魔術師、新世界へ 三
「わざわざ来てもらって済まないな。」
訪れたレンとユニアに自作の椅子を勧め、自作の小型のテーブルに自作のカップとポットを用意し、茶を出しながら、ニイは言った。
専門は小物だが、家具類も注文さえあれば作っている。
ニイの姿は、頭髪が無く、橙色の眉と目を持つ、引き締まった筋肉の長身な美中年、と言ったものだ。
以前、森の中へ呼ばれた時に頼まれてレンが変装させた姿だ。
変異、物質、対象、意思連動、永続化の要素を込め、変身と名付けた魔術によって、いつでも変異した姿と本来の姿を切り替えられるようにした。
継続消費型ではないため姿を自由には変えられないが、切り替えが可能なだけでもニイにとっては度肝を抜かれる思いだった。
本当はほんの少しの時間でも構わないから、人の街を歩いてみたいだけだった。
しかし永続化によって、そこに住む事が出来るようになってしまった。
あまりの事に感動し、心より感謝の念を抱いた。
それより、人々の中で穏やかに暮らしている。
「六日程前からだと思うのだが、いわゆる通り魔が事件を起こし始めた。」
夜に外を歩いていた男性が何者かに斬り付けられた。
彼は運良く巡回していた兵に助けられたが、以降三度、同じように人が斬られている。
領主は警備を強化していたが、嘲笑うかのように被害は出続けた。
「幸いまだ死人は出ていない。
しかし街が広過ぎるが故に足取りを追い切れないのだろう。
そんな時に、俺の様子を見にテヘラベルが来たのだ。
相談すると奴は、レンを呼ぼうと言った。
テヘラベルと知り合いだったとは驚いたが、俺には渡りに舟だったよ。
頼まれてくれるか?」
そんな経緯で、二人は調査に乗り出した。
昼は手分けして聞き込み、夜はレンが魔力感知で不審な人物を探し、ユニアが囮として街を歩く。
しかしちょうど自重を始めたのか、まだ姿を現さなかった。
ただ、被害が出ていないのだから、気負わずのんびり行こうと二人は考えて、酒場回りを決行中である。
美味い料理を出す店を探し、今度テヘラに教えようと考えているのだ。
テヘラは相変わらず美味しい食べ物に目が無く、そういった情報をとても喜んだ。
表情豊かになってきたテヘラの嬉しそうな笑顔は大変魅力的で、その笑顔見たさで行動しているところもあった。
けれど、大切な仲間の喜ぶ事をしたい気持ちが、一番の動機である。
そんな時に、この嵐がやって来た。
「雨が止まないと、調査も出来ませんね・・・。」
聞き込む相手に、この雨ではなかなか会えない。
「こんな日もあるわよ。
ゆっくりしましょ。」
ユニアは銅貨を出して、茶の追加を頼む。
「ついでに茶請けもお願いして良い?」
「もちろん構わんさ。
銅貨一枚にしておこうか。」
「ありがと!」
受け取りに来たネールへ、茶と合わせて三枚を渡す。
しばし静かな時が流れて、新しいカップとポット、それにドライフルーツを使った焼き菓子の皿が届いた。
「これも主人が作ったのよ。
食べてみて、美味しいから。」
「あら、素敵ね!
いただくわ。」
「本当、美味しそうです!」
出てきた茶も先の物とはまた違い、さっぱりとした香りのものだった。
甘い菓子によく合う。
「ここは、テヘラさんも喜びそうですね。」
「そうね、教えましょ。」
「客を呼んでくれるの?
ありがと、嬉しいわ!」
美味しい物を食べた客がまた別の客を呼び、店は繁盛していく。
持ちつ持たれつの関係が築かれて、商売は回るのだった。
時折ぽつりぽつりと客はあるが、今日も少ないようだ。
ここで聞き込むわけにも行かず、二人は雑談に興じる外無かった。
しかしその時、レンは怪しい動きを捉えた。
様子の変化を察知し、ユニアは荷物に手をかけた。
「もう少し待って下さいね・・・。」
「ネールさん、私達もう行くかも。」
「何なの?」
他人にはわからないだろう。
しかし立ち上がって身構える二人の様子は不穏で、ネールもアンドレも警戒した。
幸い他に客はいない。
そして。
「行きます、ユニア!」
「それじゃ、私達はこれで!」
それだけ言い残し、二人の姿は消えた。
後にはネールとアンドレの二人だけ。
「どうなってるの?」
「まさか、転移の魔法か。
初めて見たぜ・・・。」
上級魔術に位置する転移。
魔法を使える者の中でも極僅かな者のみが使える、希少な力。
それを今、二人は目の当たりにしたのだった。
転移すると今まさに、目の前で人が斬られようとしている瞬間だった。
ユニアは声を上げながら接近する。
手には一本の短杖を引き抜く。
「待ちなさい!
