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天敵たち

 移送が進み、二つ目の要塞都市に入った。発展具合は同じだが、ここの方が賑やかだ。石造りの街は、人で溢れていた。商人、農民、騎士……様々な人々が溢れている。


 ハンナたちは宿屋に荷物を置き、各々で街を見て回る。クラウスは騎士団と会議、クリスティーナは休憩の後、仕事。ハンナとエッカルトは暇だった。


 二人とも騎士見習いとして騎士団に所属しているのは変わりないが、ハンナは精鋭ぞろいの斬り込み隊に配属され、エッカルトは弓矢を主力とする後方部隊へ配属された。


 エッカルトは市で買った揚げ菓子を頬張りながら、「すげー街」


「ずいぶん遠くまで来た気がする」ハンナはそう言い、空を見上げた。マガイの襲撃からもう半年以上経つ。故郷の街へ戻るのはいつになるのだろう。


「確かにな」そう言ってエッカルトが揚げ菓子をハンナに放る。


「熱ッ!」ハンナはお手玉のように左右に振りながら、意を決し口に放る。


「小動物みたいだな、本当に」


 ハンナは、もぐもぐしながら抗議の視線を送る。


 よそ見をしていたせいで、誰かにぶつかってしまい、軽い衝撃が襲ってきた。


「ごめんなさい」ハンナが振り向くと、そこには小柄な少年。同い年くらいだろうか、質素な服を着ているがどこか気品がある。艶のある黒髪で、中性的で端正な顔立ち。


「いえ、こちらこそ、よそ見をしていたので」少年は手を振って、申し訳なさそうな顔をする。


 エッカルトがハッとし、ハンナの頭を押さえる。


「なに?」頭を垂れながら。ハンナは抗議。


「オイレンブルク家次期、レオナルト・オイレンブルクだよ」小声でエッカルトが言う。


 ハンナは瞬時に少年の顔を見、エッカルトが正しいかもしれないと思う。菓子を飲み込み、拳と膝を地に付ける。


「ご無礼をお許しください。私、ゼーフェリンク騎士団所属、騎士見習い、ハンナ・ケンプフェルトと申します」


 エッカルトも同じように名乗る。


「や、やめてください。膝が汚れてしまう……さ、立ってください」少年は気弱な声を上げた。という事は本物だったのだろう。


 二人は顔を上げる。少年の傍らには長身の女性。黒のコート・オブ・プレートに男装。獲物は細長い剣。


「あれは……リーゼさん」エッカルトがひそひそという。以前、ゼーフェリンク騎士団と稽古をしていた女性だ。


「若、このくらいで」リーゼは少年に顔を寄せ、困ったような顔をする。


「もう少し見て回りたかったが……リーゼが言うなら」レオナルトはため息をつきながら言う。微かに年相応の表情が見えた。


「さ、若」従者なのだろうリーゼが言い、少年がその場を離れようとした時だった。


「あれぇ~」甘ったるい高い声。ぴょこぴょこと跳ねながら一人の少女が現れる。


 ハンナは、ぎょっとした。先日、マガイを一瞬で屠ったアイメルトの蕾とかいう少女だったからだ。


 蕾は、低身長だが、ヒールの高い靴を履いているせいで視線はリーゼよりも少し低い程度だ。驚くのはその服で、踊り子が着ている煽情的な衣装によく似ていた。一片の細長い布が胸から垂れてはいるが幅が微妙に足りず白い太ももが覗いている。その布にしてもわずかに透けており、下着のある胸と陰部以外は丸見えであった。


「うわぁ……スケスケだぁ」エッカルトが鼻の下を伸ばす。ハンナは蕾を見て、眼を細める。クリスティーナなら、貧相な身体だね、と鼻で笑うだろう。


「てつくさいと思ったらぁ、オイレンブルクの若様……とぺえぺえ草! 奇遇だね!」蕾は悪戯っぽく首を振りながら微笑む。満月のように丸い童顔と、相反するような凶暴な表情。


