六歳児、夏。何でもない日「だって思春期だもの!」
今回は、思いついたけど一つの話にするには短いし、特に組み込む話が思いつかないと言う使いどころが分からない短い日常話を集めました。なので話の内容が全然ないのですが、さらっと流してもらえると助かります。
夏真っ只中。これは私が過ごした何でもない日々の出来事たちである。
「花乃も来年から小学生か…」
「あんなに小さかったのに早いもんだよなぁ」
「時間が経つのって早いよな」
デパートにて自称お兄ちゃん三人組が、しみじみと私の成長を噛みしめている。
知ってるか?私とこの人達が出会ってから、まだ一年ちょっとなんだぜ。
「最近のランドセルって色んな色があるのねぇ」
お母んがずらりと並ぶランドセルを前に、ため息をつく。今日は私のランドセルを選びにデパートにやって来た。
「すみません。俺達までついて来ちゃって」
直兄が申し訳なさそうに頭を掻きながら、お母んに軽く頭を下げる。この兄貴共は妹分のランドセルを選ぶのに嬉々としてついて来たのだ。暇なのかい?高校生。
「いいのよー。草士の面倒見てくれるから、こっちも助かるし」
お母んはニコやかに笑いながら、赤井さんと手を繋いでいる弟を眺める。赤井さんがいると助かるよね。そう思って油断してると、忘れた頃にやらかすんだけどさ。夏志さんはランドセルの見本を懐かしそうに手に取って見ている。
イケメン三人がランドセル売り場にいると浮くなー。同じくランドセルを見に来た母親や、売り場の店員さんがチラチラ見てくる。
「デザインも多いなー」
「もい、むぅ」
「そうだな。目移りしちゃうよね」
ランドセルに興味津々な弟と、色とりどりのランドセルを眺める。弟の目がキラキラしている。
「草士君が買うのはまだ先だよー」
「なう!!?」
期待に満ちた目でランドセルを眺める弟に、赤井さんは苦笑しながら現実を教えた。弟はショックを受けている。納得できないようだ。
「ふーっ!!」
弟は目の前に置かれている黒いランドセルの見本を抱きかかえた。嫌々と首を振っている。
「草士君。ダメだって」
「二年後お前の時代が来るから。今は待つ時だぞ」
赤井さんと一緒に弟を説得する。
「むー!」
「お前は完全に包囲されている。大人しくランドセルを解放しろ!」
「花乃ちゃん。なんか違う」
抵抗する弟に説得を続けた。赤井さんは私にツッコミを入れる。
「なー!」
「無駄な抵抗はやめろ!田舎の母さんが来てるぞ。お母んあと任せた」
「おばさんに丸投げたね」
お母んを指した私に赤井さんは「飽きちゃったの?」と苦笑した。ぐだぐだ続けても仕方ないしね。
「なに?草士ほしいの?」
「なう!むう!にゃー!」
直兄と談笑していたお母んが、「あらあら」と頬に手を当てながら近づいて来る。弟は断固抵抗の意思を示した。皆でお母んがどう切り返すか見守る。
「……別に買ってもいいわよ」
「「「「!!?」」」」
予想外のお母んの言葉に、ビックリだ。え!いいの!!甘くないか!?
「ちょいとお母ん。いいの?」
「いいわよ。別にいつか必要になるものだし」
慌ててお母んを止めると、お母んはアッサリとしている。こんなに甘やかすタイプじゃないはずなんだが…。
弟は嬉しそうに目を輝かせた。
「ただ二年早く買う分、いざ使う頃にはその分古くなってるからね」
「はう!?」
淡々と紡がれたお母んの言葉に、弟は目を見開いて驚いた。
「他の子が新品のランドセルを背負う中、お古でもないのにわざわざ二年経たせたランドセルを背負うのね」
「まう!!?」
淡々とした口調で続けられるお母んの言葉に、弟の目の光が失われていく。
「ほしいなら買ってあげるわよ?」
「…ふい」
最後にお母んが確認すると、弟は大人しくランドセルを売り場に戻した。その瞳にはすでに光はない。
「さすがお母ん」
「おばさん、すごいな」
赤井さんと一緒に感心する。それでこそお母ん!!甘くなかった!!
「どの色がいいかな?」
「そうですねー」
「…まうぅ」
弟が諦め、私のランドセル選びが再開される。弟はすでに自分が買ってもらっても何の旨味もない事を知って、ランドセルへの興味は失せたようだ。少々グズッている。
「花乃ちゃんは何色がいいの?」
赤井さんが見本のランドセルを眺めながら聞いてきた。それに対する私の答えは決まっている。
「汚れや傷が目立たない色ですかね」
「………へぇ」
一瞬の迷いもなく答えると、赤井さんは微妙な顔になった。女の子らしい反応を期待してたんだろうな。
「まぁ昨今のランドセルは手入れをすれば汚れや傷が落ちやすいようになってるのが多いそうですから、あまり気にする事もないんですけどね」
「そうなんだ。じゃあ、こういうピンクとかラベンダー色とかでも平気だね」
「傷よりも日焼けに気を付けた方がいいらしいと聞きました」
けっこう色が落ちるらしい。まぁ、気にするか否かは、個人のあれだよね。
「花乃ちゃん。何処でそういうの聞いてくるの?」
「ネットで検索しました」
簡単に色んな意見が聞けます。情報社会の便利さですよね。さて、何色がいいかな。
直兄と夏志さんは互いにアレコレ言いながら、ランドセルを吟味している。なんか本人と保護者以上に真剣なんだよな…。
「このハートの刺繍が入ってるピンクのなんて可愛いんじゃないかな」
これなんてどうかな?と赤井さんが勧めてくる。如何にも女の子らしい可愛いランドセルだ。確かに可愛い。すごく可愛い。
「…………赤井さん」
「うん」
「小学校って六年間あるんです」
「…うん?」
真剣な顔でピンクのランドセルを見つめる私に、赤井さんは首を傾げた。私は目を伏せ、静かに首を振る。
「六年……」
「うん?」
「……………人が変わるには充分な時間です」
「花乃ちゃん!?」
「六年ですよ六年。確かに可愛いランドセルはいいと思いますよ。でもね、ランドセルは六年間背負うんですよ。ピンクにハート。如何にも可愛いを全面に主張したデザインは、女の子にさぞ似合う事でしょう」
「…うん」
「しかし今この瞬間、小学校入学前のテンションと好みでランドセルを選んで、果たして小学六年生の私は後悔しないと言い切れるでしょうか?」
「……うん?」
「低学年の時の色の好みが、高学年の時まで変わらない保証などないのです」
「………うん」
「確かに高学年になったって女の子。可愛いデザインは女の子の味方です。六年生でも可愛いランドセルを背負うのは全然OKです。可愛いです」
「…………うん」
「だがしかし六年生。……もしかしたらピンクやハート等、如何にも可愛い趣味を遠ざけるようになっているかもしれない。そういう可愛いのは卒業したの。とか澄ましているかもしれない。落ち着いた色やデザインを好むのが大人っぽいとか思っているかもしれない。そんな六年生になっているかもしれない。だって思春期だもの!」
「自分分析冷静すぎるよ!!花乃ちゃん!!」
赤井さんが突っ込む。だって思春期ですもん!なんか子供らしい背伸びとかしててもおかしくないじゃないですか!!
