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振り向くと彼女の胸辺りまでしかない小さな男の子と女の子が立っていて、スーグリに向けて微笑んでいた。
「……何か用なの?」
訝しむスーグリが声を掛けると、二人は顔を見合わせ、
「迷子になったの?」
「……え?」
「お姉ちゃん、さっきからこの辺りウロウロしてるよね」
「そうだけど……、リーファス通りに行く道を教えてくれるかな?」
「いいよ」
「有難う、助かったよ」
男の子と女の子は嬉しそうに笑って手を出してくる。
「それは……何?」
「お金だよ、大通りまで行きたいんでしょう、だったらお金頂戴」
「……」
こんな小さな子からあからさまにお金という言葉が出てくることに、スーグリは驚く。
子供達は悪い事だとは思っていないのか、無邪気に言ってくることが恐ろしく感じた。
スーグリの村も貧しかったが、何かをしてお金を貰おうなどとは思ったこともなかったし、ましてや他人に催促したことなど無かった。
アルステルではこういった子供が普通なのか、この地区だけの問題なのか、小さい頃から何かをしてお金を貰おうとすることが身に付いているというのはこの子達の為にならないのではないかと思ったし、こういう行為に大人達は何も注意をしようとしないのだろうかと考えていた。
「そういう風にいつもお金を貰ったりするの?」
「当たり前じゃん報酬だろう」
「当たり前……って、こんな事してお父さんやお母さんに怒られないの?」
「くれないなら助けないよ、行こうか」
隣の女の子に言うと、去っていこうとした。
どうしたものか。
子供達に注意をするべきだろうが、アルステルの事をよく知っているわけでもなく、当たり前という言葉に隠された現実にスーグリは戸惑った。
これがここでの習慣で、この子達が貧しくこの行為で生活をしているとすれば、彼らの糧を奪うことにもなりかねなかった。
(この辺りではこういう事がまかり通ってるのかな)
かと言っていつまでもこの地区に居座る訳にもいかず、仕方なく二人を呼び止めて案内してもらうことにした。
「いい? ちゃんとリーファス通りまで送ってくれたらお金をあげるわ」
「いいよ、こっちだよ」
スーグリは二人の後を付いていった。
この地区で生活する住人らしく、何も目印がないのにスタスタと迷いのない足取りで家の間を通っていく。
「ほら、あそこの通りがリーファスだよ」
路地から見える通りには大勢の人達が通り過ぎていくのが見えた。
スーグリはもしかしてすぐ近くに通りがあって、騙されたのではないかと思うほど簡単に出てこられた。
「お姉ちゃん、早く」
「……うん」
それでも道案内を頼んだのは自分だったので、お金は払うつもりだった。
二人にお金を渡すと、
「ええ、こんだけぇ」
「そうよ、二人で一人分よ」
「何だよ、ケチババァ」
捨て台詞のようにスーグリに吐き捨てると、そそくさと二人はやって来た路地へ帰っていった。
「にゃ! なんでババァよ、それならあんた達だって数年後にはジジィとババァだからね」
二人に届かない、スーグリの怒った声が路地に木霊する。
立ちすくんだスーグリは無性に腹が立ってきて、ぶつくさ言いながら大通りに向かう。
「私がババァだったら、マルさんはどうなるのよ……」
怒りの矛先をマルティアーゼの悪口に変えて、リーファス通りから家路へと雑踏の中に身を投じていった。
数日後、スーグリは受けた依頼を終わらせ報酬を貰いに店へと向かう。
依頼の為にアルステルを留守にしていて久しぶりに宿に戻ってきたが、宿主からはトム達はまだ帰ってきていないと聞かされてため息を付いた。
「そろそろ雪が振りそうなのになぁ……」
空は昼間でもどんよりと薄暗い感じがしていて、町の人達も心配そうに空を見上げてる光景が目に付く。
アルステルでの初めての冬。
町を出る前と帰ってきた街の様子の変わりように新鮮な感じを受けながら依頼所に入っていくと、中では店主とあの男の子が言い争いをしていた。
「なんだよ、あと五日もすれば十歳なんだぜ、そんくらいいいだろう」
「駄目だと言ってるだろうが、全くしつこい糞餓鬼だ、あと五日ならそんときに来るんだな、たった五日ならすぐじゃないか」
「……あのぉ、おじさん」
スーグリが申し訳なさそうに割って入ると、
「おおっ、いらっしゃい、又この餓鬼が仕事くれって五月蝿くてさ」
「君、そんなに仕事がしたいの、何か欲しいものでもあるの?」
「関係ねえだろ」
男の子はスーグリにそっけなく答えた。
「おいっ、年上に向かって何だその態度は」
「いいのよ、そんなにお金を稼ぎたいならいい方法があるから教えてあげようかなって思ったんだけどなぁ……」
その言葉に男の子の顔色が変わってスーグリを見たが、彼女は天井に顔を向けたまま目を合わせない様にしていた。
暫くの間、沈黙が流れると、男の子の方から声が掛かった。
「な、何だよその方法って……、教えろよ」
「……」
スーグリは知らんぷりをして沈黙を保つ。
「なぁ、教えろって」
「……」
