百花繚乱
【1】
深夜の要塞都市―街は不気味な程に静まり返っていた。家の明かりは消え、人々の気配はない。
防壁の横にある民家で音がする―家のドアが開き、騎士が顔を出す。そこにはハンナとエッカルトも居た。2人とも武装し、表情は硬い。
マガイの群れが向かっているという連絡を受けたのは数時間前だった。そのため防壁の扉に土嚢を積む程度しか対策は出来ていない。
ハンナは白銀の大剣を担ぎ、防壁を睨みつける。
突然、杭のような物を叩きつける音がし、扉が揺れる。そして、穴が開いたかと思うと、少しずつ破壊されていく。
民家の影から数人の騎士が顔を出し、反対側の民家に居る仲間に合図する。
「来るぞ!」リヒャルトが言い、騎士全員が剣を抜いた。
扉が破壊され、闇の奥から大量の何かが迫ってくる。月光に照らされたのは、不細工な形の球体。数は少なくとも20、多くて40。大きさは牛や馬ほどもある。
マガイは全身に無数に生えた棘を動かし、街を削りながら進んでくる。棘は家屋の外壁を容易に削り取っていく。何かを強引を削るような異音が街に響き始める。
騎士たちが飛び出し、マガイに剣を振るう。
ハンナも2体のマガイと相対―歪な球体がじりじりと距離を詰めてくる。その大きさは、成人男性の背丈を軽く超える。
僅かな炎がマガイの身体を照らす。体表には、棘が剣山のように表面から生えている。その一本一本が肉を裂き、骨を抉り取る程に鋭い。
ハンナの瞳にマガイが映る―その瞬間、ハンナの身体の奥底から何かが溢れ出、全身が震える。恐怖ではない―強い怒り。背から剣を抜く―白い光を放ち、大剣が現れる。獰猛な白い花弁。
振り下ろされた刃先が腰の高さで静止、一瞬で戦闘態勢へ。ハンナは柄を握り締め、奥歯を喰い締める。どす黒い感情の渦、それを目の前の化け物に集中する―純粋な殺意。
―殺す
1体目のマガイが棘を噴射、同時に2体目が飛び掛かってくる―一方が退路を断ち、もう一方が突撃するという見事な連携。しかし、ハンナの呼吸は乱れない。
ハンナ咄嗟には半身を捻り、棘を躱す。半身を棘が裂き、皮膚や鎧がずたずたになるが、気にしない。同時に両足に力を込め、力場を発動。棘を飛ばす方へと急接近。
間合いに入った瞬間、大剣を薙ぎ、角度を付けて振り下ろす。ぶおぅん、という音―大剣が空気を切り裂き、震わせる。マガイに向けて、凄まじい重量が斬撃と共に叩きつけられる。
斬撃の衝撃で地面が揺れ、土煙が立つ。マガイは地面に叩きつけられながら真っ二つに。斬撃を受けた箇所は砕け散り、残骸は宙を舞う。
しかし、バラバラになった分裂体が、よろよろと動き出す。そのまま近くの樹へと逃亡しようとする―
ハンナは強引に剣を振り上げる。地面を抉り、泥を飛び散らせながら大剣が薙ぎ払われる。分裂体を捉える。後ろの樹ごと、それを叩き斬る。
幹ごと、分裂体は爆散。軋む音がし、樹が折れ、地面に倒れこむ。それまで静観をしていた鳥たちが飛び立ち、土砂降りのような羽音が辺りに響き渡る。まるでマガイよりも恐ろしい何かの存在に気づいたかのように。
数秒で汚泥となった仲間の姿を前に、2体目は咄嗟に後方へ跳ぶ。民家の屋根に飛び移り、逃走を図る。
―逃がさない
ハンナは隣の民家の壁に向かって跳ぶ。壁を蹴ると同時に力場を発動。反動を利用して屋根まで跳躍。大剣の重さを殺しながら着地。木の屋根が軋むが、家自体はびくともしない。
ハンナは面を上げ、マガイを睥睨。大剣を構える。
―どこへ逃げようと、必ず殺す
かさかさかさ、とマガイは方向を変える。逃げても仕方がないと悟ったのか。全身の棘を尖らせ、ハンナへと突進。
ハンナは力場を最大限に発動、同時に全身の筋肉を使い、剣を振り上げる。マガイがハンナに肉薄した刹那、大剣が振り下ろされる。空間が抉れるような歪な風切り音がし、刃先がマガイに叩きつけられる。
轟音がし、屋根が砕け散る。屋根が抜け、ハンナは屋根ごとマガイを床に叩きつけた。轟音がし、土埃があがる。土埃の中、四散したマガイを踏みつぶし、ハンナが現れる。
音を聞きつけたのか、他のマガイが民家の扉を突き破り、ハンナへと突進。ハンナは振り返かえりながら、身体を回転させ、マガイを叩き斬る。
マガイの身体は爆散―その棘が壁に突き刺さる。そして、千切れ跳んだ肉片が窓にぶつかり、窓ともどもバラバラになる。割れた窓の破片から、マガイの肉体だった物がぽたぽたと零れ、祝福で腐っていく。
一瞬の静寂―ハンナの頬から血が滴り始める―3体殺すのに僅か数分。
ハンナは頬から流れる血を乱暴にぬぐい、民家から出る。見える限り、5体以上のマガイがこちらへと向かってきていた。
ハンナは剣を振り、先ほど殺したマガイの破片を振り飛ばす。
周囲を見るべく、上下を見やる。その時、建物の上に人影が見える。
