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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 依頼所を後にしたスーグリは、帰宅前に買い物を済ませておこうとお店に向かった。

 ひしめき合うリーファス通りの露店には大勢の買い物客でごった返していて、盛んに店先で呼び込みの怒号が響き渡っていた。

「ようスグリちゃん、どうだいこの果物買っていかないかい? 安くしとくよ」

「えへへ、ごめんなさい今日は他の買い物があるんです、また今度来ます」

「スグリちゃん、こっちの野菜は採れたてだよ、甘みがあって美味しいよ」

「ごめんなさい」

 通りを歩いていると、いろんな店先からスーグリの名を呼ぶ声が聞こえてきて、その度に立ち止まっては断りの挨拶を入れていた。

 アルステルに来て半年の間に色んなお店の主人との交流が出来たお陰で、人見知りだったスーグリにも笑顔で話せる人達が沢山出来ていた。

 今日中に冬に備えて暖かい外套は買っておきたくて、服飾店に入ると一目散に外套売り場に目を向ける。

「いらっしゃい」

「暖かい外套が欲しいんですけど、おすすめはありますか?」

「そうだね、これなんかどうかな、内側にボアが付いてるし気持ちいいよ」

 動物のふわふわの毛を編み込んだ外套は、柔らかくて触り心地もよく、革も丈夫で少しぐらいの雨でも染み込むことはなさそうだった。

「野宿してもこれがあれば凍えることはないよ」

「とても気持ちが良いですね、でもちょっと重くて動きにくいかな……」

 スーグリは羽織ってみると、体の小さい彼女には重いように感じ、これを着ながら槍を振るうとなると体力がいりそうに思えた。

「もう少し軽いとなると、こっちのほうが良いかな」

 店主は奥にあった少し小さめの外套を手にして、スーグリに渡した。

「これは分厚い革で作ってあるから風や雨からは守れるけれど、冷えやすいから服をちゃんと着こなしてないと寒いかな」

「迷っちゃうなぁ……」

 両方とも気軽に買えるような値段ではないので、どちらにしたら良いのか迷っていると、店の外を依頼所で見た男の子が通り過ぎて行くのが見えた。

「あ……あの子」

 スーグリは外套を店主に返すと、

「又、後で来ます」

 と言い残すと、男の子の後を追っていく。

 アルステルの町の中心で交差するタロス通りとリーファス通りから、大きく四区画に分けられていて、北に行くに連れて裕福層の家々が立ち並んでいく。

 男の子はリーファス通りから南東の路地へと入っていった。

 南東の地区は貧困層に当たる地区だったが、それはあくまでアルステルだけでの話で、他の小さな町に行けば普通の暮らしが出来る人達の地域である。

 道は細く、密集した家々の間には変わった店も立ち並び、隠れた名店がある場所でもあった。

 他の地区と比べても道の整備が不十分で、歩いているといつの間にか大通りに戻ってしまうなんてことは不思議でもなく、この地区以外の人は余程の用件がない限り入ってこようとはしない所だった。

 そんな所だとは知らないスーグリは、何の警戒もなく同じ様に男の子に付いて路地へと入っていった。

「何処まで行くのかな」

 男の子の後を少し離れて付いていくスーグリは、勿論この地区に入るのは初めてで、民家の壁伝いに細い道を通り過ぎていく。

 男の子の歩調には迷いもなく、素早い動きで右に左に道をまがり奥へ奥へと進んで行く。

 スーグリも見失わないように追いかけるのが精一杯の感じで、周りを見る余裕もなかった。

「……?」

 何度めかの曲がり角で男の子を見失ってしまう。

「ここを右に曲がったのが見えたけど……何処に行っちゃったのかな」

 細い道がずっと先まで一本道で、道の両側はお世辞にも綺麗とはいい難い家々が並んでいる。

「この辺りに住んでるのかな」

 家が立ち並ぶ通りを、スーグリはゆっくりと歩きながら男の子を探してみた。

 すると、一軒の窓からあの男の子を見つけることが出来た。

 昼間でも薄暗い家の中で、男の子は椅子に座っている相手に向かって何かを話をしているのが見えた。

「なんだ、ちゃんと親御さんもいるんだ」

 椅子に座った背中越しの相手はじっと男の子の話に耳を傾けているようで、男の子の顔を見ていると親から無理強いをさせられてるのではないんだと、スーグリはほっとした。

「何か欲しい物でもあったから働こうとしてただけかな」

 親から暴力を受けていたり、家が貧しく食べる物がなくて、仕方なく働かなければならないという表情には見えなかった。

 貧しそうに見えても家があり家族もいるのなら、ただの思い過ごしだったのかと胸のつかえが取れた気分で、そうと分かればもうここには用がなく、帰ろうとすると、

「……あれ、どうやって来たのか忘れちゃった」

 覚えている道を戻り始めたが途中で右だったか左だったのか、辺りを見渡しても同じような細い道ばかりで、急に怖くなってしまったスーグリの目に涙が浮かぶ。

「変な所に入って来ちゃったかな」

 太陽はまだ真上を通り過ぎたばかりの時間だったが、薄暗い住宅街に人気は少なく、陽が射さない路地ばはとても暗く通る気が起きなかった。

 何処を通ってきたのかさえ思い出すことが出来なくなって立ち往生した。

「あわわ……ううっ」

 賑わう人々の声すら聞こえてこないほど奥まで入ってしまったのか、どの方向が大通りなのかも分からず立ち止まったまま周囲を見渡すだけで、自分の住む町中で彷徨う羽目になってしまった。

 アルステルの外壁が見えさえすれば、壁伝いに戻ることも出来ただろうが、密集する家のせいで何も見えない。

「どうしよう……」

 まるで森の中にいるみたいだった。

 石造りの森とでもいうのか、同じような景色に囲まれ、町に居ながらこのまま死ぬまで彷徨い続けなくてはいけないのかと考えただけで身震いを感じた。

 考え込んでいたスーグリの肩を、ポンッと叩かれて彼女は乾いた声を上げた。

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