なおも無視していると、男の子の方も呆れてしまい、
「けっ……何だよ、本当はそんなの無いんだろう、嘘つき!」
そう言われたスーグリが男の子を見て、
「仕事をしたいならちゃんとした言葉を使うことね、お願いしますって」
「……」
茶色の短髪に少し寄り目の瞳で睨みながら口を噛み締めていた。
「本当に仕事を貰いたいなら頭を下げることも大切よ」
仕事を貰えない悔しさと、仕事を貰うために人に頭を下げる行為に自分が情けなくなって、目に薄っすらと涙を溜める。
「ど・う・な・の、お金を稼ぎたいんでしょう、お願いしますって言えないの? それなら五日後に又来ることね」
泣いていようがお構いなしに、スーグリは大きな目で視線を外さずに相手の答えを待った。
「……ます」
「聞こえないわ」
「おねが……い、します」
言葉を出すことが負けを認めてしまうとでも思っていたのか、男の子はスーグリに言った途端、頬に大粒の涙が流すが声は漏らさずじっと彼女を見つめていた。
「ちゃんと言えたね、どうして泣くの男の子でしょう、人に頼む時はちゃんとお願いするのは恥ずかしいことでも何でも無いのに」
スーグリは横を向くと店主に片目を瞑った。
「おじさん、これ依頼終わったから届けに来たの、報酬を下さいな」
「あいよ」
荷物から取り出した依頼の品を店主に渡して、男の子に向き直った。
「さぁ次は君ね、ちゃんとお願い出来たから、教えないとね」
そう言うとスーグリは壁にはられた依頼書を見て回り、めぼしいものを選んで店主に渡した。
「私が依頼を受けるには問題ないでしょう」
「あの子とするっていうのかい? 止めといたほうがいいんじゃないかい」
「大丈夫ですよ、ちゃんと働かなかったらこの報酬は私の物にしちゃいますから、ふふふっ」
二人で小声で話し合っているのを、男の子は訝しそうに見ている。
スーグリは前の報酬を受け取り、新たに受けた仕事を持って男の子と外に出る。
「いいかな、今からする仕事は私が受けたものよ、それを手伝ってくれるなら私から報酬をあげるわ」
「それだと半分しか貰えないじゃん」
「あら、半分だと不満なの? 大きな仕事は命懸けになるのよ、君はまだ出来ないでしょう」
そういうスーグリも一人で大きな仕事は出来なかったが、年の功を装って得意げに言う。
「それにちゃんと働かないと半分もあげれないよ、そこは君次第だね」
「えええぇぇ」
「まずは腹ごしらえにしましょう、付いてきて」
二人で近くの屋台で昼飯を食べることにした。
「ここは私の奢りよ、たくさん食べて」
「こんなに一杯……」
見るからにお金を持っていなさそうだったので、お姉さん気取りのスーグリは男の子にご馳走してあげた。
眼の前の料理に喉が鳴る男の子は、食べていいのかと目で訴えかけてきた。
スーグリがうなずくと、男の子はそれを合図にがっつき始める。
余程お腹が空いていたのか、次々と肉や野菜と何を食べているのかさえ気にする素振りもせずに、とにかくお腹に流し込んでいく。
「お腹空いてたんだ……」
スーグリは食べる手を止めて、男の子の食べっぷりに見惚れていた。
「君はどうしてそんなにお金を稼ぎたいの?」
「君じゃない、セーラだ」
セーラは頬に食べ物を詰めながら答えた。
「女の子みたいな名前ね」
「…………うるせえ、ほっとけよ」
セーラは顔を赤くして怒鳴った。
「私はスーグリよ、セーラは……何か欲しい物でもあるの?」
「俺が稼がなきゃ皆死んじまうからだ」
「死ぬって……お父さんやお母さんはいるんでしょう、何をしてるの?」
この前に見た、母親と楽しそうに話していたセーラの姿を思い出すと、とてもひっ迫した生活には見て取れなかった。
「母ちゃんは足が悪くて動けねえし、父ちゃんはこの前から病気で寝込んじまったんだ、だから俺が働かねえと皆死んじまう」
「そっか……分かった、セーラが十歳になるまで一人で仕事が出来るように色々と教えてあげる」
「ホントか?」
「うん、私も教えてもらった人がいるんだよ、セーラにも教えてあげるね」
セーラの表情が柔らかくなるのを見て、スーグリも喜んだ。
本当ならまだ遊びたい盛りの年齢で、自分から働くなど普通の子供なら考えないだろうに、セーラはそれが嬉しかったのか急いで料理を平らげていく。
食事が終わると、貰ってきた依頼内容を話した。
一番簡単な採集は報酬も少なく歩き回らないといけなかったが、子供が比較的安全に出来ることでもあった。
「初めは簡単な仕事で報酬の貰い方を覚えないとね、仕事をする場所も初めは町の周りで出来る仕事からね、大きい仕事はお金も多いけど危険だから地道に稼げるようになるまでは駄目だよ」
セーラは頷く。
「じゃあ今回は秘薬採集、ルーヴの枝集め、数は五百本だよ」
「何処に行けば拾えるんだ」
「場所が分からないなら、その時は店のおじさんに聞いたら教えてくれる時もあるよ」
「けっ……あの親父に聞くのかよ」
もう犬猿の仲のようにセーラは店主の事を嫌そうに思い出していた。
「これからあそこで仕事を貰うんだから、仲良くしないとね」
「……ふん」
「はぁ……大丈夫かな」




