要塞都市
【1】
2日後、到着した要塞都市は、この前の村とは比べ物にならない程発展していた。宿は巨大で、街も活気が満ちている。領主は落ち着いて柔和な雰囲気であったが、彼の敷いた法令は規律正しく、街が活気あふれている理由を悟った。
「ここで数日間、滞在することになります」会議用の個室で、リヒャルトが言った。包帯が体のあちこちに巻かれていた。
「重要物資の輸送計画を再度、練り直すのです」
ハンナたちは会議が終わると、周辺を散歩した。もしもマガイが攻めてきた時、街の地理を知っているのとないのでは大きく違うからだ。街の中心には物資の管理などを行うための施設があった。
「どうしてこんなに立派なの……」大領主の城程もある、それを見て、思わず言葉が漏れてしまう。
「不思議だよねぇ、何か裏があるんじゃないか」低い女性の声。振り返ると、クリスティーナが居た。
「あれ、稼ぎが悪いから他の場所に行くんじゃないの?」
「あんたに付いていけば死なないような気がしてね」クリスティーナは手をひらひらとして笑った。
「別にいいけど……私なんて大したこと―」ハンナは微かに照れ、頭を掻く。
「何言ってるんだい、助けが来るまで持ちこたえられたのはあんたのお陰じゃないか」
心の中に巣くっていた靄が晴れたような気がする。ふと、稽古が上手くいき、父が頭を撫でてくれた時の感覚を思い出した。
ハンナは剣を宿に置き、街を探索することにした。何人かと話をしたが、誰もマガイを見たことがなかった。というよりも、マガイの存在を本当だと思っている人すらいなかった。
「王の狂言なのかと、でも、これによって騎士が駐屯し、それを飢えさせないための農地開拓の資金が入ってくるんだから、騎士団さまさまですよ」
エッカルトと共に稽古場へ向かうと、ゲオルク隊の騎士たちが苛烈な稽古を繰り広げていた。
「異様だぜ、他の騎士団とは何かが決定的に違う」エッカルトが警戒のまなざしで騎士を見る。
「まるでマガイが再び脅威になるのを想定していたみたいじゃないか?」
エッカルトの問いにハンナも同意する。
「マガイは北部地域以外では完全に滅んだって親父から習ったがな」
首魁である《第壱位階》を失ったマガイは勢力を失い、ヨーゼフやクラウスら初期ゼーフェリンク騎士団によって滅ぼされた。と言うのが広く知れ渡っているマガイ戦争の内容だ。現在ではゼーフェリンク家の領土である北部地域以外ではマガイは現れない、はずだった。
「まぁ彼らのお陰で私たちはマガイの脅威を感じずに20年も過ごせていたんだから、感謝しないと」ハンナは論点をすり替え、話をまとめにかかる。
稽古場に黒い服を着た集団が現れる。4人程度だが、倍は居るゼーフェリンクの騎士たちに負けないほどの殺気を放っている。
「オイレンブルクの連中じゃないか、重要物資移送の応援だろうか……」
「オイレンブルクって、御三家の一つ?」
エッカルトは頷く。
「どなたか稽古を付けていただきたいのですが!」オイレンブルクの1人が声を上げる。長身の女性で、黒のコート・オブ・プレートに男装。
「すっごい美人……」エッカルトが小声で言うので、肩を殴る。だが、確かに美人ではあった。一重ではあるが切れ目で大きな瞳、卵型で大人びた顔は化粧などしていなくても気品にあふれている。
ゼーフェリンク騎士団はざわざわとしていたが、
「私が行こう」騎士団で最優の剣士が名乗り出る。全身に傷のある名のある騎士だ。
オイレンブルクの女性が長髪を後ろで束ねる。黒く滑らかな髪は絹のようだ。そして、素手のままファイティングポーズを執り、
「オイレンブルク式鋼鉄兵団副長リーゼ、参る」
「なんで、素手なの?」
「まぁ見てろ」
ゼーフェリンクの騎士は無言で木剣を構えた。
空気が震える。気が付くとリーゼが一瞬で接近。拳を繰り出していた。それを騎士が木剣で防ぐ。騎士は木剣で、リーゼは拳で一進一退の勝負を始めた。
「な……何あれ」
