狂戦士 ー4
ハンナは、クラウスも圧倒されるほど実力を伸ばしていた。というか、もう六割以上はハンナが勝つようになっていた。七割、八割に行くのはもうすぐだろう。あと半年もすれば勝てなくなるはずだ。
このままではまずい。クラウスは日々その思いを強くしていた。
稽古を初め、5ヶ月ほど経つ。幼少期から数年、基礎を積んできたとはいえ、この上達速度は異常だ。のめりこみ過ぎている。夢で実戦に近い経験をしているのは明らかに《祝福》の力だったが、強くなるのと引き換えに精神を削られていた。
クラウスは、弟子をちらりと見る。ハンナは猫背で剣を運び、稽古場に歩いていた。ハンナの大きな瞳は、半分以上が目蓋に覆われ、眼の下には隈があった。一見した限りでは、眠そうな目。だが、そこには抜身の刃物のような危しい光が宿っている。
「ハンナ、体調はどうだ?」
「そうですね……良いですよ」
そういうハンナの顔は、青白く、頬はこけていた。休ませないと、壊れる。クラウスは直感した。
稽古を終え、クラウスはハンナに、
「ハンナ、次の手合わせで、俺が勝ったら、夢で見た技術を磨くのは週に二度までにしよう。そして、次の日は休むどうだ?」
ハンナは、クラウスをきっと睨みつける。
「なぜです?」
「お前の強くなりたいという気持ちは痛いほど理解できる。それにその思いも正しい。しかし、このままではお前の身が持たない」
「こんなに弱いのにですか?」
クラウスは歯噛みし、話題をずらす。
「お前は誰のために戦っている?」
「父やグレーテ姉さん、ミナ、死んで行った人たちのためです」
クラウスは思わず声を荒げ、
「死者は何も望まない。俺たちにできるのは、彼らの分まで生き、彼らの人生を忘れず、活かしていくことだけだ。死者にとらわれるな」
ハンナは無表情でクラウスを睨みつけた。剥かれた目には怒り。
「よくもそんな綺麗ごとを……」
「勝負に勝てば、口をつぐんでやる」 クラウスは練習用の剣をハンナに向ける。
「分かりました」 ハンナは剣を受け取り、稽古場へ向かう。
ハンナが剣を構える―一瞬の隙もない。その立ち姿を見て、クラウスは震えた。心臓が鳴り、視界が狭まっていく。一言でいえば、怖かった。
一瞬、ハンナの背後に、死者の霊が見える。おぞましい数の亡霊。無念の中で散っていった者たち。
クラウスは剣に込める力を強める。指が震えた。次の瞬間、ハンナが消える。見つけた瞬間、ハンナの剣がクラウスをとらえていた。
咄嗟に防御するも、剣の角度を調整され、打ち飛ばされてしまう。速い―そして、威力が桁違いだ。
受けた木剣が痺れる。異様な力だ。どこからこんな力を出している?
考える前に次の攻撃が飛んでくる。気が付くと防戦一方になっていた。パターンが読めず、隙が無い。斬撃が熱となって飛来し、それを防ぐ頃には次が来る。
クラウスは徐々に後退しながら、必死に攻撃を避ける。どうやってあれだけの力を出しているのか。弟子の腕を見ながら考える。確かに女性と考えれば太く逞しい。しかし、剣を跳ね飛ばすだけの力があるとは思えない。
まさか、火事場の馬鹿力に似たような物を出しているのか。気づいた瞬間、ハンナの顔を見ると顔は苦痛で歪んでいた。剣を振るうたびに苦痛が襲い、その額には脂汗が浮かぶ。しかし、その肉体に大きな変化は見られない。
無意識に何らかの《祝福》が発動しているのかもしれない。クラウスは考える。自身の肉体を限界まで酷使した一撃を放ち、それを《祝福》が治癒している?
物凄い力だ、驚愕すると同時にある考えが浮かぶ。もしも、そんな力を行使するのに慣れれば自分の命を簡単に投げ出す戦い方を始めるだろう。そんなことを許すわけにはいかない。
ここで俺が負ければ、ハンナは戦い、再生し続ける肉塊になり果てる。その心は死者に乗っ取られる。クラウスは攻撃を受け流し、思いを一層強くする。死者どもに、ハンナを渡すわけにはいかない。
しかし、数分間、持ちこたえた末に経験からはじき出された答えは、自身の敗北だった。あれを使うしかない。クラウスは思い、声を上げる。
「そんなものか!」 必死に叫ぶ。ハンナは攻撃を止めない。
声を上げた隙をハンナが突く。防ぎきるのはもう無理だった。
「グレーテだったら、もっと強くなったんだろうな!」 そう言った瞬間、頬を剣がかすめる。
もう終わりだ。そう思った瞬間、一瞬だけハンナの動きが止まる。その瞳は困惑のような感情。
クラウスはその隙にハンナの肩に剣を振り下ろす。
「ぐっ……」 ハンナは剣を肩に食らい、呻く。
クラウスは息を切らしながら、「約束だ。今日と明日は休め。《祝福》も週に二度までだ」
ハンナは歯噛みし、クラウスを睨んだ。その眼には涙をたたえている。しかし、こぼさない。必死にこらえている。
「昔と何も変わらないな、お前は」 クラウスは言い、
「技術も、鍛錬も全てが並み以上。しかし、常に自分への嫌悪や疑いの気持ちがある。それが迷いとなり、剣を鈍らせる」
ハンナは崩れ落ち、クラウスはそれを受け止め、抱擁した。
「少し休め、今のお前には必要だ」
ハンナは無表情で涙だけ流していた。その瞳はがらんどうだった。
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