「アイメルトの……」少年が話そうとするのをリーゼが止め、剣に手を掛ける。


「あ、アイメルトだって……」エッカルトがうめく。


 エッカルトが驚くのも分かる。アイメルト家は、ゼーフェリンク、オイレンブルクに次ぐ、御三家の一つ。《祝福》を支配し、その力を最も発揮した者たち。


「何用か」リーゼが鞘に手をかけ、訊く。


「用って、リーちゃんが、あんまりにも鉄臭いから、心配になって―」桃色がかった白髪が揺れ、丸く鋭い瞳―どことなく猫を思わせる―が童顔の中でぎょろりと動く。


「私、野菜作りが趣味でして。ずばり、ポイントは選定です」リーゼが遮る。微かに鞘が抜かれ、刃が顔を出している。


 リーゼが冷徹に、「首の上についているそれ、無駄に栄養が行ってますね」


 蕾は目を細め、八重歯を見せて笑い、「その前に、もっ~と鉄臭くなっちゃうみたいだね」


 蕾は舌を出したかと思うと、その異様な長さのそれで舌なめずりする。すると、手足に桃色の模様が浮かび、輝く。そして、額から木の枝のような角が生えていく。


「うわぁ……舌、えっろ―じゃなくて、第二段階の《祝福》……植物が自由自在に生やせるのか」エッカルトが言葉を失う。


「すごい……」ハンナも思わず、息をのんでしまう。


「おいで~ぺえ、ぺえ、くさ」


「はい、はーい。そこまで」少年がぱんぱん、と手を叩く。


 蕾が嬌声を発し、「うそうそ、レオたんってば本気にしたんだね」


「この……」リーゼが近寄る前に、蕾は少年に抱き着き、


「うりうり~、ちっこくてほんと可愛いんだね、レオたんは」嫌がるのも構わず撫でまわし始めた。しかし、その手からはツルが伸び、少年の首に触れようとしていた。


「くっ……」リーゼが歯噛みする。次期当主を人質に取られ、手が出ないのだ。


「俺に手を出せばどうなるか分かってるだろ」レオナルトが低い声で言い、ツルを引きちぎる。その首は鉄妖が巻き付き、ツルを防いでいる。


「はぁ~い」蕾は、手を放し、「じゃ、またね」オイレンブルクの二人にそう言って、ハンナたちの方に振り向く。


 蕾とハンナと視線がぶつかる。


 腕を後ろで組み、ぴょんぴょんと跳ね、ハンナの隣を通り過ぎていく。そして、すれ違いざまに小声で声をかけてきた。


「騎士の真似事? 雑魚はここには居られないんだよ?」


 ハンナはうつむき、大きくため息をついた。気が付くとオイレンブルクの二人もどこかへ消えていた。


「すげぇ物を見ちまったな、ハンナ」エッカルトは揚げ菓子を口に放りながら興奮した口調で言った。


「御三家、バチバチじゃねえか!」


 ハンナは揚げ菓子をかすめ取り、口に放る。


「なんで、アイメルト家の人は名乗らなかったの?」咀嚼しながら訊く。


「ああ、連中はどんどん養子を引き入れてるからな、そのせいかも」


 エッカルトは、空気に漂うアイメルトの匂いを嗅いだかと思うと、


「アイメルト家は一騎当千の思想が強いんだ。だから、マガイ出現当初はゼーフェリンク家なんて目じゃない程に活躍してた。だが、均一かつ統制の取れた戦術を取り始めたゼーフェリンク家にお株を奪われ、今は没落の一途を辿ってる」


「だから養子を?」


「そう。《祝福》を持つ者はどんどん勧誘、どんどん養子にして、栄華を極めた時代に戻りたいのさ」


 ハンナはふと自分の手を見る。《祝福》を使い、他人の経験を疑似体験することで強引に実力を上げてきた。それをクラウスに禁じられてからは、隊内の騎士との差が広がり、埋まらなくなっていた。どんどんと皆と差が伸びていく。どんどん皆が先に行ってしまう。私は、弱いまま。


「祝福の力がなくとも、ハンナは十分強いと思う」


 ふと、エッカルトが真面目な声を出し、ハンナは横目でにらむ。


「それに比べ、俺は半端者だ」


 エッカルトの諦めたような、乾いた笑み。ハンナはそれを見て、胸を締め付けられる。


「―して……」ハンナは俯き、微かに呻く。


「なんだって?」


「どうしてそう思うの?」ハンナは、エッカルトを見つめ、声を荒げる。


 エッカルトは虚を突かれ、「俺はな……選択を間違えたんだ」


 そういって、エッカルトは簡単に自分の話をした。ハンナは黙ってそれを聞いた。


「エッカルトは間違ってないよ」ハンナは、エッカルトをまっすぐ見つめ、言う。


「どうしてそう言える……俺は半端者だ。何一つ極めてない。このまま行けば盗賊だ」


「エッカルトは盗賊になんてならないよ」


 真っ直ぐな声に、エッカルトが上ずった声を上げる。


「お兄さんもお父さんも、お母さんも、エッカルトに感謝してると思う。誰かが行かなきゃいけなかった。そこで自分を犠牲にしてまで皆を救う選択をした。それが間違いとは私は思わない」


「んだよ……」エッカルトは顔を上げ、陰りゆく夕闇を見つめる。


「私には……出来なかった」ハンナはそう言って耳を触る。


「……それに人のために命を投げ出すような人が盗賊になんてならないよ」


 ぐすっ、と鼻を鳴らし、エッカルトが空を見上げている。


「うるせーな……俺はもう帰る」


「じゃあ、また明日ね」


「おう……」


 何かを言い残し、エッカルトは戻って行った。

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