「オイレンブルクの《鉄腕》だよ。あの女が着ているのは普通のコート・オブ・プレートじゃない。骨のようになっていて、鉄妖の力場の衝撃を吸収する。ま、鉄妖の管理は彼らの秘伝だからな」
「鉄妖?」ハンナが訊くと、
「ああ、俺も実物は見たことがないが、金属でできたドロドロの生き物だよ。鉄を引き寄せたり、反発させたりする力場が使えるんだ」
「へぇ……」ハンナは、鉄妖の姿をぼんやりと夢想した。
話す二人をよそに、稽古の攻防はさらに激しくなり、その熱気が二人のところまで届く。
「なんか本気でやり合ってない?」
「御三家はやっぱり仲が悪いんだろうな」そう言い、エッカルトは説明を始めた。
現在、王国は、いくつかの地域を支配する城主(大領主)を王が束ねている。しかし、ゼーフェリンク家は、マガイ殲滅の技術を高め、政略結婚を繰り返し、他の城主への影響力を高めている。王家と言えど、結局は大領主のトップでしかなく、城主からの反逆行為があれば、その権力を失いかねない。だからこそ、王はゼーフェリンク家の力を削ぐべく水面下で動き始めている。
その一つが、弱小貴族であったオイレンブルク家に鉄妖の管理とそれを操る呪文の開発を当家の秘伝とし、門外不出の命令を出したことだ。オイレンブルク家は鉄妖関連の技術を独占しており、マガイ殲滅時にはゼーフェリンク家へ鉄妖を提供している。しかし、オイレンブルク家は王家との強いパイプがあるため、両家は水面下では対立しているという。
「やめ!」老騎士が、騎士とリーゼの間に入り、怒声を上げる。勝負は引き分けのようだ。
「すごい力……私にもあれば」ハンナはふと自分の手を見つめる。しもあの時にこれくらい強ければ。ミナやグレーテを救えていたかもしれない。だが、まだ足りない。
「力ねぇ……ハンナもそれなりに実力はあると思うけど……」エッカルトがごにょごにょと言う。
ハンナは気持ちを切り替え、稽古を始めた。
稽古を終え、ハンナは宿屋に戻り、リヒャルトから貰った地図を開く。初めてマガイと交戦した場所から要塞都市までの道を確認する。道中、何度かマガイと交戦した。まるで移送団の進んだ道にマガイが現れているようだった。
ハンナはベッドに転がりながら、地図を睨みつける。本当に、マガイは重要物資を感知し、襲撃しているのだろうか。だとすれば、行く先で出会うはずなのに、会うのは必ず重要物資が通った後に背後からだった。それに現れるのは、良くても野犬サイズの小さな個体ばかり。何かがおかしい。
父の研究、あれと何か関係があるのだろうか。
【2】
エッカルトは、自分の泊る宿屋に戻り、静かにため息をついた。
ハンナは凄い、もう騎士顔負けの実力と言っても過言ではない。それに比べて俺は。
―行ってくれるか、エッカルト
狭いベッドに寝ころぶと、父親の声が蘇る。
エッカルトは唇を噛み、微かに呻く。
従騎士と言えば聞こえはいい、だが、本当の所は口減らしだった。
農家として真面目に働いていた兄と比べ、エッカルトは狩りに出かけたりとちゃらんぽらんな部分があった。今思えば、後悔しかない。
マガイ襲撃により、食料が少なくなる中、五人が食っていくだけの食料を維持することは出来なくなっていた。
―俺が行くよ
重苦しい家族会議で、誰から言われるでもなく、エッカルトは言った。父は喜び、母は複雑な表情をした。その一言で、エッカルトは農業にも、戦争にも半端にしか関わったことのない半端者になった。
後悔は心にまとわりき、インクの染みのように、じわじわと広がっていく。
空気など読まなければ良かったのだ。自分勝手に、わがままを言えばよかったのに。
―何を聖人ぶっているんだ。
エッカルトは唇を噛み、呻く。
なぜ、間違った道を選んでしまったのか。
俺は半端者をいつやめられるのだろうか。
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