婚約者編 夏57
「失礼致します」
静々と部屋に入り、侍女達に丁寧に挨拶をする。
侍女達が驚いた様子の中、一人ルークとよく似た髪色をした女性は書類に目を通している。厳しい表情をしていた。
「ティア様。マッサージを担当させていただきます。リリでございます。」
「マッサージはいいですから」
再び断ろうとしたティアの言葉を遮る。
「まぁまぁ。まずは肩からお揉みします。それならば書類を読めますし、わたくしの技量もわかるというもの。わたくしの技量が及ばなければマッサージを断る理由にもなります」
私の言葉にティアが胡乱げな表情で私を見上げる。
「貴女は一体」
「ただのマッサージが上手な女ですよ。それでは始めますね」
「わかったわ。どれほどのものか、みせ」
てもらおうといった言葉は続けられなかった。
ティアの肩に優しく触れて、まずは肩表面を撫でる。そして押す。手のひらで優しく押してゆっくり戻す。
数回繰り返すと
「すぅ」
寝息が聞こえてきた。
小声で近くにいた侍女に寝台の準備を頼む。
寝ていても同じようにマッサージは続ける。
魔力で包み寝台に横たえる。そして全身マッサージに移行する。ティアが起きる様子はない。
その様子を見ていたフローラは言葉を失った。
部屋の外に出て、
「グラッド。あの子は何?!」
グラッドの腕を掴む。
「マッサージがとても上手な方です」
「リオさんの専属と言ったわね。リオさんはどこ?話を聞きたいの」
「リオは自分と準備中のティア様が会うのはいけないのではないかと言って部屋に先に入っています。準備があるのは、ティア様だけじゃありませんから。」
「そ、そう。」
「後で母上と話すように伝えておきます。セシル、リリのマッサージが終わったら連れてきてくれ。私は先にリオのところへ行くから」
「かしこまりました」
「母上。先に失礼致します」
「えぇ。ちゃんと案内出来ずにごめんなさいね」
「いいえ。実家なので案内は不要ですよ」
「もう」
「失礼します」
グラッドの背を見送り、フローラは再び部屋に戻る。
気持ちよさそうに眠るティアの背を揉みほぐすリリは、他の侍女達にやり方を教えていた。
ゆっくり手のひらで押す。決して指を立てないことと丁寧に教えマッサージを自身の身体で実践させる。
交互に行い、侍女達の中でも上手な侍女を数名を担当に指名した。そして他の侍女には別の準備にあたるよう指示を出している。
「フローラ様。わたくしに任せていただきありがとうございます。侍女達に勝手に指導、指示を出してしまい申し訳ありませんでした」
マッサージ担当を完全に代わるとリリはフローラに謝罪する。
「いえ、助かりました。セシルが待っているから部屋に向かって頂戴。」
フローラの表情がこわばっている。
「はい。失礼致します」
その表情に気づかないふりをしてフローラの横を通り抜けようとすると
「……リリさん、貴女はリオさんの何?」
質問がとんできた。怪しまれている。
「何故そのようなことをおっしゃるのでしょうか、フローラ様」
どこでそう思ったのだろう。
髪も目も服も指輪も色を変えているし、髪はウェーブも顔にはそばかすも足した。
さらに言えば声もリオとクラリスの間くらいを意識して話している。
「服の作りがリオさんと同じだわ。色は違うけれど。あと背格好も似てる」
服の作りに背格好、そうかそこは変えられない。
「わたくしにはリオ様の代わりの役目もございますから」
影武者であることを匂わせるとフローラも納得したように頷いた。
「そう」
「失礼致します」
部屋を出るとセシルが待っていた。
「リリさん。行きますよ」
「はい」
セシルの後ろについて歩く。
グラッドの部屋に入ると、凄く怖い表情のミランダと面白がっているグラッドが私を見る。
魔法を解除した。
「リオ様。無闇に手札を見せるような立ち回りは教えておりませんよ」
ミランダが厳しい声で言う。
「ごめんなさい。でもあれは必要です。ティア様はいわば今晩の主役。主役が疲れた顔ではいけません。お客様達に無用な心配をかけたりしてはフローラ様達の評価にまで影響します」
「それは存じております。ですが、リリを多用しないように」
「はい。ありがとうございます。ミランダ」
私はフローラに怪しまれていたこととリリに影武者の役目があることを匂わせて誤魔化したことを話す。共有しておかないと何処でボロがでるかは分からない。
「リリはリオの専属で影武者で、マッサージが上手い。……多才だね」
グラッドが笑ってる。
「別人でした。未だに信じられません」
「あの出来で疑うのですか、流石はフローラ様です」
「母上は相当リオを気に入っているようです。普段ならすんなりと部屋に入れて、しかも兄上の婚約者のマッサージをさせるなんてあり得ませんから」
リオの専属だから許された。
「フローラ様。」
その言葉が嬉しくて口角があがる。
「さて、夜会まで時間があります。リオは私とゆっくりしましょう。……セシル達の内、残るのは一人でいい。」
「私は情報でも集めに行きます。ミランダ、お願いします」
「わかりました。」
セシルが部屋を出る。
グラッドは私の手を取ると、ベッドまで引っ張っていく。
「え」
ベッドの上で寝転がり、私も寝るように指示される。
「は、はい」
「こうやってゆっくりするのは久しぶりですから。」
「うん」
グラッドにくっつく。グラッドに抱きしめられながら過ごす。温かくていい匂いがして落ち着く。
心臓の音を聞いていると眠気が襲ってきた。
「すぅ」
グラッドの寝息に釣られるように私も目を瞑る。
気がついたら夜会前の時間になっていた。
「は、寝てた」
丁度ミランダが起こしにきたところだった。
「おはようございます。リオ様。では顔を洗ってきてくださいませ」
私の反応にミランダが笑う。ミランダはグラッドの肩を揺する。
「グラッド様。お時間です」
「ん、わかった。セシルは?」
「戻っています」
お昼寝だからか朝とは違い反応が普通だ。すんなり起きた。
二人揃って顔を洗い、支度を始める。ドレスを着て、ミランダに化粧をしてもらう。グラッドも髪をセシルに整えてもらっている。
支度が終わる頃にティエラが迎えに来た。
「リオお姉様。お綺麗ですわ、あ、兄様もご一緒でしたの。失礼致しました」
「扱いが酷くないか?」
「き、気のせいですわ」
何故かモジモジした様子のティエラは私とグラッドを交互に見る。どうしたのだろうか。
「お二人がお昼寝している間に一度いらしていました。」
「ティエラ様、ごめんなさいね。折角いらしてくださったのに」
躊躇うように口をパクパクしていたティエラだが、意を決したように声にした。
「お姉様達はもう、ど、どうきんされて、」
どうきん?あ、同衾、か。
「ティエラ。何がいいたいのかな?」
「はい。肌合わせも終えてるので」
グラッドと私の答えのタイミングが合った。全く違う内容だったから、もう一度互いの言葉を確認しあう。
ティエラが真っ赤で、足早に立ち去った。
「あ、またやらかしました。あれ?でも前回も同じ部屋でしたよね?」
「そうだね。ティエラも次の春から学園に通う年だから習っているはずだし、どうしたのかな」
「身内のあれそれが恥ずかしいのでしょうか。うん、気をつけます」
「手遅れかもよ?」
「グラッド、そんなこと言わないでください。落ち込みそうです」
案内役が居なくなったが、グラッドのエスコートで夜会会場の大広間へ向かう。