「将来、思春期真っ只中の私がどうなっているのか。冷静に予想を立てねば、小学校生活に憂いを残すことになります」
「もっと無邪気に選んでほしかったな…」
真剣な顔で見本を吟味する私に、赤井さんは肩を落とした。将来の憂いを絶つためならば、子供らしさなど家に忘れて出かけますよ。
「もう一番定番の赤でいいんじゃねぇか?」
「そうなんですけどね。せっかく色々あるんだから選びたいじゃないッスか」
夏志さんの言葉に首を振る。オシャレに関心がないわけじゃないんです。「これでいい」じゃなくて「これがいい」で選びたいんですよ。
「赤も候補ではあるんですけどね~。何だかんだ言って、可愛いのが好きな六年生になってるかもしれないですし…。赤も可愛いのいっぱいあるし」
私の言葉に夏志さんは女の拘りは分からないという顔をする。
「じゃあこれなんてどうだ?」
直兄が茶色のランドセルを持って近づいて来た。ジッと直兄の持つランドセルを見つめる。
「なるほど。チョコレート色という可愛さの中に、落ち着きもある……。ナイスチョイスだね」
うん。いいと思う。気に入った。
「……気に入ってもらえて嬉しいんだけど、なんだろう?この飲み込めない気持ちは…?」
「その気に入り方が、子供らしくないからじゃねぇか」
「やっぱり、もっと無邪気に選んでほしいな……」
直兄達はどこか虚しそうに微妙な顔になった。もっとランドセルにハシャグ姿を期待してたんだろうな。常々思うのだが、三人は私に夢を持ちすぎだ。現実を見てほしい。
「じゃあ、茶色のランドセルから好きなの選んでらっしゃい」
「はーい」
やり取りを黙って見守っていたお母んが私の背を押す。
「おばさんは一緒に選ばないんですか?」
これまで口を挟まなかったお母んに、直兄が不思議そうにする。確かに娘のランドセル選びに対して、お母んの放置っぷりはおかしいだろう。まだ幼女である娘と、血の繋がりのない三人の男子高校生がデパートのランドセル売り場を右往左往しているのを、まるで監督する様に眺めてるだけだし。
「本人の好きなのを選ばせる事にしてるからいいのよ。自分の納得のいくものを選ぶ目を持ってほしいからね」
「すごいですね」
まるで達観したようなお母んの言葉に直兄達は感嘆する。さすがお母ん。
「だから買った後に後悔するのも自己責任よ。己の失敗を背負える人間にもなってほしいからね」
「シビアすぎません!?」
厳しいなお母ん。台無しだよ!!直兄達もビックリだ。
「俺、自分の時にランドセル選んだ記憶ねぇな」
「覚えてないだけじゃないか?俺はなんとなくだけど買いに行った記憶ある」
夏志さんと赤井さんが懐かしそうに話しながら、ランドセルを選ぶ。茶色と言っても色々あるな。
「俺の場合は母方の祖父さんが送ってきたな」
「お盆の帰郷時に祖父母に買ってもらうって人も多いですよね」
「それもネット情報か?」
「まぁ…」
同じく懐かしそうにランドセルエピソードを語る直兄と、ランドセルを吟味する。
「これはどうだ」
「夏志。それは男の子向けのだぞ」
「…違いがよく分かんねぇよ」
「シンプルなデザインだと、どっちでもいい気がしますよね」
カッコいい系もいいな。いっそ男の子向けでもいいかもしれない。
「それにしても、まだランドセルって早くねぇか?夏だぜ」
夏志さんが「年越してからでいいんじゃないか?」と呟いた。
「ランドセル商戦は夏から始まってるんですよ。何でもいいと言う人は、入学直前のセールがお勧めですが、その時には人気のデザインは売り切れてるんです。豊富なデザインから選びたく、かつ安く買いたいなら夏の早期割りが狙い目です。昨今は早く買ってもらおうと企業も必死ですよね。ありがたい事です」
「「「冷静すぎるだろ」」」
三人のツッコミがハモった。だって六年間使うものなんですから、事前の情報収集は必須でしょう。
「この子、ランドセルどうしよっか?って聞いたら真っ先にパソコンに向かったのよねぇ。こっちが何もしなくても自主的に行動してくれるから助かるわ~」
お母んがしみじみと言う。
「通販で予約しようかとも思ったんだけど、やっぱり実物見て選びたいですし」
「俺たちの妹がしっかりしすぎてる…」
直兄達はランドセルの見本の使い心地を確かめる私を見てうな垂れた。
「これがいいかな」
チョコレート色に白い刺繍が入ったランドセルを手に取る。
「シンプルだし可愛いな。似合うと思うぞ」
直兄がランドセルを抱える私に、微笑ましそうに言った。小さな子と大きなランドセルの組み合わせって微笑ましいよね。
「うん。A4ファイルが入るサイズ。交通安全の反射板がついた肩ベルト。ちゃんと私の希望が入ってる」
「「「だから冷静すぎるって」」」
三人のツッコミが再びハモった。だって大事な事じゃないですか。
こうして選んだランドセルを予約して帰った。届くのは年明けだ。楽しみ。
幼女らしからぬ私の態度に、直兄達は微妙な様子だ。もっと子供らしく無邪気にふるまった方が良かったかな。まぁ確かに事前に調べまくる幼女ってのも可愛げないしね。反省。
「あ。そう言えばランドセルお祓いはどうしよ?」
「「「そこまで調べたのか!?」」」
反省したばっかでやってしまった。ランドセルお祓いとは交通安全や学業成就等を祈祷するものです。年明けに神社に予約入れないとな。
完
「冬樹さんは器用ですよね」
ある日の道場の休憩時間。私は冬樹さんの膝の間に後ろから抱きしめられる様に収まっていた。
「そうだろ」
冬樹さんは私の言葉に、いつのも不敵な笑みを浮かべる。私は今、冬樹さんから手品を教わっていた。
以前双子から習い事の事で自慢されたのだが、実は私も色々習っているのだ。いや、正式に通っているお稽古は黒宮道場だけなんだけどね。
事の始まりは春先の事である。
