婚約者編 夏49
夕食の後、グラッドにお菓子のお裾分けをして別れる。
就寝準備をしていたらミレニアが部屋を訪ねてきた。
「ミレニア様?どうされましたか?」
夕食の時に何も言ってなかったので驚く。
「リオさん、わたくしの侍女がご迷惑をおかけしました。ごめんなさいね」
サーシャの態度への謝罪だった。
「あ、いえ。」
「それとお茶会と夜会の話もしたくて。」
「わかりました。あのこちらへどうぞ」
イザベラにお茶以外の飲み物があるか確認する。一応ジュースなら用意はあるようだった。ジュースを準備するよう指示する。
「まずはゾイレ夫人の夜会だけれど、こちらは受けても断っても構わないわ」
甘酸っぱいベリーのジュースを飲みながらミレニアが切り出す。意外な言葉に驚く。
「え、そうなのですか?」
ゾイレ夫人の夜会には戦闘気分で乗り込んでいくものだと思っていた。
「ええ。先に失礼な抗議をしてきたのはゾイレだもの。断わることで対外的にゾイレの行動に怒っていると示しても構わないし、参加してその場でゾイレを責めても抗議内容が根も葉もないものだと認識させる為に振る舞うも、どちらでも構わない。グラッドと二人で相談してリオさんが選んでいいわ。」
どちらの立場をとるのがいいのか。
「因みにミレニア様は参加されるのでしょうか」
「わたくしは参加しないわ。出産まではなるべく屋敷からでないようにしているの。警備上の都合ね。不審者を手引きされても困るもの」
「なるほど」
以前の不審者騒動の時に解雇した侍女が他の貴族の屋敷で働いていないとも限らないのだ。
「問題はティエラ様からのお茶会ね。フォッグは今、ティア様とルーク様姉弟が治めています。体制を立て直している最中でオリバー様との婚約発表パーティーを盛大に行える余裕はないの。小規模なパーティーを予定しているわ。そこに領主一族の名代として参加してほしいと思っているの」
「私が、」
名代という言葉に緊張で表情が強張る。
「ええ。フォッグではあまりよい思い出はないと思いますが、任せても良いかしら?グラッドと二人で参加することになるわ。」
ミレニアの私を見定めるような、真剣な眼差しに
「はい。勿論です。」
快諾する。そして気になっていたことを質問した。
「……ミレニア様、あのやはりティア様とオリバー様の婚約は、」
「そうね。政略結婚よ」
はっきりと断言する。ふとよぎった疑問も。
「それじゃあティエラ様も、もしかして」
「……ええ。成人したらルーク様に嫁ぐことになる。子爵夫人になるわ」
わかってはいたけど、やっぱりもやもやする。
「お見合い結婚はあまり馴染みがないと言っていたものね。でもフォッグ家が存続する為に、必要な婚姻だと割り切ってちょうだい」
「はい。ミレニア様」
そっと長めに息を吐く。ジュースを飲み、気持ちを落ち着ける。
「ゾイレ夫人の夜会はグラッドと相談します。それで婚約パーティーはこのお茶会と同じ日とみていいのでしょうか。」
「このお茶会の前日にパーティーがあるの。婚約パーティーは夜会になるから、基本的にお酒が出ると思っていいわ。」
「わかりました、注意します」
その他夜会の注意点の説明を受ける。
「明日正式にフレッド様から話があります。では頼みましたよ」
「はい。お任せください」
ミレニアを見送った。
ゾイレ夫人の夜会にオリバーの婚約パーティーへの参加。
一気に予定が決まる。
私としてはゾイレ夫人の夜会は参加するつもりでいた。
婚約パーティーで挨拶した時に悪意は感じ取れなかった。それどころか安堵した表情が気になった。その時はグラッドを心配する大人の一人だと思っていたが。
その表情の意味が、なんとなく今なら推測できる。
娘が三人、息子が二人いるゾイレ夫人。娘三人は未婚。
お茶会で挨拶した印象は勝ち気な女性達だった。私を見定めるような視線を向けていた。
グラッドの婚約者を選ぶ場があれば乗り込んで婚約者の座を勝ち取ろうと躍起になると思っていたのではないかと、ふと思い浮かんだ。
「まぁ、なんであれ負けないけどね」
ひとりごちる。
翌朝、ノヴァに昨晩の話を伝える。
「かしこまりました。予定を調整致します」
朝食後は果樹林で訓練をする。
今日はノヴァが監督するようだ。いつもの量をこなす私に
「ミランダは何を考えて」
ノヴァが頭を押さえる。
「私の希望にそっているので、気にしないでください。出来ることはやらないとです。手札は多いほうが良いですから」
「失礼致しました」
打ち合いを終えて、屋敷に戻るとフレッドから昼食を一緒にどうかと誘いがきているとイザベラから報告があった。
