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魔術師、新世界へ 二

ネールと言う女性は、案内した後に少しお喋りして帰った。


「ゆっくりどうぞ。」


そう言って扉を閉めて、階段を下る音が雨音に消される。

残された冒険者二人は、目を見つめ合わせてくすっと笑う。


銀の髪の女性は、絶世と呼べる程に美しい。

長い髪は後頭部に紐で縛り纏めている。

深く青い瞳は、今は黒髪の少女を誘うように艶めかしく見つめている。

身体に張り付くような黒の衣服は彼女の大きな二つをこれ見よがしに強調し、すっと細い腰周りまでを妖艶に見せ付ける。

白の脚衣も彼女の線を露にするようなぴったりとしたもので、形も肉付きも良い腰の下から足首までをしなやかに覆っている。

そんな彼女を見ると、その胸は否応無しに早鐘を打つ。


「ゆっくりだったわね、レン。

待ってたのよ?」

「ごめんなさい、ユニア。

サンデリアスさんと話し込んでしまって。」


レン、と呼ばれた少女は、クロークを外套掛けに干し、手袋は机の上に置いた。

部屋は二人部屋で、寝台も二つある。

他には戸棚と小さな机、椅子と外套掛けと言ったところだ。

壁には白の紙が貼られており、全体的に清潔感がある。

良い部屋だ、レンは感想を抱く。


「良いから、こっち。」


ユニア、と呼ばれた女性は、自分の座る寝台の真横を叩く。

ここに座れ、と言う意思表示であろう。

苦笑いし、頬を染めてレンは従う。

髪を止める紐を外し、指で軽く梳いて、それから触れるだけの口付けを交わしてふわりと腰を下ろした。

ユニアは満足そうに笑みを作る。

肩に腕を回し、引き寄せた。


「それで、何の用だったの?」

「色々お話はしましたが、用事と言えるのは妖精の部屋の調整でしょうか。

部屋の拡張と構造の微調整をしてくれましたよ。」

「広くなったの?

それは嬉しいわね!」


酔狂なサンデリアスと言う名の、古代文明時代より生き永らえているリッチと呼ばれる不死族の者がいた。

彼は魔導具、魔法の力を宿した道具を作る仕事を生業とする錬金術師で、度々酔狂とまで揶揄されるような独特なものを作り出していた。

その内の一つがレンの手にある妖精の部屋。

かつては小さな立方体であったが、今は宝石の無い簡素な金の指輪となっている。

何処にあるとも知れない部屋に転移し居住出来る魔導具で、何処ででも休めるため非常に重宝していた。

寝室、台所、浴室、便所と揃っていたのだが、改良により寝室を二階、一階に居室を追加した。

浴室も緩やかな傾斜により排水機能が向上した。

台所には食料保管用の倉庫が追加され、その中は保管機能が強化されるよう調整されている。

そしてこれまでは、置く事により重力に関する情報を収集していたのだが、レンの莫大な魔力の貯蓄を前提として再現する事によりその必要も無くなった。

サールの協力で家具は以前から使っていた物と同じ工房から取り寄せる事が出来、あらゆる物が揃った。

こうして妖精の部屋は、まさに酔狂を極めた。

レン達は度々この魔導具に助けられており、荷物もそこに置いているので、最早無くてはならない魔導具である。




レンの髪を手で撫で、梳きながら、ユニアは話を聞いている。

艶やかなその髪も、かつて一度ぼろぼろになった事があった。

この八石の大地を蘇らせるために動いていた時に、見る影も無く傷んでしまった。

帰って来た時の姿はあまりに痛ましく、ユニアの胸を酷く締め付けた。


だが、それからの十年は幸せな日々だった。

レンは自分のそばを離れず、息子のレニは少しずつ、健やかに育った。

今はその若さで、門の街ハルに店を持つ立派な錬金術師となっている。

門の神殿ではイルハルとエルハルの二柱を奉っていて、大司教もそれぞれ一人ずつ立てているのだが、その一方の慈愛の女神エルハルの大司教、ブレアーティアがよく面倒を見てくれているようなので心配は無い。

ちなみに正義の神イルハルの大司教は、古い仲間のルタシスが務めている。

元々住んでいた迷宮の町の神殿は息子のメランが立派に引き継いだ。

レニは、髪と瞳はユニアのものを、容姿はレンのものを受け継いでいた。

父であるレンと同じように長く伸ばした銀髪に深い青の瞳を持つ、愛らしい少女のような少年である。

性格は男の子に近くなってくれたが、言葉遣いはレンのように丁寧だ。


二人目の子供は出来なかった。

二人共特別欲しいとは思っていなかったので構わなかったのだが、不思議ではあった。

ただ、レンは自分の身体が壊れたのだと思っている。

魔石を集める過程で幾度も死に、幾度も生き返った。

そして最後には心臓を失って、今その胸の中では自作の心臓が鼓動している。

その過酷な過程が、何らかの影響を及ぼし機能を失わせたのだと考えた。

ユニアには話した。

彼女は気にした風も無く、レニがいるから充分と言った。

申し訳なくて泣いた。




「んっ・・・。」


耳を甘く噛まれて、レンは目を覚ました。

目の前が肌色で、時間が全く把握出来ない。

赤面して顔を隠しながら聞いた。


「朝ですか?