幼稚園に通っておらず、毎日が休日な私は道場の稽古と自主学習以外する事がなかった。直兄達が構ってくれたが、彼らも忙しい学生の身。休日と放課後の全てを私の遊び相手に費やせるわけではない。出来たとしても、正直引く。空いてる時間の全てを近所の幼女に費やすとか……。ないわー。
そんな私に声を掛けたのが黒宮道場の母、おば様だ。
「花乃ちゃん。お茶やお琴とか興味ないかしら?」
「?」
午前の稽古を終え、家に帰ったら直兄から借りた漫画を読んで残った時間は勉強でもするかな…。と帰り仕度をしていた私の前でおば様はニコニコと微笑んでいた。
「お稽古の後とか前の時間にやってみる気はないかしら?お稽古のない日でもいいし。時間のある時でいいからどうかしら?」
おば様はウキウキと期待の眼差しで私を見つめた。結果から言えば、私はおば様のお誘いを快く受けた。むしろありがたい話だった。
暇を持て余していたという事もあるし、どうせ学校に行くようになったら学年が上がる毎に忙しくなっちゃうんだ。時間があるうちに色々やってみる方がいいだろう、と言う考えもあった。しかし何より子供特有の好奇心もあったのだ。
その日から私は時間が合う時におば様から色々習っている。お茶にお琴から始まり、どんどんと習う内容が増えている。習字や着付け、裁縫にお料理等、実の親よりも私の教育に力を入れているほどだ。
夏志さんしか子供がいないおば様は、「女の子もほしかったのよ」と嬉しそうにしている。ただ何だろう。最初の日に私が頷いた時、おば様の瞳の奥に不穏な光を見た気がするのだが……。
この頃の私は気のせいだと思っていた。私がおば様の真意に気が付くのは、数年後の事である。
おば様から色々教わりだした私は、休憩時間や休日を使って道場の兄弟子達にも色々教わるようになった。妹分と言う立場を使って兄弟子達からそれぞれの特技や趣味を教わっているのだ。面倒見のいい兄弟子達は、快く特技を披露してくれる。釣りやスケボー、ストリートダンスや各種球技等、直兄達が忙しい休日は兄弟子達が誰かしら遊んでくれる。我ながら恵まれた環境だ。
とは言っても、どれもこれも正式な習い事ではないし、嗜む程度だ。将来は立派な器用貧乏に育つことだろう。
余談だが、この教師もどきには八神母と赤井ママも混ざっている。おば様ばかりズルいとか言って混ざって来た。みなさん息子しかいないから……。
今も冬樹さんから手品の手ほどきを受けている。手品に限らず器用な冬樹さんからは、色々と学ぶ小技が多い。この前ポーカーのイカサマの仕方を教わった事は、師範には絶対に秘密だ。物理的な教育的指導を受ける事になる。冬樹さんが。
「すごーい」
「どうやったんですか?」
手品を披露する冬樹さんの周りには、小学生組が集まっている。器用にトランプを操る兄弟子の姿に、子供達は目を輝かせた。我が弟も混ざっている。弟弟子達の可愛い反応に冬樹さんも嬉しそうだ。
道場の兄弟子達は体育会系なので、体を動かす特技の人が多い。だから冬樹さんのようにインドアな特技を教えてくれる人は貴重だ。
「じゃあ次はこの紙を使った手品を見せてやろう」
冬樹さんは紙を取り出す。何処から取り出したんだろう?
「何の紙ですか?」
集まっていた小学一年の男の子が手を上げて質問した。彼らからは裏しか見えないが、冬樹さんの腕の中にいる私には何の紙なのか丸見えだ。本当に何処から出しちゃったんですか!?
弟弟子の質問に、冬樹さんはとってもいい笑顔で答えた。
「夏志の中等部最後の通知表だ」
「どっから持って来やがったぁぁぁ!!!」
夏志さんの怒号が道場に響いたのは、説明するまでもない。
「さぁ?どっからだろうな?種も仕掛けもありません(笑)」
「ふざけんな!!」
人を食ったような笑みを浮かべる冬樹さんに、夏志さんが飛びかかる。黒宮道場恒例のリアルファイトが幕を開けた。冬樹さんは定期的に夏志さんをからかって遊ぶ趣味があるのだ。
「退避ー!退避ー!」
「慌てず逃げろー」
「散れ、散れ!」
「高学年は低学年と手を繋いで逃げろー」
慣れたもので、冬樹さんの周りに集まっていた小学生組は素早く解散する。私も弟の手を引いて退避した。蜘蛛の子を散らすようとは正にコレである。
「『黒宮君は真面目な生徒ですが、少し怒りっぽく……』」
「読んでんじゃねぇぇぇぇ!!」
「『女子の扱いが下手で、イケメンなのに損している。残念だ。』」
「んな事書かれてねぇよ!!」
冬樹さんは夏志さんの怒りの火に油を注ぎまくっている。夏志さんの攻撃を躱しながら器用なもんだ。夏志さんは冬樹さんに完全に翻弄されていた。
「おー。花乃。また一緒に釣り行くか?」
二人のコミュニケーションには皆慣れたもので、完全にスルーしている。現在大学生の兄弟子達が何事もないように話しかけてきた。
「是非お供させてください」
こうやって誘ってくださるので、本当にありがたいです。「僕も」「俺も行きたい」と小学生組が手を上げる。みんなで行く事になりそうだ。賑やかで楽しい釣りとなるだろう。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォッス!!!!」
突如、道場の扉が壊れんばかりに勢いよく開くのと同時に、大きな声が響き渡った。
「「「「「!!!?」」」」」
ビクッとして道場の入り口に顔を向けると、一人の女性が立っている。知らない人だ。兄弟子達が一斉に背筋を伸ばした。
「「「「「「押忍!!!!姐御!お久しぶりです!!!!!!!!」」」」」」
兄弟子達は一糸乱れぬ動作で勢いよく頭を下げ、謎の女性に挨拶する。私と弟を含め、小学生低学年組の一部が状況についていけないでいた。
「おう。テメェラ。久しぶりだな。元気してたか?」
「押忍!姐御もお元気そうで何よりです!!!」
「師範は奥か?」
「押忍!師範は母屋に行っております!!!」
女性が道場に歩み入りながら近くにいる門下生に声を掛けると、みな背中で腕を組みながら腹から声を出して答える。稽古の時より声出てません?