月明りが人影を照らすと、現れたのは一人の少女。
驚くのはその服で、傭兵の衣装によく似ていた。真赤なダブレットを改造している。甲冑は胸から腹にかけて装着していたが、二の腕と太ももは丸出しであった。手首はダボっとした膨らみで覆われている。
「危ない!」
ハンナが叫ぶと、少女は頭を振る。髪は二つのおさげにフリルの付いた袋のような物が付き、こちらもボリュームがあり、頭を大きく見せている。
「あ~うるさ……」少女は立ち上がり、伸びをしたと思うと口を開け、欠伸をする。桃色がかった白髪が揺れる。
マガイの群れを見て、少女は目を細め、不敵に微笑む。その口元には八重歯。眼には赤いアイシャドウ。
「あれれ……ざぁこが、いち、に、さん……たぁくさん!」少女は首を動かし、周囲を見渡す。その際、猫を思わせる丸く鋭い瞳がぎょろぎょろと異様な速度で動いた。
気が付くと、ハンナと少女の周りをマガイが囲んでいた。ハンナは歯噛みし、剣を構える。
「早く逃げて!」1匹を屠りながら、ハンナは叫ぶ。少女はそれを楽しそうに眺めている。
少女は、ハンナを見て、「ぺえぺえ草ちゃん、ピンチじゃん」
―雑草?
ハンナは3匹目を壁に叩きつけ、その一部を串刺しにしつつ、ぼんやりと思う。
「仕方ないから……わたしの出番、だね」その声と共に、少女の身体が輝く。全身が桃色に包まれる。
少女が目を閉じ、「特別条件該当、範囲設定適格……祝福、解放!」
―《祝福》?
ハンナは呆然とし、少女を見つめてしまう。
「どがどがどがーん!」少女が吠える、同時に地響きが鳴り、立てないほどに地面が揺れ始める。
「な……」ハンナは剣を杖にしながら、堪える。物凄い揺れだ。マガイも体勢を保てず、その場で震えている。
少女の笑い声と共に、轟音が響く。地面が割れ、巨大な木の幹が地面からせり上がり、天に向かって鋭い棘を伸ばしていく。棘がマガイを串刺しにして、バラバラにしてしまう。
ハンナも隆起する際の揺れで、倒れこんでしまう。
少女は手の指を、全開に広げ、何かを払うかのように手を薙いだ。それと共に、轟音が鳴り響き、町全体の地面から樹木がせり上がり、マガイを殺し、絡めとっていく。
少女の手足に桃色の模様が浮かび、輝き、闇を照らしていた。少女は嬌声を上げ、「ざぁこは、まとめて、しんじゃえ!」
地面から現れた木には、桃色の花が一面に咲き誇り、闇の中で輝いている。
「す……凄い」
ハンナは地面に倒れ込み、ただそれを見つめていた。
【2】
謎の少女により、マガイが一瞬で片付いた為、ハンナたちは早々に任務を終えることになった。
リヒャルトから話を聞くと、少女はアイメルト家の騎士団に所属しており、蕾と呼ばれているらしい。第二段階の《祝福》、その異様な力を目にし、ハンナは興奮していた。
クリスティーナの待つ家に着くと、それをまくしたててしまった。
「本当に凄かったんだから、花が一面にぱーっと開いてさ」
「そんな力を持っている人がいたとはね」クリスティーナは舟を漕ぎながら話を聞いていた。
「私にもこんな力があればね……」ハンナは自分の手を見て、言う。クラウスやクリスティーナから《祝福》の使用は止められた。だが、やはりこの力こそ、私を救うのではないか、と言う思い。
しかし、クリスティーナは、ハンナの一言で微かに表情を曇らせ、
「また《祝福》?」呆れたような低い声。
「え……」ハンナは親友の態度に呆然する。
「ハンナって、いつもこうあるべき未来ばかり見て、今までの積み重ねや今そのものを見てないよね」
「な……なんて?」ハンナは愕然とし、微かに身体を震わせた。自分でも驚くほどに激しく動揺していた。
動揺しているのは、的確だったからか。それとも親友だと思っていたのに、酷いことを言われたからだろうか。
「力はあんたを幸せにはしないんだって!」クリスティーナは声を荒げた。
「な……なによ」ハンナは涙目になりながら、口をパクパクとさせた。
「クリスティーナには何にもわかんないでしょ! ミナが、グレースが目の前で死んで、あたしは何もできなかった……その気持ちなんて!」
クリスティーナは一瞬、怯んだが、
「分からないよ、でも、過去と向き合うのに必要なのは、力じゃないでしょ!」
ハンナは微かに嗚咽し、「なんでそんなこと言うの……私はクリスティーナやクラウスやエッカルトを失いたくないだけなんだよ」
クリスティーナは、うっ、と呻き、
「ごめんごめん……疲れてるのに、ごめんね」そう言って、微笑み、ハンナを抱きしめた。
「酷いよ……」ハンナはされるがままになりながら、クリスティーナの胸の中で鳴き続けた。
追加部分です。
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