狂戦士 ー2
【1】
自分の《祝福》に気づき、向かったのは領主の館だった。ここは騎士団が駐在していた。《祝福》の段階が上がった(可能性があると自己判断した場合も含む)場合は騎士団への報告が必須なのだ。
報告すると、騎士団の事務方から数日後に再度連絡すると言われた。検査の予定を組む必要があるらしい。次に向かったのは、クリスティーナのいる宿だった。
「おや、いつもより、ずいぶん早いじゃないか」 大あくびをしているクリスティーナ。
「クリスティーナ、実はお願いがあるんだ」
「な、なんだい……そんな真面目な顔して」
ハンナは《祝福》と夢のことを伝えた。クリスティーナは難しい顔をして聞いていたが、
「分かった。あんたがやりたいと言うなら一度やってみよう。ま、止めてもやりそうだし」
「お願い」 ハンナは横になり、クラウスの顔を思い浮かべる。ふと、意識がぼんやりとする。
奇妙な微睡、暖かい毛布に包まれるような安心感と共に意識が途切れる。
白い閃光―なんだこれ、と思った瞬間、雷鳴に我に返る。墨汁をひっくり返したような土砂降りのなか、ハンナは立っていた―否、これはクラウスの記憶だ。
クラウスは泥と血の中、マガイと斬り合っていた。マガイを切り裂き、押しつぶし、次はどいつだ、と咆哮する。
心臓が破裂するほどに興奮し、血液が沸騰するほどに怒っていた。喉も裂けるほどに、怒声を発する。怒声―
誰かが唸る声―
「―ナ、ンナ、ハンナ!」
曇天が消え、木の天井が見える。
クリスティーナの声で跳びあがる。
「大丈夫かい、顔が真っ青だよ」 クリスティーナは背中をさすりながら、心配そうに顔を覗き込んできた。
「成功した……やっぱりこれが私のしゅくふ……」
言いかけたところで、ハンナは激しく嘔吐してしまう。クラウスの感じていた恐怖や憎悪が全身を駆け巡ったからだ。
クリスティーナは嫌な顔一つせず、吐瀉物を掃除してくれた。
「ごめんなさい……」
「いいよ。でもね、これを使うのは私の部屋だけにして。話すのもクラウスだけにしな」
泣き出してしまうハンナを、クリスティーナは優しく抱きしめた。
それから数日間、《祝福》を使う練習をさせてもらった。
昼間、ゼーフェリンク家の騎士たちに稽古をつけてもらい、その者たちの思いを読み取りたいと強く願う。すると、おそらく彼らがマガイと戦った記憶を追体験できると分かった。しかし、《祝福》で得られた記憶は持っても1日、持たないと1時間程度で消えてしまう。なので記憶の中の技術を稽古に取り入れ、自身のものにするには稽古が必要であった。
記憶を追体験しながら、夢の中で身体を動かしてみる。巨大なマガイに対しては、硬化している部分を避け、上部の柔らかい部分を切り裂き、再生を始めたところにさらに攻撃を加えるという戦法が有効だと分かる。
同じ体験を何度も繰り返し、稽古をしていくうちに、夢の中で動きの一部を変化させられるようになる。行動が変わると、結果も変わる。何度もマガイに殺される。肉を貫かれ、骨を折られ、頭を割られ、指がもげ―
激痛で何度も飛び起きる。その度にクリスティーナに抱きしめられ、呼びかけられ、正気に戻る。
「ハンナ……もうやめよう。お願いだから」
「私は強くならなきゃなんだ……」
クリスティーナは歯噛みし、震える。
「もう……勝手にしてしな。あたしはこれから客の相手をしなきゃならない!」
クリスティーナが乱暴にドアを閉め、出て行ってしまう。
ハンナは縮こまりながらも、
「それでも……私はこれを使って強くなるしかないんだ」 そういって、一人でも使えるか確かめる。
夢の中で、悲鳴が聞こえる。クリスティーナの声。
ハンナは急速に覚醒。自分の荒い息が聞こえたかと思うと、男の怒声。隣の部屋。ベッドから飛び降り、ドアを開ける。そこにはクリスティーナと中年の男。2人とも裸だ。
クリスティーナの口からは血。口元に殴られたような痣。
中年の男がハンナを見据え、顔を真っ赤にする
「おまえ……だれだ!」 男がハンナを見て、怒声を発する。
ハンナは、一瞬、気おされそうになるが、マガイに比べればどうという事はない。むしろ、こんなのは雑魚だ。
「私の大切な人に……」 言いながら、怒りが全身を駆け巡る。
ハンナは瞬時に肉薄。足払いをかけ、引き倒す。そして、片手で男の首を掴み、思い切り握り締める。
ぐっ……と言い、男が白目をむく。
許さない。許さない。許さない。私の大切な人を傷つけるやつは何があっても―
「ハンナ!」
クリスティーナの声で我に返る。手を離すと、男は気絶し、倒れていた。
「ご、ごめん……」 ハンナはクリスティーナに向き直り、「大丈夫……じゃないよね」
服で口元の血を拭う。
「大丈夫だよ、こんなの日常茶飯事だし。そんなことより、あんたまた《祝福》を使ったでしょ」
うっ、とハンナはうめく。
「こんなに口元を荒らして……何度も吐くから」 クリスティーナがハンナの唇を指で撫でる。
「もう……もっと自分を大切にしな。あたしはあんたが心配だよ」 クリスティーナは静かに頭を撫でた。ハンナは思わず泣いてしまった。
【2】
クラウスは稽古をしながらハンナのことを考えていた。ハンナから《祝福》のことを聞いたときは驚いたが、彼女の剣技を見て、思い返した。
夢で見た闘いを再現し、その技術をハンナ向けに合わせ、改良する。そうやって、起きている間も寝ている間もずっと闘い、技術を磨き続ける。
ハンナは華奢で筋力がないから、それに合わせて剣技もカスタマイズしていく。どんどん強くなっていくハンナに、期待を寄せつつも、不安の方が大きくなっていく。
お願いします。力を使うのをやめさせてください、と娼婦の少女から言われた時は驚いた。その少女のまっすぐな瞳は、本気で親友のことを心配していた。そして、初めて自分がハンナを怒り狂う戦士にしていることに気づいた。このままではまずい、そう思ったときにはハンナはボロボロになっていた。ただマガイの殺戮衝動に突き動かされる鬼。
「最近、頑張りすぎなんじゃないのか?」 訓練を終えたある日、声をかける。
「私がやらなきゃなんです」
ハンナは充血した眼でクラウスを睨む。頬はくぼみ、隈が濃くなっていた。
このままでは死者に魂を乗っ取られてしまう。しかし、かける言葉が見つからない。クラウスは自分の腹をさする。傷は癒えていないし、寝ていた分、腕は鈍っている。
俺が戦力にならないことも、ハンナに悪影響を与えているのに。クラウスは拳を握りしめ、稽古場へ消えていく弟子の背中をただ見つめていた。