女性は長い髪を首の後ろで一本に縛っており、鋭い眼差しのカッコいいワイルドな美人だ。身長が高く、服の上からでも分かるくらい程よく筋肉がついており、鍛えられた身体をしている。口の端を上げ、ニッカリと笑っている顔は面倒見のいい年長者の貫禄を感じさせた。どこか肉食獣を思わせる女性である。一目見ただけで、十人中十人が強そうだと思うだろう迫力が感じられる。デコトラや改造バイクが似合いそうだ。
「「押忍!!姐御!!!」」
「おう。夏志、冬樹。相変わらずだな」
「「押忍!!!」」
さっきまでリアルファイト中だった二人も、女性の登場に背を正している。条件反射の様に腕を後ろで組んで声を張り上げていた。力関係が分かりやすすぎる。
「どなたですか?」
近くにいる兄弟子に小声で聞く。他の状況に付いて行けない者も集まって来た。
「あー。そう言えばお前らは初対面だったか。二年以上前に道場を辞めた人なんだ。花乃が入る一年位前だな」
「私達の姉弟子ですね」
「そうだ。森村 美羽さんって言ってな。今専門学校の二年生で、本当にたま~に道場に顔を出してくれるんだ」
「皆さんから慕われてる人なんですね」
兄弟子の「出してくれる」と言う言い方から、人望が感じられる。
「そう。漢気と義理と人情溢れるお人でさぁ」
「女の中の漢とはあの人の事だぜ!」
「漢字の漢と書いてオトコだぜ!!」
「俺達の憧れの人なんだ。こうなりたいって言う目標的な」
「あの人ほど頼もしい姐御を、俺は知らねぇよ」
「俺ら全員の姐御だぜ!」
近くで聞いていた兄弟子達が、一斉に会話に加わって来た。イキイキとした表情で姉弟子がいかに素晴らしい人かを語る。人望すごいな。……あれ?ちょっと待てよ。
「専門学校の二年って言ってましたけど、今年二十歳ですか?」
「ああ。そうだな」
「……同い年ですよね?」
目の前の兄弟子達も確か大学二年の二十歳だったと思う。姐御って同い年ですよね?
「年齢なんて問題じゃねぇんだ。タメだろうが年上だろうが、あの人の威厳と懐のでかさの前では誰もが弟分になっちまうのさ」
兄弟子は「ちっちっちっ」と指を振り、分かってないなぁと言う顔で語った。
なるほど。そんなにすごい人なんですね。
「王山学園の卒業生なんだけどな。在学中は風紀委員長やってて、近隣の不良連中牛耳ってたんだ。あの頃はこの辺の悪そうな奴はみんな姐御の舎弟ってかんじだったな」
「数々の武勇伝があるよな。暴走族に説教かましてそのまま頭の座についたとか。不良の抗争に交じって、抗争を止めたとか。近隣の高校の番長全員ぶっ飛ばして全員舎弟にしたとか」
「道を踏み外しそうになった奴は、みんな姐御に救われたって話だぜ。面倒見がいい人だから」
「姐御を特に慕ってた連中は、そのまま姐御についてって同じ専門学校に入ってるくらいだし」
兄弟子達の賛辞は止まらない。すごいな。進路にまで付いて行くなんて、すごい影響力だ。
「そう言えば何の専門学校に行ってるんですか?」
「「「「「製菓学校。姐御パティシエールになるんだってさ」」」」」
「…舎弟さん達、ついてったんですよね?」
「将来、みんなで店を出すのが目標なんだってよ。どこまでも姐御に付いて行くって前言ってたぜ」
「………」
…店長が姐御で店員は舎弟。ヤンキー色百パーセントの店か。個人的には嫌いじゃないが、大丈夫か?それ??
