真実
【1】
深夜、ハンナが布団に入ると、固く冷たい何かが手に触れる―鞘に仕舞われた短剣。それを胸元に置き、眼を閉じた。微かに興奮していた。今日、死ぬかもしれない。そう思うと、様々な感情が入り乱れた。
布団の中で、昼間のことを思い出す。稽古をし、警備を行うだけで終わるはずだった。しかし、リヒャルトに呼ばれた。一応、ハンナは剣を持ち、約束の場所に向かう。領主の館。その客間。
「お待ちしていました」リヒャルトは、暗闇の中、白い歯を見せる。隣にはホルガー。
「あなたに話さなければならないことがあります」リヒャルトが言い、ホルガーに目配せする。副団長は頷き、話を促す。
「話、とは?」ハンナは目を細め、二人を見る。
「重要物資のこと、そして、《祝福》と御三家のことです」
「なぜ、それを私に?」
「実は先日、クラウスとの稽古を覗かせてもらいましてね。そこで貴女の《祝福》は夢を自由に見ることではないと分かったからです」
ハンナは眉を寄せる。本当に心当たりがなかった。
「本当に心当たりがないのですね」リヒャルトは苦笑いし、
「貴女は体の部位を瞬時に再生、もしくは再現できる《祝福》を受けた」
ハンナは息をのみ、己の手を見る。数か月前、城でマガイと交戦した時に、失った手首が治ったような幻想、あれは現実だったのか。
骨の髄から震えるような喜びと、それが失われるかもしれないという恐怖。相反する感情が一気に湧き上がる。
「その反応……おそらく自覚がなかったようですね。その力は余りにも強大だ。だからこそ、その力を持つ代償を伝える必要がある。そう考えたのです」
「私は……人間ではなくなったのですか?」ハンナは口をぱくぱくとさせた。頭が真っ白になっていた。
「現状、正真正銘人間です。ですが、使い方によってはそうでなくなることもある。それを理解して頂くために、我々はここにお呼びしたのです」
ホルガーが温かいハーブ茶を出し、「彼女も動揺している。少し、落ち着いてから話を薦めよう」
ハンナは礼を言い、茶を飲み、「いえ……始めてください。お願いします」
「分かりました」リヒャルトが頷き、
「まず重要物資の正体ですが、あれの中身がマガイを生み出しています」
ハンナは目を細め、「生み出す……呼び寄せているのではなく?」
「そうです。あの箱の中身こそマガイを生み出す《第壱位階》なのです。《第壱位階》は周囲の物を変異、怪物化させてしまう」
待って下さい、とハンナはリヒャルトを止め、
「《第壱位階》は勇者によって殺されたんじゃないんですか?」ハンナは絵画を思い出す。魚のようなヒトのような翼の生えた異形、それが《第壱位階》ではないのか。
「《第壱位階》は倒されたというのは王が流した嘘です」
「では、勇者が倒したのは?」
「あれは《第壱位階》に触れた哀れな何者かの成れの果てと言われています」
ハンナは息をのみ、微かに呻く。
「ヒトが変異したってこと……じゃあ、本物は?」
リヒャルトは頷き、「《第壱位階》は、等分され、御三家で保管されていました。そして、それに触れると生物は醜悪に腐り果てるか、異様な形態へ変異するのです。絵画に描かれた怪物はその犠牲者という訳です」
怪物、犠牲者、嘘―様々な言葉が脳裏を駆け巡り、動悸が激しくなる。ハンナは狼狽し、ぼんやりと虚空を見つめていたが、
「なぜ……嘘を?」
「国民を安心させつつ、《第壱位階》を排除するためです」
ハンナは質問をしながら事のいきさつを整理する。おおよそ整理するとこういうことだ。
20年前、突如として《第壱位階》が北部地域に堕ちてきた。それは異形でかつ十メートル程もある巨大な生物だった。ただ《第壱位階》に意志はなく、移動も行えなかった。しかし、周囲の生物を変異させてしまう為、その駆除は必須であった。
当初は砲撃による攻撃を行ったが、再生力が強く、殺すのは不可能であった。また攻撃で飛び散った破片は生物を変異させ、マガイにした。そこで、アイメルト家の当時の当主は、三等分に《第壱位階》を切り分け、再生する前に隔離する作戦を立案。御三家の協力の元、作戦は実行され、計画は成功した。作戦は成功、等分された三つの身体は再生せず、隔離されている為、合体することもなく、そのままの状態を維持し続けた。
ハンナが言葉を失っていると、
リヒャルトは目を細め、「仕方のない事です。しかし、これで事態は終わらなかった。《第壱位階》が居ることで発生する《祝福》の力は大きく、それを独占したいと考えるものも現れた」
ハンナは虚を突かれる。つい先ほど明かされた絶大な力。私はこれに依存しないと言い切れるだろうか。いや、実際、今、私は自分自身《祝福》の夢に依存している。これがなければ、私などいる意味がないとさえ思う。