「お受けしますと連絡を。支度をします」
昼食前に軽く汗を流し、着替える。
場所は、執務室の近くにある部屋だった。応接室のような役目の部屋だ。
応接室を訪れるとフレッドとミレニア、それから侍従長に何故か料理長までいる。しかも同じテーブルについている。
料理長の表情が強張っているので、あまりない状況のようだ。
「リオさん、かけてくれ」
「はい。お招きいただき、ありがとうございます」
ミレニアの向かいの席に着き、この集まりの趣旨を聞く。
「報告と意見交換会をしたい。ここでしか出来ない話だ。ノヴァは部屋の外で待機してくれ」
「かしこまりました」
ノヴァが外へ出たのを確認してフレッドが口を開く。
「さて、食べながらで構わないから聞いてほしい。ケインからリオさんの言動や気安い態度に使用人が距離を間違える、もしくは転移者に関連づけて出自について邪推する者がでてくるのではないかという相談についてだが」
料理長の心配が嬉しくて口元が緩む。
「侍従長からマリオを通して、使用人の一部にラングストン家当主が後見につくなんてありえないことだ、隠されて育てられた高貴な出自のお嬢様だと話を流している。しばらくしたら浸透するはずだ」
ごふっ。むせそうになるのを耐える。
「あ、ありがとうございます。旦那様」
料理長が胸を撫で下ろす。
「リオさんは否定しないように気をつけて」
「はい。かしこまりました」
心苦しいが秘密のある身としてはそれに乗っかる。
「それから収穫祭の新作茶菓子の進捗ですが、」
ミレニアが私と料理長、そして何故か侍従長へ視線をやると
「侍従長からリオさんの作ったお菓子が面白かったと自慢されたのですが、どうなっているのかしら」
少し拗ねたような口調で問われる。
私にその経緯はわからない。ので、二人をみる。
料理長も首を傾げている。
「昨晩自室に戻られるグラッド様と廊下でお会いした際に、冷たいゼリーと中に果物が入っている飴をいただきました。まぁそれでつい」
侍従長がそっと視線をそらす。
「リオ様、俺、飴のことは聞いてませんけど」
「ゼリーとレシピをミランダに渡した後に、思い浮かんで作ったので。」
料理長の追及したそうな目から逃げる。
「ケインは後でゼリーを作って私のところまで持ってくること。それから侍従長。少し大人げないぞ」
フレッドが苦笑する。
「失礼致しました」
「ケイン。後でわたくしにもゼリーを持ってきてくださいね」
「かしこまりました」
二件とも私が絡んでいる。もう流石にないよねと視線を巡らすと、侍従長と目があった。
あるのか!
「本日リオ様の担当医官を選ぶ、専属筆頭による最終面接がありました。」
あ、よかった。普通の報告だった。
安心したのも束の間。
「ミランダが全員に不合格を出し、場が騒然としました。」
???ん?
「現在ミランダが医務部に乗り込み、選び直しています」
???ん?
「くっ…ふ、っ、り、理由は?」
フレッドが笑っている。堪えられていない。
「性格の不一致です」
「たしかセシルも同じことしてたよね。ミレニア」
「そうでしたね。はぁ、医務部には苦情を入れておきます。改善されていないではありませんか。全く」
グラッドの担当医官を選別する時にも同じことがあった。
グラッドと性格の合わない候補者しか残っていなくてセシルが全員不合格にした。後日性格を加味した候補者から選んだそう。
ミレニアは頭が痛いとため息をつく。
一体どんな人が残っていたのか。
ミランダの怖い顔を思い浮かべて鳥肌が立つ。
「リオさんは多才だね。料理に裁縫、あのジーク君から刺繍の許可を得たのだろう?」
あのジーク君、料理長もわかるのか驚いた顔で私を凝視している。
「ええ」
「それに小耳に挟んだんだが、観光地図を作らせたそうじゃないか。」
楽しそうな声の後ろに隠れた、背筋の伸びるような気配を感じて背中を嫌な汗がつたう。
「はい、街歩き用に、」
「後で見せて?」
フレッドの笑顔が、お説教決定の時のグラッドと同じ表情にみえる。オスカーとレイカに言われた通りやらかしていたようだ。
「はい。お持ちします。ごめんなさい」
お説教は変わらないだろうがすぐさま謝意を表明する。
「?何故謝罪を?」
「?観光地図を無断で作ったから叱られるのですよね?」
「旦那様も人が悪いですよ。今のは叱られたと思うのも無理はありません。リオ様、揶揄われています。」
「え、なんだぁ、よかったです。変な汗が出てきました」
心底ほっとした。