「おっ!知らない顔達だな。あたしが辞めた後に入った子らかい?」
夏志さん達と話していた姉弟子が、こっちに近づいて来た。自然と背を正す。
「あたしは森村美羽ってんだ。もう辞めちまったが一応オメェラの姉弟子だな。よろしくな。チビ助共」
ニッっと力強い笑顔で、自己紹介してくれた。
「「「「押忍!!よろしくお願いします!」」」」
同じく初対面の子供達と一緒に挨拶する。ポカンとしている弟の頭を掴んで一緒にお辞儀した。
「はっはっはっはっ!元気がいいじゃねぇか!!」
豪快な笑い声が道場に響く。なるほど。姐御オーラがにじみ出ている。
「おお!女の子がいるじゃねぇか。名前は何て言うんだ?」
美羽さんは私に気付いて、私の前にしゃがみ込んだ。ちなみにヤンキー座りだ。似合う。
「押忍!天川花乃です。来年から小学生です。こっちは弟の草士です」
「むい」
「ははは。元気がいいな。花乃と草士か、よろしくな」
美羽さんは豪快に私と草士の頭を撫でて笑った。同じ豪快な撫で方の桃山さんとは違い、乱暴な印象はない。撫でなれてる感じだ。みんなが言う通り、面倒見がいい人なんだろう。
「いやぁ。良かったぜ。あたしが辞める時、女門下生が一人もいなくなっちまったからな」
「姐御が辞めた一年くらい後に入ったんですよ。花乃は黒宮道場の紅一点ッスね」
嬉しそうな美羽さんに、冬樹さんが説明する。
「そうか。冬樹も夏志もしっかり面倒見てやんな!可愛い妹弟子なんだから」
「「押忍」」
美羽さんの言葉に二人は力強く返事をした。もう充分面倒見てもらってますよ。
その後、他の子達も自己紹介をして、美羽さんは師範に挨拶する為に母屋の方に向かうのだが、道場を出る前に私に声を掛けた。
「そうだ花乃。辞めちまったあたしが言うのはおかしいが、オメェは辞めずにしっかり続けんだぜ。女にはなぁ、男がヘコたれた時にガツンとケツを蹴り飛ばしてやるっつー役目があんだからな。男共が泣き言吐いたときゃぁ、目ん玉が飛び出るくらい強烈な蹴り入れてやんな。いざって時に頼れんのは男よりも、自分の中にある一本の芯だぜ」
「いざって時は兄弟子でも蹴り飛ばせよ」と笑いながら、美羽さんは去って行った。
「………」
「相変わらずだな、姐御」
「すごい人だけど、妹分がああなるのはな…。花乃は俺達を頼っていいんだからな」
「…………」
「花乃?」
黙って美羽さんが出て行った扉を見つめる私を、夏志さんが覗き込む。
「…カッコいい」
「花乃?」
「そこに痺れる憧れる」
「花乃!?」
「私、姐御みたいになる」
「花乃!!?」
私はこの日、人生の目標にできる姐御に出会った。
私の傾倒ぶりに、夏志さんがショックを受けていたことは後日冬樹さんから聞きました。
完
「映画楽しみだな」
「はい。今日は連れてきてくれてありがとうございます。紫田さん」
ある休日。私は紫田さんの引率のもと、紫田ツインズとアニメ映画を見に出かけていた。
「草士も来れたら良かったのにな」
「あんなチビ、いない方がいいぜ」
「晃希!」
いつも通りの悪態を吐く晃希に、紫田さんは厳しく怒る。
「別にいいですよ。どうせ弟が一緒に来ても、晃希と喧嘩になるだけだし。面倒なだけです。草士も晃希と一緒が嫌で残ったんですから」
晃希を叱る紫田さんを止める。この目立つ兄弟に騒がれたら余計に目立つ。
「言っとくけど晃希。お前が草士に対して思ってる事、草士もお前に思ってるからな」
双子と遊びに行くと告げた時の弟の顔はアレだ。注射を前にした時の顔と同じだった。
「なっ!なんだとブス!!」
「晃希。やめるんだ」
「だって兄さん…」
晃希は不満気に紫田さんを見上げた。まったく学ばない奴だ。
「私が誘ってあげたんだから、感謝しなさいよね」
「うん。ありがとー瑞希」
瑞希が得意げに胸を反らす。素直に感謝すれば、増々機嫌が良くなった。
今日の集まりは、元々双子が紫田さんに映画に連れて行ってもらう事になり、瑞希が私に一緒に行かないかというお誘いのメールをくれたのだ。……他に誘える友人がいないのだろう。ちなみに瑞希が送って来たメールの内容はこうだ……。
『今度のお休みに兄さんに映画に連れて行ってもらうのよ。いいでしょう。花乃は何か予定あるかしら?どうせ暇してるんでしょうね。連れて行ってもらう映画なんだけど、確か以前あんたが好きだって言ってたアニメなの。別にあんたが何を好きなのかなんてわざわざ覚えてるわけじゃないからね。たまたま覚えてただけなんだから。勘違いしないでよね。それで晃希と兄さんと私の三人で行くんだけど、もしどうしても花乃も一緒に行きたいって言うなら兄さんに一緒に連れて行ってくれるよう頼んであげてもいいわよ。別に一緒に行きたいとかじゃないんだから自惚れないでよね。せっかくのお休みに暇なあんたが可哀想だから、私の予定に入れてあげてもいいってだけなんだから。私と遊べるなんて光栄に思いなさいよ。もちろん来るわよね。兄さんには頼んどいてあげるから、早く返事よこしなさいよ。分かったわね』
瑞希節、全開であった。ツンデレっておもしろいな。まさかリアル「勘違いしないでよね」にお目にかかれるとは、人生捨てたもんじゃない。
あ。いつもの三人組は一緒じゃないのか?とお思いでしょう。一緒じゃないんですよ。別にね、いつでも一緒ってわけじゃないんで。そもそも紫田さんという引率がいるんだから、子供向けのアニメ映画に高校生をこれ以上誘う理由もないから今回は声掛けてないんだよね。弟が一緒だったら紫田さんだけじゃ見切れないし、三人も誘ったけどさ。双子と私だけなら、保護者は紫田さんだけで問題ない。
「楽しみだね。『物の怪ぼっち』の映画」
「そうね。ジバワン可愛いから好きなのよ」
いきり立つ晃希を無視して、瑞希とこれから見る映画について盛り上がる。今いるのは映画館の前だ。休日の映画館前は人で賑わっていた。私達もその一部である。窓口でチケットを買ったが、上映までまだ時間があるので映画館の近くを見て時間を潰すことになったのだ。
「………」
「これって子供向けのゲームが元なんだよな?どんなゲームなんだ?」
楽しそうに話す私と瑞希を妬ましそうに眺める晃希を気遣い、紫田さんが晃希の背を押しながら話に入ってきた。…混ざりたいなら普通に入ってくればいいのに、晃希の奴。
「『物の怪ぼっち』は現代社会の闇の中、人知れず〝ぼっち〟で潜んでいる物の怪たちを見つけ友達になって仲間を増やすというコミュニケーション能力が試されるゲームです」
「へぇ。物の怪と友達になるのか」
「はい。ただしコミュニケーションを間違えると、〝ぼっち〟を拗らせた物の怪に道連れとして社会の闇の中に引きずり込まれます。やつら物の怪は新たな贄を探してるんです」
「子供向けなんだよな!?」
私の説明に紫田さんがツッコむ。何かおかしい所でも?
