鉄妖
「なかなか様になっているじゃないか」
クラウスが言った。彼の眼前には白銀の大剣を手にしたハンナ。
さらなる力を求め、ハンナが目を付けたのは《鉄妖》だった。先日のリーゼの俊敏な動きが脳裏で蘇る―ヒトを越えた凄まじい力。
ハンナは、クラウスに頼み込み、使い方を教えてもらえることになった。まずは、白銀の大剣で、鉄妖を利用してみる。父の部屋の中で、ハンナを待っているかのように置かれていた徹塊。それがハンナの手元で、ぎらぎらと光っている。
ハンナの服には、いくつかの革のポーチが付いており、その一つは金属の筒が付けられている。クラウスはそれを無造作に開ける。すると、そこから金属質の光を放つどろっとした物が現れる。
ハンナは驚き、手で払おうとしてしまう。どろどろは液体のように見えて、筒から零れ落ちず、また筒内へ戻っていく。まるで、鉄色の樹液のように見えた。
「大丈夫。害はない」 クラウスが笑って言う。
「現に人の手で飼われ、武器として利用されている」
「武器?」
「鉄妖は金属でできた物を引き寄せたり、逆に引き離したりする力があるようだ。それを使い、重い金属を持ち上げたりできる。その力を武器にも使用しているんだ」
クラウスが操作機具で鉄妖に指示を出すと、大剣が浮かびあがり、ハンナの手にかかる重量が少なくなる。
「す……凄い」
先ほどまでは全身の力を使い、やっと持っていた大剣が、まるで木刀のように軽かった。
「鉄妖の力を利用し、剣を浮かせ、運用する。鍛えたとしてもハンナの体格と筋力では使うのは難しいだろうからな」
「ですが、浮いたままだと使いづらいような気が……」
「大丈夫だ。剣が一定の速度で移動すると、磁力が解除される」
ハンナは思い切り、剣を振り下ろす。一瞬、ぐっ、と何かが剣を押し返してくる。しかし、次の瞬間、凄まじい力で引っ張られる。瞬時に、磁力が解かれたのだと分かるが、その重量に身体が付いて行かない。
ずど、と鈍い音を立て、地面が割れた。固いはずの土が、ざっくりと切れ、綺麗な断面を作った。
ハンナは歯を噛み締め、剣を持ち上げる。すると、剣がまた誰かに支えられたかのように軽くなる。
「なるほど……」
ハンナは基礎的な動作を再度行う。剣を薙ぎ、突き、地面に振り下ろす。振るうたびに空気が震え、空気の塊が風となってぶつかってきた。
磁力による補助があるので、剣戟を行っている時以外は負担が少ない。
「すごいな……」クラウスも思わず声を漏らすほどだった。
ハンナは刃先を地面に刺し、膝をつく。凄まじい重量から解放され、思わず吐息が漏れる。指は震え、全身は湯気が出るほどに火照っていた。腕や脚が軋み、悲鳴を上げていた。
ほんの少しの訓練でこれか―ハンナは汗を拭いながら、大剣を睨みつける。いくら磁力によって(斬撃を繰り出している時以外は)補助がなされるとしても、こんなものを扱えるわけがない。
数日後、力場を使った加速移動の教練が始まった。加速移動とは力場を利用し、生身ではできないような速度で移動したり、数メートルを一気に跳躍する技術のことだ。
クラウスが、地面に図を書く。大きな長方形が、四×四の四角で区切られる。
「今、お前がいるのは、図の右下だ。で、力場の起点となる鉄妖も同様に右下に居る」
クラウスは顔を上げ、おおよそ百メートル程先にある棒を指差し、
「あれが図で言う右上だ」
棒はハンナの居る場所の直線上に置かれている。
「鉄妖の場所は動かさない。これが起点だからな。お前だけが動く」そう言って、図の上に置いた石を右下から右上に動かす。
ハンナは図を見て、
「鉄妖の位置は固定され、私が装備している甲冑が引き寄せられたり、反発させられたりする力で加速するという事ですね」
クラウスは頷き、「ものは試しだ。やってみろ」
ハンナは教わった手順を思い出す。剣の時とは違い、任意のタイミングで磁力を発動するのだ。その為には、特定の動作で身体を動かす必要がある。その動きに鉄妖が反応し、磁力を発生させるのだ。
ハンナは、習った通り、腕を大きく振り、全力で走り出す―すると、その動きに反応し、磁力が発動。全身に風が吹きつけたような衝撃。冬、氷の上で滑った時の加速感と焦燥感を思い出す。
「着地!」
クラウスの声で我に返るも、着地に失敗し派手に転ぶ。振り返るとクラウスがかなり遠くに居る。一瞬でこんなに移動できるのか、と驚く。
「難しいですね……」
立ち上がろうとし、めまいで倒れる。次いで、胃がひっくり返ったような感触がし、派手に嘔吐する。
加速移動は、加速に耐えられる三半規管・加速に耐えられる強靭な肉体・加速感を克服できる精神力、この三つの要素をクリアしないと使用できない。
ハンナはやっと起き上がり、移動した場所が、標的だった棒からずれていることに気づく。クラウスが走ってやって来て、
「反発させ、物を動かす力場操作は、距離が離れるごとに力も精度も落ちる。もうそうじゃなければ、力場を使って剣を相手にぶつけるなんて戦法が大流行するはずだしな」
ま、実際はこの程度の精度さ、とクラウスは言った。
「なので、反発による加速移動で精度を出すためには、自分の足で進行方向をコントロールする必要がある」
「逆に引き寄せる力場操作を使う際は、そこは考えなくて良いんですか?」
「そうだ。鉄妖自身に物を引き寄せる訳だから、精度も速度も落ちない。逆に上がる」
反省点をまとめ、再挑戦する。何度か練習を行い、ハンナが息を切らせているとクラウスが水筒を手渡しながら、
「強い力場操作は鉄妖の消耗も激しい。通常時よりも短い時間しか力場が使えないと心得ろ。捕捉だが、加速移動は二次元でのみに使うんだ。三次元空間の使用は極めて困難だからな」
「三次元……空中浮遊のような感じですか?」
「そうだ。だが、使用できるものはほとんどいない。物を浮かび上がらせる力と、横にスライドさせる力を精密にコントロールする必要があるのと、空中で自身の姿勢を制御しなければならないからな。気が付いたら、天地が逆になっていたなんてこともある」
クラウスは苦い顔をして言った。
それから何日も加速移動と剣の練習を行う。加速に入るまでの自然な動き(モーション)を徹底的に練習し、洗練させる。手足に巻いた布が厚くなっていく。
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