。絶叫しながらハンナは剣を薙ぎ払う。白刃が光を放ちながら腹部を断ち切る。轟、と衝撃波がハンナを襲う。剣がバラバラになり、空に舞う。
断末魔はなかった。巨人は腹部から真っ二つに割れ、地面に転がる。それらは白い光に喰われ、焼かれていく。
籠手の光が、火花のように弾けながら小さくなっていく。指から柄が落ち、地面に転がる。全身から力が抜け、膝下や腹部に生暖かい感触。小便を漏らしたかと失笑するが、その色は朱。
これでも十分やった方だ。一人では絶対になしえなかった。ハンナは微笑み、「ありがとう……みんな」
静かにハンナは倒れ、地面に転がる。その華奢な身体を朝日が照らしていく。