「ちなみに〝ジバワン〟はマスコットキャラです。大昔のある村で男の子に飼われていた犬で、男の子とジバワンは兄弟のように育ったんです。ですがある時、村で飢饉がおきて男の子は両親から犬を飼い続けるのは無理だと言われてしまったのです。それどころか、ジバワンを食料の足しにしようという意見まで村の者から出てしまいました。男の子は村の者達からジバワンを逃がします。ジバワンは勿論男の子と離れたくありませんでした。男の子は縋り寄るジバワンに、心を鬼にして石を投げつけ山へと追い立てました。男の子の目には涙が…。こうして男の子とジバワンは離れ離れになってしまったのです。
それから、ジバワンが村を出てからしばらくして、飢饉の為に男の子の両親が亡くなってしまいました。独りぼっちになってしまった男の子は、村の者達から口減らしとして追い出されてしまいます。季節は冬。雪が吹き荒れる山の中に、身一つで追い出された男の子にとってジバワンの存在が最後の拠り所でした。ですが助ける為とはいえ、追い出した自分をジバワンは怒っているかもしれない。そんな思いから男の子はジバワンを探すことが出来ませんでした。そして寒さと飢えで動けなくなった男の子の上に、ドンドンと雪が降り積もります。もうダメだ。そう思った男の子の耳に懐かしい鳴き声が聞こえてきました。そう、ジバワンの声です。ジバワンは男の子を恨んでなんていませんでした。男の子が村を追い出されたのを知って、雪の中ずっと男の子を探していたんです。男の子はジバワンを呼ぼうとしました。ですが弱り切った男の子はもう声が出せず、指一本動かすことが出来ませんでした。「僕は此処だよ」とどんなに心の中で叫んでも、その声はジバワンには届きません。ジバワンも懸命に男の子を探しますが、視界と嗅覚を遮る吹雪に男の子を見つける事が出来ませんでした。もう近くまで来ているのに、ジバワンは雪に埋もれ行く男の子を発見できないまま、男の子は完全に雪に埋まってしまいました。無情にも二人の再開は雪に阻まれてしまったのです。男の子は冷たい雪の下で、ジバワンは男の子を見つける事が出来ず探し続けて雪の上で、それぞれ冷たくなってしまいました。それからジバワンは地縛霊となり、独りぼっちで今も男の子を探し続けています。
……と言うエピソードを持つ、初期に主人公の仲間になる物の怪なのです」
「長い上に重い!」
私の説明に「うんうん」と頷く双子の横で、紫田さんが再びツッコんできた。赤井さんがいないから今日は紫田さん大変だな。ツッコミご苦労様です。
「決め台詞もあるんですよ。物の怪を仲間に出来ると、物の怪コインに封じ込めるんです。その時に主人公が言うのが…」
「「「〝もう逃がさない。これで僕達ズッ友だよ〟」」です」
「………制作会社はどこだ?」
双子と声をそろえて決め台詞を言うと、紫田さんは疲れ切った表情でブツブツ言いだす。私と双子はそのまま紫田さんを引っ張り、映画館の前を離れた。
「あ。ガチャガチャだ」
映画館を離れて少し歩いくと、店先に並ぶガチャガチャが目に入る。
「トラブルレンジャーのガチャガチャだ」
「ホントだ」
「ミラクル♡ハイ!の新シリーズだわ」
晃希と私は戦隊もののガチャガチャに、瑞希は魔法少女のガチャガチャに飛びついた。三人でガチャガチャを回す。紫田さんは後ろで微笑ましそうに笑っていた。
「ぐう!ピンクがダブった……」
家の手伝いをしてコツコツ貯めた御駄賃をつぎ込んで三回やったら、ブルーが一体とピンクが二体出た。持っていなかったブルーはともかく、すでに持っていたピンクが二体。ぐうぅ……。
「レッド出ろ!」
「変身前、出なさいよ!」
未だガチャガチャを回し続ける双子を横目に、ガチャガチャを離れる。これ以上はお金を使えない。我慢だ我慢。
「ほしかったの出なかったのか?」
紫田さんが苦笑しながら聞いてきた。ここで「お金を出してやる」と言わないところが、紫田さんの良い所だと思う。あの兄貴達は甘やかす所があるから見習ってほしいな。
「はい。私、社蓄ブラックがほしかったんです」
「ごめん。今何て?」
あとブラックが出ればコンプリートなんだけどな。とスネル私に、紫田さんは顔を引き攣らせて聞き返した。
「社蓄ブラックです」
「何だ?それ!?」
「爆弾戦隊!トラブルレンジャーのブラックです。必死に就活した末、入った会社がブラック企業。休日出勤とサービス残業当たり前の生活と、正義の味方をこなす苦労の戦士です」
「……」
「ただ、事件が起きても仕事でほとんど駆けつけられないんですよね。忘れた頃に仲間のピンチに駆けつけます。「来てくれるって信じてたぜ!」とか言われちゃうのは、戦隊ものブラックの宿命なんですかね」
「正義の味方こなせてないじゃないか!」
今日は本当によくツッコミますね。紫田さん。
「……参考までに、他の仲間ってのはどんな奴なんだ?」
「紅一点のサークラ・ピンクとかですね」
「桜ピンク?まぁ普通に可愛いカンジだな」
「違います。サークラです。正式名はサークルクラッシャー・ピンクと言って、常に戦隊内の空気をクラッシュします」
「ダメだろソレ!!」
「あとリーダーのパーフェクト・ワイルド・ハイパー・ラッキー・レッドです」
「長っ!!」
「みんな略してパワハラ・レッドって呼んでますね。レッドと言うリーダー色をタテにして、仲間に無茶ブリをします」
「正義の味方なのに!!?」
私の説明に、紫田さんのツッコミが止まらない。
「あとはノイローゼ・ブルー。レッドのパワハラとピンクのサークラ行為。いつも欠席のブラックやらのフォローにノイローゼ気味の戦士です。敵を倒すのが先か。ブルーの胃に穴が開くのが先か。テレビの前のチビッ子はいつも手に汗握って見守っています」
「………イエローは?」
紫田さんはもうブルーへのツッコミを入れる気にもなれないようで、疲れた顔でガチャガチャのパッケージから残りの色を聞いてくる。
「雷光の戦士、ライトニング・イエローです」
「なんでそいつだけマトモなんだよ!?」
紫田さんがツッコむ元気を取り戻した。良かった。紫田さんが元気になって。
「爆弾戦隊!トラブルレンジャーは、イエローが敵を倒してレッドが良いとこ取り。ピンクが皆を翻弄し、ブルーが全体のフォロー。そしてブラックは欠席という人間関係に爆弾を抱えた戦隊なのです」
「制作会社は何処だ!?一人の兄として言いたいことがある!!」
紫田さんが拳を握って息巻いた。落ち着いてください!