私が相手よ!」
人ならぬ速度で走る。
短杖からは光が溢れ、真っ直ぐな青白く輝く刃を形作った。
その短杖は、レンが作り出した新たな魔法の道具。
印を使用した事から、レンはこれを印導具と名付けた。
雨の中を風の如くに駆けるユニアの姿は、通り魔に恐れを与えるに充分だった。
振り上げた剣を振り下ろしては対抗出来なくなる、そんな瞬間のひと振り。
通り魔は諦めてユニアの剣を受け止める。
しかし止め切れず、横合いに弾き飛ばされた。
「通り魔よ!
早く逃げなさい!」
斬られようとしていた男性は声を上げて驚き、礼を言いながら走り去る。
通り魔は、立ち上がらなかった。
身体を震わせて、しかし動かない。
「観念する事ね。
あなたはもう動けないわ。」
それはレンの魔術によるものだ。
それも上級魔術、麻痺。
中級にも動きを阻害する魔術として痺れを引き起こすものがある。
しかしそちらは全く動けなくなる、と言うものではない。
対してこちらは、一切の動きを封じる。
通り魔は、完全に捕らえられた。
ユニアは剣を足で払おうとして、止めた。
嫌な気配を感じたのだ。
そしてその勘は、よく当たる。
「レン。
この剣、危ない感じ。」
短杖の剣でなら突ついても大丈夫そうなので、それで手から放させた。
レンには、その感覚は無い。
きっとユニアでなければわからなかった。
「さすがですね、ユニア。」
「でしょ?」
剣と通り魔本人を浮かせ、二人はニイの下へ転移する。
ニイから受けた依頼は、ひとまずこれで解決となる。
呆気ない幕切れとなったが、ユニアの感覚が確かならば、この剣には秘密がある。
二人は、まだ終わらないのだろうと予感していた。
「何だ二人共、雨の中捕らえて来たのか?
少し待ってろ。」
ニイは二人に乾いた布を放って渡す。
礼を言いながらずぶ濡れの身体を拭いていった。
その間にニイは作業を一段落させ、二人が連れて来た者を眺めた。
「こいつが、そうなのか。」
「ええ、そうよ。
ただ、気になる事があるのよね。
持ってた剣が怪しくて。」
「それが、そっちの剣か。
ふむ、俺にはわからん。
サールならばわかるのだろうが。」
「これから伺おうと思ってたところです。
ただ、通り魔さんを預かって欲しくて。
半日は動けませんので、置いて行って良いですか?」
「これは麻痺だな?
しかし半日も持続するのか。
お前は相変わらず規格外だな・・・。
まあ、構わないさ。
こっちに置いてくれ。」
ニイは工房の奥、倉庫の隅を指定した。
そこならば、濡れても大丈夫なのだ。
レンが念動によって、通り魔をそこへ置く。
「では一旦戻ります。
すぐ来ますんで。」
「わかった。」
レンとユニアの姿が消える。
ふと、ニイは思った。
直接あちらの世界に転移したのではなかろうか、と。
通常の転移では、世界を跨ぐ事は出来ない。
あり得ない事なのだが、レンならやりかねない。
そう思ってしまう程度には、ニイもレンの事を並外れた魔術師だと認識していた。
そしてそれは当たっていた。
移動、空間超越、記憶、対象の要素を持つ魔術、転界を使って直接自宅の庭へ転移し、サールの店までは空を飛ぶ。
扉を開けば鐘が鳴り、店主である旧神サールが二人を迎えた。
「いらっしゃい。
今日はどうしたんだい?
・・・物騒な持ち込み方するね。
触りたくない、って事かい。」
「そうなんです。
ユニアの、例の勘で。」
「それについても今度聞かせてもらいたいけどね。まずはそっちかい。」
サールが中級特殊魔術、鑑定を使う。
対象がどのようなものであるのか、暴露させるための魔術だ。
主に魔導具に対して使われる。
見た目には普通の剣。
しかし、レンの魔力感知はしっかりと魔導具である証の魔力が感じられていた。
レンには、鑑定が使えない。
代わりになるような要素も無い。
だから、鑑定はサールに任せる外無かった。
「ユニア、あんたすごいね。
当たりだよ。
触っていたら、レンと戦う事になってたね。」
「どういう事?」
「これは凶気の剣とでも言おうかね。
持った者を人斬りにする魔導具さ。
どうする、預かるかい?」
最終的にはそうするのが一番良い。
けれど、まずは報告しなければならないだろう。
レンは事情を話し、後程預かってもらう事にした。
「なるほどね。
あたしは構わないよ。
倉庫にはまだまだ余裕があるからね。」
「それじゃ用が済み次第持って来ますので、また後で!」
二人は転移し、消えた。
見送るサールは、十年経ってまた飛び回り始めた二人に思う。
「あれは死ぬまで冒険者だね。
魔石宿して年も取らない。
永遠に冒険者してるつもりかねえ。
まあ、あたしらも人の事は言えないけどね。」
しかし、仲間は増えた。
可愛らしい魔術師と、その相棒の戦士が。




