白銀の大剣よ、舞え
【1】
皆が待つ野営地に戻り、ハンナ座り込み、毛布にくるまる。酷く寒い。歯がかみ合わず、ずっと震えていた。
先ほどの野営地から離れた第二の野営地は村の壁のすぐそばだ。ここを突破されれば終わる。
小さな篝火が、クラウス、エッカルト、他の負傷した騎士を照らしている。
「もう駄目なんだろうか」エッカルトがため息交じりに言う。その眼は焦点が合わず、揺れている。
クラウスらの働きで、巨人の移動速度はかなり落ちた。それでも迫ってきている事に変わりはない。巨人が身体を引きずる音が徐々に近づいてくる。
「ま、少し考えてみようじゃないか」クラウスが皆を見回し、言う。
「まずは今の状況だ。近接戦ができるのは俺、エッカルト……」
ハンナが静かに手を挙げる。クラウスはそれを見て、苦笑い。
「奴はと言うと……下になっていたマガイが居なくなったことで動きはかなり遅くなったな。上体を仰け反らせていることも要因だろう」クラウスが静かにゆっくりと感情を込めず、言う。
「まかさ……首を斬られないようにしている?」ハンナも霞む目で巨人の姿を見据える。
「おそらくはな」
「後続隊はまだ来ないのか?」エッカルトがうめく。
「彼らもこのくらいの《第弐位階》と戦っているはずだ。戻ってくるかどうかも怪しい。俺達で何とかしなければ」嘲るように笑い、クラウスが頭を掻く。
ハンナはかすれた声で、「おそらくですが、腕や胴体は活動を続けている状態でも再生してしまう。だからこそ、脳が入っている首を落とし、その動きが完全に止まったところで《祝福》を叩き込まなければならない」
「だけど、あの棘の量……並みの剣では斬れない」エッカルトが、ハンナを見つめ、「ハンナもこんな状態だし……」
「柔らかい部分、例えば口内に矢を打ち込み、矢の威力を使って首を切断するのはどうだろうか」クラウスが言い、自分で否定するように首を振る。
「それで切断できればこんな苦労はしないか」
その間にも、ずしん、ずしん、と巨人が接近してくる。
ハンナは毛布の中で震えながら考えていた。口内をピンポイントで攻撃し、その斬撃で首を落とす程の衝撃をもたらすにはどうすれば良いか。
「三次元での高速移動を用いるのは?」ハンナが訊く。
「精密かつ大胆な力場の調整が必要になる。難しいだろう」
力場……力場。ハンナは頭の中で反芻し、
「引き寄せれば良いんだ」
「なんだって?」エッカルトが訊く。
「矢に鉄妖を仕込み、口内に打ち込む。そして、力場を使い、そこに大剣を引き寄せる」
空気が固まる。
エッカルトが早口で、「理論上は可能だ。しかし、矢に仕込まれた鉄妖に誰かが指示を出さなきゃだし、そもそも矢を口内に当てるには口を開けさせなきゃだし……」
「我が弟子ながら無茶苦茶な理論だ……だが、やるしかないな」クラウスが苦笑いする。
「そんなピンポイントな狙撃、しかも鉄妖を乗せた矢を正確に飛ばせるのは……」エッカルトの声が小さくなる。
【2】
「怪物の口が開いた瞬間に矢を当てる。数キロ離れた場所にある針の穴を射抜くようなものだろう」
「そんなピンポイントな狙撃……無理だ」
エッカルトが他、2人の騎士を見る。二人とも気まずそうに顔をそむける。誰もやりたくないのだ。外せば大勢の人が死ぬという余りにも大きな責任。それに怪物の正面に立てば、最初に殺される危険性もある。
何もかもが自分の手に掛かる、そんな状況になるのは御免だ。逃げ出すべきだ。エッカルトは唇を噛み、俺はやらない、そう言おうとした。
ふと、ハンナと目が合う。ハンナは悪童のようにニッと笑う。
―行ってくれるか、エッカルト
蘇る父の言葉―胸の中で脈打つ不快な記憶。エッカルトは唇を噛み、微かに呻く。もうあんな思いは絶対にしたくない。あの選択肢は絶対に間違えだ。
拳を握り、息を吸う。俺はやらない、そう言おうとした瞬間、ハンナの声が蘇る。
『それが間違いとは私は思わない』
親友の言葉に腹の痛みが消え、胸につかえていた重りが消える。
エッカルトは、ハンナを見つめる。ハンナは視線に気づき、弱弱しい笑みを浮かべる。
選ぶべき選択肢なんて、一つしかないじゃないか。エッカルトは大きく息を吸う。俺は最高の騎士になる男だ。その為に、この選択肢を選ぶ。何度同じ体験をしても、何度だって、この選択肢を選ぶだろう。そこに悔いはない。
「俺が行く」エッカルトは弓を持ち、クラウスとハンナの前に立ち上がった。
【3】