「……一応聞くけど、瑞希がやってるガチャガチャは?」
一度ため息を吐いて、落ち着こうと努める紫田さんは恐る恐る聞いてくる。妹がやっているガチャガチャも、変なものじゃないか気になるようだ。あ。やべ。変なものって認めちゃった。
「あれは魔法少女ミラクル♡ハイ!のガチャガチャです」
「普通のアニメなんだな」
紫田さんがホッとする。
「はい。女の子から大人のお兄さんにまで人気のアニメです」
「ちょっと引っかかる説明だけど、普通の女の子向けアニメか…」
「主人公の魔法少女が異常にテンション高くて有名なんです。人の話は聞かない上に、行動は勢い任せだし。空気読まない不思議系と言いますか…。一部の大きいファンの間では何か薬でもキメてんじゃないかって言われてます」
「……おい」
ホッとしたのも束の間。紫田さんの顔色がまた悪くなった。
「ちなみに決め台詞は〝他人の都合はかえりみない!空気読まずに華麗に登場!魔法少女ミラクル♡ハイ!〟」
「晃希、瑞希。ガチャガチャはもう止めろ」
決めポーズ付きで説明する私の言葉を聞ききらずに、紫田さんはガチャガチャを回し続ける双子を止めに入った。
「うわ!お前達、どれだけ買ってるんだ!?」
「兄さん。あとちょっとだから」
「あと少しでほしいのが出そうなのよ」
双子の持つガチャガチャのカプセルの数にギョッとしている紫田さんに対し、双子はあと少しとネバる。その「あとちょっとで出そう…」が命取り。ガチャガチャの罠にハマった証拠だ。
しかし、こんな人通りのある場所であの三人が騒ぐと目立つな。ただでさえ目立つ容姿なのに。通りを歩いている人達がチラチラとこっちを見ている。
「……………あれ?」
??確かに私達のいるガチャガチャの方を見ているのだが、微妙に視線がズレている人がいる気がする。なんか紫田さん達よりも右に………。
「……………」
通りを歩く人達の視線を追って紫田さん達よりも右の方に視点をずらすと、そこには一心不乱にガチャガチャを回している人がいた。
「ピンクピンクピンクピンク………」
ブツブツと呟きながらガチャガチャを回している。その足元に置かれている紙袋には数えきれないガチャガチャのカプセルが見えた。双子以上に回している。しかしそれだけで注目される事にはならない。道行く人にチラ見される理由はその人の格好である。
黒い帽子をかぶり、大きなサングラスとマスクで顔は完全に隠れている。首から下も黒のコートで身を包み、足元までスッポリと隠されていた。ガチャガチャを回している手にも黒い皮手袋がされている。
簡単に言うと、いかにも「正体を隠している」と言う格好だ。怪しさ全開すぎる。
夏にする格好とは思えない人物に思わず固まってしまい見続けていると、その人物が振り返った。
「!!!」
「!?」
やばっ!目が合った!!
怪しい人物は私の方を見て、あからさまにハッとする。そのままユラユラと憑りつかれたように私の方に近づいて来た。心なしか息が荒い。ハァハァと息を切らせている。多分、いや絶対に暑いんだろう。コート脱げよ。
「………」
「………」
私の前で立ち止まった怪しい人物と見つめ合う。いや、サングラスで向こうの視線は分かんないんだけどね。変わらず息が荒い。
正直な話、こんな怪しい格好のおそらく男(と思われる)がハァハァ言いながら近づいてきたら、通報もんだと思うんだよね。通報しないにしても逃げるべきだ。でもこの時の私は逃げようとは思わんかった。と言うか、逃げるべきなのか分からないのだ。
双子と話すのに夢中だった紫田さんも私と怪しい男(?)に気付き、間に入ろうとしたが止まってしまう。中途半端に踏み出した足と、上げた腕を所在なさげにして困惑していた。
なんで逃げないかと言うと、話は簡単だ。この怪しい男(?)の説明にはもう一つ付け加える事がある。身長が私とあんまり変わらないのだ。大人だったら通報ものの怪しさだが、この目の前の存在はどう見ても子供である。私より少し高い。晃希と同じくらいの身長だ。大きく見ても小学校一二年生といったところだろう。それ故に対応に困る。怪しい事には怪しいが、害があるとも思えない。つーか思いたくない。小さな子供が不審な格好してた場合、どうリアクションすればいいんだろう?
「……ピンク」
「?」
どうしようか困惑している私を他所に、目の前の子供はポツリと呟いた。サングラスで分かりづらいが、どうやら私の手元を見ているようだ。つられて自分の手元を見ると、そこには先程ガチャガチャで得たトラブルレンジャーのストラップがある。
「………ピンクほしいの?」
「…!!」
どうやら私がダブらせたピンクがほしいらしい。よく見たら子供が回していたガチャガチャはトラブルレンジャーだ。ピンク欲しさにあんなに回してたのか…。
子供は私の質問に勢いよく首を縦に振る。よっぽど欲しいらしい。
「ブラックとなら交換するよ」
「本当か!?」
同じジャンルを愛する者同士。協力はやぶさかではない。繋ぎ広げようオタクの輪。
交換を申し出ると子供は嬉しそうに声をあげた。近くでハッキリと声を聞くと、やはり少年のようだ。
「ブラックある?」
「ああ。あるぞ!」
子供はウキウキとした様子で、紙袋の中をあさり出した。たくさんあるガチャガチャのカプセルの中からブラックを取り出す。……なんであんなに出してピンク出ないんだろう?
「……ピンク家にもうあるから二個あげるよ」
「いいのか!」
不憫になったのでピンクを二個、相手の手の平に乗せた。子供は嬉しそうに声を弾ませながら、ブラックを私の手のひらに乗せる。交換完了だ。視界の端で紫田さんがホッとしていた。
「お前いい奴だな!気に入ったぞ!」
「そりゃどうも…」
子供は私の手を握ってブンブンと振る。何と言うか、大柄なもの言いだ。
「雪鷹坊ちゃん。そろそろお時間です」
「車田!名前を呼ぶなと言っただろうが!誰が聞いてるか分からないんだぞ!!」
子供と握手を交わしていると、スーツにサングラスの男の人が子供を呼んだ。子供はそれに過敏なまでに慌てて言い返す。本当に何なんだ?キミは??