あと、起こすならもう少し穏便な方法でお願いします・・・。」


寝起きからこれでは刺激が強い。

ユニアとの付き合いも十年以上となるわけだが、レンは未だに慣れなかった。

それがまた、ユニアを楽しませてしまうのだが。


「多分朝食食べられる時間ね。

服着て、行きましょ。」


耳元で囁き、その耳に唇を触れさせてから、ユニアはレンの上から退いた。

手早く衣服を身に付けていく。

朝は、やはりユニアが強かった。

長い冒険者としての生活で染み付いてしまったのだろう。

おおよそ同じ時間に起きて、起きた瞬間から意識がしっかりと覚醒している。

レンにはなかなか習慣付かなかった。

特にこの十年の平和な日々が、レンに朝が弱い性質を与えてしまった。

ユニアはそれを特別悪くは考えていない。

寝起きに弱いレンもまた可愛らしく思えて気に入っているのだ。

あくびを一つしてのんびり着ているレンを、そばに座ってにこにこと見つめる。

服を着終わったところで櫛を取り出し、髪を梳いてやる。

質の回復したレンの黒髪は艶があり、触り心地が良い。

全体に、綺麗に櫛を通し終わったら、今日は三編みにした。

そしてそれぞれに荷物を持って、酒場へと下りた。




昨夜の雨は未だに降り続いていたが、勢いは弱くなっていた。

激しく響いていた水の叩きつけられる音も今は小さく、耳に心地よい程度の風情ある節度を守っている。

今朝も酒場は人がおらず、静かなものだった。


「おはよう。

昨夜はもしかして?」


酒場の主人アンドレの妻のネールが、挨拶して早々に無遠慮に聞いた。

レンは噴き出してむせ込み、ユニアに背を撫でられる。

にやにやとした、悪い笑顔だった。


「聞こえてた?

ごめんね、私我慢出来てなかったかも。

レンったら激しくって。」

「何て事言うんですか!

恥ずかしいじゃないですか!

それに激しくしたの、ユニアですからね!」

「え、本当にしてたの?

女同士で?」


ただの引っかけだった。

二人でかかってしまった。

ユニアは隠さない性格なので気にも留めないが、レンは手に持っていたクロークに顔を埋めてうずくまってしまう。

声にならない悲鳴が聞こえた。


「レンも慣れないわね、この手の話。

慣れて欲しくないから、私は嬉しいけどね。」

「ねえ、本当に女同士で?」

「私は男です・・・。」


今度はネールの声が響いた。

何処からどう見ても女の子に見えていたのだ。

年は大きく見積もっても十五。

見た目だけで言うなら十三、十四と言っても十分通じる。

雰囲気がもう少し年上に見せていて、何とか十五、六の少女と言ったところだ。

それが男の子だった。

ネールの受けた衝撃は、しかしまだ序の口だった。


「こんな小さな男の子侍らすなんて、あなた悪い女ね。」

「私もう三十なんです・・・。」

「嘘・・・、年上?」


さすがにユニアは、苦笑いを浮かべた。




カウンター席に座る二人に朝食を出しながら、アンドレはネールの失態に頭を悩ませていた。

客が夜にしていた事を尋ねるなどあってはならない事であるし、性別や年齢の事にまで波及した上、その場にいなかった自分にまで喋ってしまうなども同様に論外である。

この二人の客が寛大で運が良かったとしか言えない。


「ネール、人様にべらべら喋るんじゃねえぞ。」


その声は恐ろしく低く、まるで奈落の底から響くようであったと言う。

ネールもこの時ばかりは肝を冷やし、怯え謝る事しか出来なかった。

もちろん客に見えるところでは、こんな事はしない。

奥から出てきた時点で、アンドレはいつも通りの、穏やかな笑みで料理を作り始める。

しかしネールの張り付いたような引きつる笑みと涙の滲む目で、何か恐ろしい事があったのだと知れる。


食事を終えて、ゆっくりしたいからと二人は席をテーブルへと移す。

飲み物を注文して、ようやく落ち着いた。


「さて、それで。

こっちは街が広過ぎて、まだ何とも言えないわね。

昨日はあの雨だったし。」

「こっちに戻って来て、びっくりしましたよ。

障壁で何とかしましたが。

作物が心配ですね。

それはともかく。

雨の中街を歩くのは、気が重いですね。

いっそ晴らしてしまいましょうか。」


雨雲を消してしまえば可能な気がした。

あくまで冗談で、そこまでするつもりは無いが。

しかし、仕事が進まないのは確実だった。




二人が八石の大地を訪れたのは、ほんの三日前の事だった。

それまでは迷宮の町の自宅で、魔術の研究に勤しみながらのんびりと暮らしていた。

印と永続化のおかげで魔導具とは全く異なる方向性から魔法の道具を作り出したりなど、相変わらずの破天荒さで周りを驚かせながら平和に暮らしていた。

こちらへ来たのは八石の大地復活から初めて、と言うわけでもなく、門の神殿にいる大司教二人に会いに行ったり、門の街ハルに二年前からあるレニの店にも顔を見せたりなどしていた。

さらに遡れば、ハルが出来て大きくなり始めた頃に、ニベルに呼ばれて会いに来た事もあった。

しかしハル周辺から外へ出た事が、ニベルに会った際の一度しか無い。

それも、ハル近郊にあった森の中での事だ。


今回はニベルからの依頼が、テヘラ経由で入ったのだ。

ニベルは現在名前をニイへ変えて、このレニアの街で小物細工の工房を営んでいる。

評判も良く、人々との仲も良好で、毎日を楽しく過ごしているようだった。

そんなニイから頼まれたのは、街で起きている事件の調査だった。


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