婚約者編 夏50
八割方私が絡んだ報告と、伯爵夫人教育が滞っていることに関する意見交換をして昼食は終了した。
侍従長は腹心を育てる期間と捉えて気にしなくて良いと言った。なんなら侍女の中から後数名、侍従の仕事も出来そうな人間を専属にして育てたほうがいいと言われた。
料理長も、小さくても実績を積み上げる期間だと考えて取り組んだほうが有意義だと賛成する。
「冒険者としてもランクを上げたいです!」
私が拳を握り希望を口にすると、不安そうなミレニアが安堵した表情を浮かべた。
「ミレニア、君が思っているよりもリオさんは強かだよ。だって後々転移者が減るから自領で確保しましょうなんて悪い誘いが出来る子なんだから」
食後のお茶を飲みながら暴露される。
「奥様、俺も継承禁止料理を継承しなければいいんだから作ります?とか言われましたよ。」
「ちょっと、料理長!内緒ですってば」
私と料理長のやりとりをみていたミレニアが笑う。
「ミレニアの術式構築と同じくリオさんにも武器がある。女性貴族達の間で新作下着が流行しているという。それはリオさんの実績だ。ギルド長の件もそうだ。あまり不安に囚われずに自分の身体のことを今は優先して欲しい。いいね?」
「フレッド様。」
フレッドの言葉にミレニアが頷いた。
「リオさん、継承禁止料理を作るのは程々にするように。ケインが我慢出来なくなったらどうするんだ。」
フレッドに釘を刺される。
「自重します。」
「出来るんですか?リオ様」
失礼な。
「確かミランダから紅茶に加工する前の茶葉を手配するように言われましたが、今度は何するんです?」
「緑茶を飲むだけですよ。」
「本当ですか?」
驚くほど料理長からの信用がない。
「ニビやスレートの一部では飲まれていますから、何の不思議もないではありませんか。ケイン」
「いやいや、侍従長。リオ様は絶対何かしでかすに違いないんです。いきなり調理場で継承禁止料理を作られた俺の気持ちがわかりますか」
料理長の力説に侍従長も言葉を返せないようだ。
「仲良しだね、二人は。ほら、時間だよ。仕事に戻ろうか」
フレッドに促され応接室を出る。
部屋に帰る。
ジェシカのお茶会への返答を書いていたら、ミランダが戻ってきた。
知らない顔の男女二人組を連れているのだが、なんだか強制連行しているようにみえる。
二人は手と手を取り合い震えていた。困惑と恐怖が手に取るようにわかる。怯え切っている。
「リオ様。担当医官が決定しましたのでお連れしました。」
うん、まじか。
「ドリス様とドロアス様です。二人は医務部資料管理室所属の医官で、姉弟二人を担当医官とします」
ミランダはそんな二人には見向きもしないで淡々と説明する。
「では自己紹介を」
促され、ドリスから口を開く。
「ド、ドリス・ら、ライラックで、ござい、ます。よ、よろしくお、お願いします」
私を見て挨拶しないといけない、でも見れないといった葛藤と緊張が全部伝わってくる。
「ド、ドロアス、らライラック、でござ、います」
ドロアスのほうも同じだった。
ミランダは二人に何をしたのか。
「ドリス。ドロアス。驚かせてごめんなさい。これから宜しくお願いします」
怖がらせないように笑顔で
「は、はひぃ」
声をかけると、二人は輪をかけて泣きそうになった。
「ドリス様が触診を担当されます。ドロアス様には触診以外の方法で病気の兆候の有無を判断していただきます。」
「二人共、緊張するとは思いますが、気を楽にしてくださいね。もしよろしければお話を聞かせてほしいのだけど……無理そうね。また後日呼びますので、今日は戻っていいわ」
お茶に誘おうとした時の絶望の表情に言葉を改める。
「では二人を送ってきます」
とミランダが二人に退室を促すと
「だ、大丈夫、です!戻れます!」
凄まじい勢いで首を横に振り断ると素早い動きで部屋を出て行った。
取り敢えず、ミランダを
「説明していただけますよね?」
笑顔で手招く。
「二人は何であんなに怯えていたのですか」
「彼女達はいつも怯えているので、普段通りです。」
あれが、普通。対人恐怖症か何かかな?
「担当医官の面接で候補者全員不合格にしたと聞きましたが、」
「はい。リオ様とは理解しあえない性格の方々ばかりでしたので。候補者以外の医官の中から一番適している二人を選んでいます」
「二人、ドリスだけでは駄目なのですか?」
「あの二人は互いの知識を補い合っています。二人で資料室の蔵書内容を過去から現在に至るまで全て覚えています。」
調べたい内容を伝えるとその記述のある資料を全部教えてくれるので資料管理室所属の他の医官から頼りにされている。
研究もその記憶力を活かした症状別対処法の変遷の歴史だという。
「扱いはマリオと同様とします。資料管理室室長に引き抜きはやめてと泣かれました。月一の健康診断や健康相談の際に呼び出して話をすることになります」
「わかりました。ありがとうございますミランダ」
ほっと胸を撫で下ろすと
「…別に私が脅して従わせた訳ではありませんから」
ミランダが不服そうに言う。
「絶対疑いますよ?」
ノヴァも力強く頷いた。
「そういえば二人は綺麗な髪色をしていましたね。柔らかいベージュ色。羊毛みたいでした。」
ふわふわな髪質もあり、とても可愛らしかった。
「……彼等はあまり資料室から出てこないので、たまに屋敷内で見かけると幸運だと使用人の間では、ちょっとした有名人です。内緒で、ひつじ様と愛称で呼んでいます。」
ノヴァが気まずそうに言う。
ひつじ様って、なんだ。たしかに見えないこともないが。
「あの二人は資料室の隣りの部屋で生活しています。珍しい住み込みの文官です。」
たしか家に問題があったりすると住み込みだったり領主邸近くに家を借りるのだったか。
「コンラートとシオネが二人とよく一緒にいるのを見かけます」
「仲良しの方がいるのなら良かったです。」
何故かノヴァとミランダが視線をそらした。
「何ですか」
「いえ。」
「うん、なんでもありません」
何でもない反応ではないが、兎に角担当医官が決定した。
「えっと何をしていたのでしたっけ」
あまりの衝撃に自分が何をしてたのか抜け落ちている。
「ジェシカ様へのお手紙の途中です」
あ、そうだった。