「それじゃあな。助かったぞ」
子供は一言そう言って、走って行った。子供を呼んだ男の人も紙袋を掴んでそれに続く。
「……あの子供はいったい何から身を隠してるんだ?」
「…さぁ?」
成り行きを見守っていた紫田さんが隣に立って聞いて来るが、私にも答えは分からない。本当に何だったんだろう?
「変な子だったわね」
「なんだあいつ?」
双子も加わり、四人で子供の背中を見つめながら首を傾げた。変な奴だったな。まぁ二度と関わる事もないだろうけど…。
「そろそろ映画の時間じゃないですかね?」
腕時計を見ると、上映時間十五分前だ。そろそろ映画館に戻らないと。
「本当だわ。行きましょ。兄さん」
「早く行こう」
双子がソワソワしながら紫田さんの手を引っ張る。
「……なぁ。やっぱり違う映画に…」
「「「え?」」」
「………………………………なんでもない」
紫田さんが何か言いかけたが、三人で無邪気に見上げると口を噤んだ。
疲れ切った表情で肩を落として歩く紫田さんを引っ張りながら、私達は映画館へと向かった。
完
「むうぅぅぅ」
「草士、いい加減にしろ」
玩具の箱を二個抱える弟に、私は溜息をつく。
ある平日の昼下がり。私はお母んと弟の三人でデパートに買い物に来ていた。
平日の学校の時間の為、今日はいつもの個性あふれる人達はいない。まぁ弟とお母んも個性に関しては負けてないんだけどさ。
「草士。玩具は一個までって言われてるでしょ」
「うー」
今いるのは玩具売り場である。私と草士にそれぞれ一個、玩具を買ってもらえるのだが、草士は二個欲しいと駄々をこねている。どうやらアニメのヒーローが使う剣とそのライバルが使う剣の玩具が欲しいらしい。二刀流でも目指す気か?
「花乃は決まったの?」
「私はこれ」
お母んに聞かれて腕に抱えた箱を差し出す。機動武士・斬ダムのプラモデルだ。完成したら部屋に飾ろう♪
「お母ん。草士が言う事聞かないんだけど」
「うー!」
弟を指してお母んに言うと、弟は反抗的に呻った。
「あらまぁ」
お母んは頬に手を当ててため息を吐く。
「草士。お母ん困ってるよ。良い子だから一個はあきらめなさい」
「やー」
弟が抱えてる箱に手を伸ばすと、弟はイヤイヤと首を振って抵抗する。ますます箱を抱え込む手に力がこもった。
「お前なー。いい加減に……」
「むい」
説教しようとしたら頬を風船のように膨らませてそっぽを向いてしまう。突いたろか!そのほっぺ!!
「草士!一個は買ってもらえるんだから我慢しなって。どうせ二個あってもいっぺんに遊べないじゃん。ホントに二刀流する気か?」
「やー」
弟はとうとう箱を抱えてしゃがみ込んでしまった。本格的に抵抗の構えだ。
「花乃。その辺でいいわ。ここからはママに任せて下がってなさい」
ここまで傍観していたお母んが私の肩に手を置いて前に出る。弟はギュッと箱を抱え直した。私は大人しくお母んの後ろに下がる。ハッキリ言って、お母んがどうやって弟を説得するのか興味があった。
「草士。玩具は一個までよ。どっちかにしなさい」
「やー」
お母んの言葉に弟は首を振る。
「草士。ママもね。意地悪で買ってあげないわけじゃないのよ」
「……」
「最初に約束したでしょ。玩具は一個って。約束は守らなくちゃダメよ」
お母んは諭すように弟に語りかける。何というか定番の光景だよなぁ。よくある玩具売り場の光景だ。お母んでも普通に子供に言い聞かせたりするんだな。
「それにそうやって駄々をこねたからって、思い通りにはならないのよ」
お母んの言葉に私は後ろで頷いた。その通りだぞ弟。あきらめろ。
「何故なら、駄々をこねた所で母の意思を変える事は出来ないのだから」
お母んは胸に手を当てて宣言した。……ん?
「草士。あんたが欲しいものを手に入れられないのはママが買ってあげないからじゃないの。ママの玩具は一個までって言う考えを覆す力が草士自身にないからなのよ」
「あう!」
お母んの言葉に弟はショックを受けた。いや、え?なにこの流れ?
「欲しいものを手に入れるには力が必要。今の草士にはその力が足りていない」
「むう」
お母んは静かに首を振りながら語る。弟はその言葉に悔しそうに膝をついた。ちょっと何なの?
「買ってほしいのなら、二個玩具を買ってもいいと、この母に思わせてみなさい。それが出来ないのなら諦めることね」
「くう」
お母んの言葉に弟は一瞬グッと拳を握るが、すぐに拳を解き玩具の箱を一つ売り場に戻した。その背中には哀愁が漂っている。おーい。なにこのノリ?
「草士。恨むのなら己の無力さを恨む事ね。己の無力さを噛み締めて、人は強くなるのよ」
「………」
お母んはフッと笑って私と弟に背中を向けた。弟はジッとその背中を見つめる。弟の瞳は、まるで逆境の中で抗う漫画の主人公の様だ。
弟は会計に向かうお母んの背中を真っ直ぐ追いかけて行った。私はそんな二人の背中に黙って付いて行く。
…………………………………………………本当になに?この茶番??
完
前回の更新の後、感想でマイページのリンクやシリーズ管理等、ありがたい助言をいただき感謝しております。無事にできました。そのような機能があったとは知らず、本当に助かりました。マイページのリンクに関しては、やり方が分からず困っていたら、やり方まで教えて下さるメッセージをいただきました。本当にありがとうございます。
今回の話は、自分でも悪ノリしたなと思っています。すみません。正直、苦情がこないかヒヤヒヤしてます。ギリギリまで一部消そうか迷いました。どうか軽く流してくださると嬉しいです。