ハンナは悪童のように微笑み、「先生が爆竹で威嚇行動を取らせ、奴の口を開き、すぐに回避行動を取る。エッカルト、あなたが矢で口内をピンポイントで狙撃。私が巨人に接近、鉄妖に指示を出せば良い」
「やってやるよ。俺は騎士団最強の弓使いになる男だ」
「お願いね」ハンナは立ち上がり、毛布を取る。
「時間がない。ハンナ、行けるか?」クラウスが爆竹を手にしている。
「任せてください」ハンナは白銀の大剣を構える。籠手が真っ白に輝き、剣に光が移っていく。それを地面に突き刺す。
「行きましょう」ハンナは丸腰の状態で言う。
「また後で、な」クラウスはそう言い、跳ぶ。
師匠の背から一瞬だけ目をそらし、「ありがとう。エッカルト」ハンナは言う。
エッカルトは弓矢を構え、鉄妖に巻き付け、「大切な人を守るのは当たり前だろ。死んでも、俺に後悔はねぇよ」
ハンナは息を吐き、呆れたように吹き出す。
「カッコつけちゃって」
エッカルトは真面目な口調で、「妹さんだって、同じだったはずだ。さ、始めようぜ」
ハンナは微かに目を見開き、呻く。心の中で何かが変わり始めたそんな気がした。エッカルトに微笑みかけ、最後の礼を言う。そして、巨人を見据え、跳ぶ。一瞬で怪物が目と鼻の先に。
閃光が炸裂、ごおおお、と怪物が咆哮。クラウスに槍が振り下ろされ、必死に回避しているのが見える。先ほどより、動きが速くなっている。何度も地面が揺れ、泥が巻き上がる。
ハンナは入れ違うように、巨人へ肉薄。矢が巨人の頭部に集まるが、口に当たったかは見えない。
巨人はクラウスを見失ったのか、吠えながら周囲を見渡す―乱杭歯が白く光る。ハンナを見つけ、動きが固まる。
―気づかれた。
巨人が咆哮、同時に槍が振るわれる。歯噛みし、高速移動で回避していく。地面が揺れ、ぱっくりと裂ける。突如としてできた溝に足を取られ、つんのめり、激しく転倒してしまう。
風切り音がし、世界が一転する。鈍い音がし、頭蓋に痛みが広がる。
気が付くと、泥に頭を突っ込んでいた。目をしばたたかせていると、視界が暗くなる。起き上がると、巨大な影が周囲を覆いつくしていることに気づき、振り返る。
巨人はすぐそこに居た。ここまでか、と歯噛みする。
エッカルト、信じてるよ。
巨人が再度、槍を振るう。その動きがスローモーションで見える。
ハンナは獰猛に微笑み、「白銀の大剣よ、舞え」
闇を切り裂く、一筋の閃光。その輝きは余りに速く、そして、鋭かった。次いで感じたのは爆風。そして、肉の焦げる臭い。
肉片が焦げ、煙をまといながら落ちてくる。轟音を立て、巨人が倒れた。その首は千切れ、一部が完全に削げ落ちている。《祝福》によって、体内から急激に焼け、腐っていた。しかし、巨人は起き上がる。
鈍い金属音と土をえぐる音がし、振り返る。そこには大剣が突き刺さっている。ハンナは血の混じる唾を吐き、柄を握る。剣は土に深く突き刺さっており、簡単には抜けそうもない。それでも力を込める。
絶対に諦めない。必ず抜いてやる―
父の無様な姿がフラッシュバックする。泥を啜り、苦痛に耐え、ボロボロになりながらも、折れない強い意志―それが私が受け継いだものなんだ。
指が震え、萎え始める。このままでは巨人が再生してしまう、そう思った時だった。土の塊を撒き散らしながら白い刀身が現れる。剣はその刃を晒すと、一瞬、青白い光を放った。まるで復活の時を待っていたかのようだった。しかし、刀身は欠け、曲がっていた。
巨人は槍を手に取り、残った口で咆哮。肉が焼け落ち、肋骨が露になり、内臓が零れ落ちていく。それでも、ハンナを道連れにしようとする強い意志。
相対するハンナも全身が軋み、震えている。一撃を放っただけで動けなくなるという確信。
ハンナは剣を構え、微笑む。お互い、これで決まる。巨人も槍を構える。
「来い」告げ、跳ぶ。
巨人が腕を振るう。咄嗟によけ、胴体を斬ろうとする。しかし、片腕が胴体から外れ、跳んできた。
―再生したと思った腕は《祝福》で腐っていた。だが、それを最後まで隠し、今利用した訳だ。
咄嗟に踏ん張り、横に避ける。だが、その一瞬が大きな隙になってしまう。まずい、そう思った瞬間、巨人の拳が見えた。着地したばかりの不安定な体勢で力場を起動。避けられるかも際どい上、急激な加速で意識を失う可能性もある。しかし、それに賭けるしかない。
加速―視界が歪み、全身を不快感が襲う。一瞬で意識が飛び、視界が真っ白になった。




