狂戦士 ー3
朝の8時、要塞都市の市場は盛り上がりを見せていた。人々の目当ては肉だ。良い肉を安く買おうとすれば、朝早くから出なければならないからだ。
ハンナは、肉屋に集まる人々を横目に領主の館へ向かっていた。目的は二つある。一つ目は、《祝福》を持つ者の義務を果たすこと。二つ目は検査だ。
ゼーフェリンク家は《祝福》を持つ者への義務を定めており、条文としてまとめられている。いくつか抜粋すると―
・《祝福》を持つ者はZ騎士団への入団を義務とする。騎士団内での職務については適性により判断される。
・騎士団への入団が難しい場合でもZ家領内での生活を絶対とし、監視官にその所在を随時明らかにすること。また他の領地への移住を禁ずる。
・公での《祝福》の使用は原則禁ずる。使用が許可されている者に関しても、特定条件下以外での使用は禁ずる。
・《祝福》の段階が上昇した際は必ず報告を行う。
端的に言えば《祝福》を持つ者は自由がない。婚姻、就職、果ては日常生活まで厳しく制限があるのだ。
ゲオルク・ゼーフェリンクは《祝福》を嫌い、その徹底的な制限を行っているようだが、ハンナにもそれは身に染みた。
もし《祝福》の段階が上がっていなかったにしろ、ハンナ今日、二週間に一回の面談と身体検査を受けに来なければならなかった。
館に着くと、特定の部屋に案内される。部屋を開けると、一人の男が机を構え、待機していた。初老の男で、髪は短く、髭は整えていた。
「私はホルガー、ここで副団長をやっている。ええと、ハンナ・ケンプフェルトさんだね……それでは定期面談を開始する」
いくつか心理状態に関する質問を答えた後、
「《祝福》の段階が上がったというのは本当かね?」
「ええ、本当です」ハンナは微かに緊張しながら言う。検査で何をやるのかが心配だったのだ。
「それでは、君の受けた《祝福》について教えてもらえるかな?」ホルガーは穏やかに言い、ハンナは夢のことを話した。
「そうか……そんな物もあるのか。という事は、検査方法は通常の稽古に織り交ぜられるわけだ」
「そ、そうですね……」ハンナは微かに安堵し、息をついた。
「これから稽古も激化するだろう。無償で武具を調整させて貰っても良いだろうか?」
稽古が激化の言葉を聞き、ハンナは一瞬、どきりとしたが、「構いませんが……」
「代わりの武具は必ず用意する。君はもっと強くなれる。それに《祝福》の効果が本当に夢を見ることとも限らない」
ホルガーは、職人に耳打ちし、木箱を持ってこさせる。そして、ハンナに手渡す。箱から出てきたのは、紺色の籠手と白いコート・オブ・プレートだった。
「付けてみてくれるか」
ハンナは言われた通り、右手に籠手を着けた。籠手は腕全体を包み込み、微かに引き締めはしたが柔軟で動きやすい。全体に剣と同じような模様が入っていたが、こちらは燃え盛る炎のように見えた。
「ぴったり……です」右手を振りながら、ハンナは言った。
ハンナが言うと、ホルガーは唸り、
「女子にしてはかなり腕が太いな……やはりゲオルク様の見立ては間違いではなかったか」
ハンナは少し傷ついたが、顔には出さない。
「君を治療した際、採寸を行ったようだ。この籠手は《祝福》の力を増大させ、同時に腕を引き締め、その能力を最大限に開花させる」
次いでコート・オブ・プレートを装着する。金属鎧の上に革や布が貼りつけられている。
「これはオイレンブルクとの技術交換で手に入れた物でね。鉄妖の力場を使用した際の加速に身体が耐えるように引き締めてくれる」
「少し動いてみてくれ」職人が言い、ハンナが動くと、鎧に触れ、その可動などを細かく確認し、鎧本体にメモを書き込み始めた。
確かに少し動いただけでも鉄と革が骨格と筋肉のように精密に組み合わされているのが分かる。力場を使用した際に骨格や筋肉、内臓への負担軽減を行うのだろう。
ホルガーは白銀の大剣と同じような大きさ、重さの剣を持ってきて、「この剣を振るってみなさい。武器の重心などを調整する」
武器職人の指示を受けながら、剣を振るう。
「ふむ……」武器職人とホルガーが顔を合わせ、唸る。
「癖などは分かった。任せろ」武器職人は籠手、剣、鎧を受け取り、「それぞれに調整を加える。少し待ってくれ」
「お願いします」ハンナは頭を垂れ、施設を出ようとした。
「ああ、ハンナさん、お待ちなさい。君は夢意外に《祝福》は受けていないね?」
「え、ええ」
ホルガーは一瞬怪訝な顔をしたが、
「分かった。そういえば、ゲオルク様から言伝で、『励め』と」
「分かりました。ありがとうございます」ハンナは礼をし、城を出た。
稽古を終え、ハンナはじっと自分の手を見つめていた。豆がつぶれ、傷は治らずに固くなって塞がり、至る所に布が巻かれている。私の弱い手。2人を救えなかった手。ミナの切ない顔が、グレーテを覆っていた布が思い浮かぶ。私が弱いから、2人を救えなかった。もっと強くならなければならない。
《祝福》を使い、夢を見る。今では明確に夢を見ている事を自覚でき、そこで自由に動けるようになっていた。夢の中で過ごすあまりに長い時間。夢に没頭するほど、時間の流れが遅くなる。グレーテとミナが死んだのが、数年も昔のように思える。しかし、思いは増していく。実際に死を追体験すると、彼女らの無念がどうしても強くなる。
目が覚め、今が何処か、どのくらい経ったのか分からなくなり始める。夢の影響か、目が覚めると鼻血が出ている事や強烈な頭痛で動けない時がある。白髪が増え、眼の前が白黒することがある。
安眠の時間が減ったことで、睡眠に使う時間が増える。そんな状態になりながらも稽古を辞めない。稽古以外は共同浴場で湯を浴び、食事をして、眠るだけ。そんな生活を続ける。
まだ足りない。血反吐を吐きながらハンナは思った。