「アイメルト家ですね」ハンナは動揺を隠し、言う。脳裏には先日遭遇した少女と凄まじい《祝福》の力。
「そうです。アイメルト家は等分された身体をさらに分け、各支配地域の送ろうとした。そこで事故は起きた」
ハンナは目を細め、リヒャルトを睨む。
「アイメルトの野望を阻止しようとしたゼーフェリンク、オイレンブルクの妨害により、移送は断念。そして、二つに分けたそれを元の場所に戻すべく近づけたところ、炸裂し、完全に失われてしまった。これにより、アイメルトは力を大きく失いました」
「じゃあ……等分させた体を合体させると炸裂し、失われるってこと?」
「そうです。その後、何階かゼーフェリンクとオイレンブクルで実験が行われましたが、等分された肉体をある程度の期間隔離し、再び合体させようとすると炸裂し、消滅してしまうことが分かりました」
ハンナは様々な真実を前に言葉を失っていた。ホルガーがハーブ茶を勧めてくれ、それをゆっくりと飲む。温かさで微かに冷静さが戻ってくる。
ハンナは深呼吸を何度か繰り返し、話を整理する。そして、淡々と冷静に、
「繰り返すようですが……なぜ私にその話を?」
「いい加減、仕事の話をしろ、と」ホルガーが笑ってリヒャルトに言う。リヒャルトは咳払いをし、
「我々はオイレンブルクの領地まで《第壱位階》を移送し、合体させ、《第壱位階》を完全に消滅させようとしているのです。それが重要物資云々の本当の目的です。だから、私たちが通過した場所では必ずマガイが発生した」
ハンナは微かに呻き、二人を睨む。騙されていたという失望、あの怪物にとどめをさせるかもしれないという歓喜、そして《祝福》の力を失うかもしれないという恐怖。
「さて、ここからが仕事の話です……《第壱位階》によって大きな被害がもたらされたにも関わらず、アイメルト家は《祝福》が惜しいと考えている。そこで彼らは条件を出してきた。次の要塞都市に行くまでに計画通りに移送が成功すれば、移送作戦を続行。計画通りに移送が進まず、設定された期限を過ぎたり、部隊が壊滅したら御三家のどれかが隔離を開始する……つまり《第壱位階》は今まで通りに保管される」
「計画通りに事は進んでいるんですか?」
「ほぼ予定通りに進んではいます。ですが《代行者》たちの動きも活発化しています。おそらく、彼らは次の襲撃で切り札を使う」
リヒャルトは、ホルガーに目配せする。ホルガーは頷く。おそらく話してよい事項かどうかを再度確認しているのだろう。
「《第弐位階》と呼ばれるマガイを超える大きさの怪物をこちらに差し向けてくると考えられます。襲撃が成功すれば、この国の未来は危うい。襲撃自体が失敗したとしても移送作戦が遅れれば、アイメルト家による隔離が行われ、脅威は残り続けます」
ホルガーが咳をし、リヒャルトを遮り、
「少し話はそれるのだが……ハンナ、お前はどうしたい? 《祝福》の力を失う可能性があるゼーフェリンク、オイレンブルクに付くか……その―」
「どうって……」ハンナは歯噛みし、自身の手を見つめる。己に宿った強大な力。
この世界の脅威はマガイだけじゃない。現に《代行者》とかいう連中は世界を滅ぼそうとしている。クリスティーナに暴力を振るう客、旅路で現れた盗賊……
正しく管理し、運用すれば、脅威から大切な人を守るための力になるのでは。そんな甘言が浮かぶ。本当は破壊した方が良いに決まっている。だが、それが生み出す力なしでは、大切な人を守れない。私は力のない、ただの田舎の小娘になってしまう。自信が持てず、自己嫌悪を繰り返す小娘。
破壊した方が良いと思います、と口が動かない。自信がない。
「すぐに決めてほしいわけではない。だが、現状やってほしいことがある」
「なんでしょう?」
「《第壱位階》を狙う一派が居ます。彼らの長を突き止めるため、罠を仕掛けたい」
「どうするの?」
「連中はあなたを脅迫、仲間に引き入れに来ます」
「なぜ?」
「貴女の《祝福》は脅威です。必ず先手を打って潰してくる。捕まえ、尋問する」
【2】
ハンナは昼間の会話を頭から締め出す。柔らかい布団の中、動悸が激しくなっていく。
ふと、微かな熱のような物が感じられ、ハンナはハッとする。誰かいる。
短剣を握りしめつつ、緊張を解くために呼吸を整える。
闇の中、微かな微風。ハンナは咄嗟に布団から出る。一人の男が覆いかぶさってきていた。その手を短剣で斬る。
「ぐっ……」男がうめき、のけぞる。
「きました!」ハンナの叫び声と共に、騎士が部屋になだれ込む。男が逃げようとするが、騎士が殴り倒す。その上に他の騎士が覆いかぶさり、拘束する。
騒然とする中、リヒャルトが現れ、
「ありがとう、ハンナ。ここからは私たちの仕事です」
ハンナは短剣を置き、大きく息を吐いた。今日はクラウスの所に泊ろう、と思った。




