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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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122/1102

122 アルステルの子供

 大きな穴は大量の海水と共に一気に海の中へと沈み込むと、マルティアーゼ達の船に波が打ち寄せ陸の方へと押し流していく。

 一瞬で遠くまで流され、黒い渦があった場所から大きな波紋が周囲に広がった。

 海の中から何か物が壊されていく破壊音が振動として響いてくる、それがルンバ達の船が噛み砕かれている音だというのは直ぐに理解できた。

 一瞬の出来事に為す術もなく、あっと言う間にルンバ達を飲み込んだ黒い渦はそれで終わりではなかった。

 海面が赤く染まり、噛み砕く音が止んで吹き上げる泡が静まると、マルティアーゼ達の船へと移動してきた。

「私が代わります、落とされないように掴まってて下さい」

「でも、疲れているんじゃ……」

「そんなこと言ってられませんよ、さぁ早く」

 櫂を受け取ったトムは全身を使って水をかき出した。

 波の勢いも手伝って船は速度を上げて陸へと向かう。

「なんて大きな口だったの、ドルエンさん達を簡単に飲み込んでいったわ……」

 トムに言ったのか独り言なのか、追ってくる黒い影を見つめるとマルティアーゼは呟いた。

勢いの付いた船は速度を上げ、はっきりと見えなかった陸の形も緑の山々がはっきりと見えるまでになってきていた。

 しかし陸地まではまだ距離があり、波の勢いも弱まってくると、あとはトムの漕ぐ力だけに委ねられた。

 少し休めたといっても疲労が無くなったわけでもない、勢いの無くなった船は重く、痛む筋肉に歯を食いしばって必死に漕いでいくが、海の生き物に勝てるはずもなく、折角取れた距離もみるみる内に差が縮まってきた。

「もう追いつかれるわ、このままだと……」

 ドルエン達のように大きな渦に飲み込まれてしまう、あの時のドルエン達の光景が脳裏に過ると、

「当たらなくても……」

 マルティアーゼは迫り来る黒く影に、詠唱を唱えて投げつけようとした。

 影が船の下に潜り込むと、突き上げるように海面が盛り上がり空中に浮いたかと思うと、大きな穴が渦とともに出来始めた。

「マールさん、海に飛び込んで下さい!」

 船が渦に巻き込まれ穴へと落ちる寸前に、マルティアーゼとトムが海へと飛び込んだ。

 空中でマルティアーゼは吸い込まれていく船に向けて火球を投げ込み、大きく空いた穴は船と火球、そして大量の海水を丸呑みすると海の中に沈んでいった。

 マルティアーゼとトムが海に落ちたと同時に、黒い怪物が水中で爆発した。

 立ち昇る水しぶきが海面から突き出し、木っ端微塵になった怪物の血で辺りは真っ赤に染まる。

 二人は強い衝撃に襲われ、木の葉のように水中で舞った。

 もがいて海面を探すが上下が分からず、手に持った荷物が浮きの代わりに体を海面へと引っ張り上げたので助かった。

「ぷはあ……はぁはぁ、トム! 何処にいるの」

「姫様ぁぁぁ」

 遠く聞こえるトムの声がどの方向から聞こえてきているのか、高く上がった波間からでは見ることが出来ず、彼の声が小さく聞こえにくくなっていく。

「トム、骨を……骨をボルドさんに届けて! アルステルで……アルステルで待っていて」

「姫様ぁぁぁ」

 声が届いたのか、かすれる彼の声を聞きながら波にさらわれ続けたマルティアーゼは、力尽きて意識が無くなると波間に姿を消していった。




 マルティアーゼ達が竜の骨探しに出かけて二ヶ月。

「マルさん、まだ帰ってこないのかな」

 一人寂しく宿に戻ってきたスーグリは、寝台に腰を掛けると窓の外を見た。

 暗い空に散りばめられた星々が煌めいている、この空の下で二人が何をしているのか気になっていた。

 初めの何日かは只一人で寂しく思いながら日常を過ごしていたが、一ヶ月も経つと心配と不安がよぎり始める。

 一向に戻ってくる気配が感じられず、何か危険なことでもあったのか、もしかして……と考えずにはいられなかった。

 それから更に一月……、もはや心配や不安ではなく、焦りでイライラする日々を過ごすようになっていた。

「直ぐにでも探しに行きたいけど、何処に行ったのか分からないからなぁ」

 すぐに帰ってくると二人が借り続けていた部屋も、宿主からは、

「使わないなら他の客に貸したいんだが」

 と言われ、

「もうじき帰ってくるから、ちゃんとお金は払います」

 と宿主をなだめていたが、流石に二ヶ月経っても帰ってこないので、仕方なくトムの借りていた一部屋を引き払った。

 スーグリは一人で出来る仕事を地道にこなしながら二人を待ち続けた。

 何度か他のギルドからお誘いが来ていたが、明らかに女目的と分かる人達や強面の人達だったため、何とか断って一人で頑張っていた。

 報酬は少なかったが、仕事に慣れてくると幾つもの仕事を掛け持ちすることで、生活出来るだけのお金を手に入れる事を覚えたので、お金に関しては困ることはなかった。

「早く帰ってきて一緒に大きい仕事出来たらいいのになぁ」

 生活は苦しくなくとも一人で旅をするだけの勇気もなく、すれ違いで出ていってしまったらと思うと、足を外に向ける事が出来ずに、ただ悶々とした日々をアルステルで過ごしていた。




 清々しい青々とした空の下。

 スーグリは今日も新しい仕事を探しに依頼所へと歩いていく。

 伸びてきた髪を上げて髪飾りで留め、革の服に手には槍をしっかり持っている。

 マルティアーゼに買ってもらった服装もすっかり板に付いてきた感じで、着慣れた風に街中を歩いていた。

 リーファス通りは露店ためのアーケードが完成しており、雨雪をしのぐ事が出来るようになっていたが、代わりに天気のいい日でも陽光に照らされることもなかった。

 冬でも新鮮な野菜が手に入るのは有り難いことで、他の国なら冬ごもりの保存食を作る作業でてんやわんやだっただろうが、アルステルではいつもと変わらぬ日常で冬を過ごすことが出来る。

「雪が降ったら遠出は出来なくなるし今の内にお金貯めとかないと、そうだ、暖かい服も買っておかないといけない」

 スーグリは寂しさを紛らわす為に色々なことを考えながら歩いていた。

 行きつけの常連のように依頼所に入ると、店主と挨拶を交わす。

「やあ」

 小柄な店主の蓄えた髭がピクピクと動くと横に広がった。

「こんにちは、何かいい依頼来てないですか?」

「そうだね、雪が降る季節になってきたから依頼も減ってきてるんだけどね……、どれどれ一人でこなせるものね……、友達はまだ帰ってこないのかい?」

 髭を手で揉みながら依頼書に目を通して聞いてきた。

「うん……まだ、もうすぐ雪が降るからそれまでに帰って来て欲しいけど」

「その友達は何処まで行くって言ってたんだい?」

「うう、行くつもりがなかったし直ぐ帰ってくるって言ってたから詳しく聞いてなくて、ミーハマットの何処かの町としか分かんないの」

「困ったもんだな、こんな可愛い子を待たせるなんてな、ははは」

「ですよねえ、困った人達です、うふふっ」

 仲良くなった店主と二人で依頼を調べていると、店にやってきた子供が壁に張り出されている依頼書を、食い入るように見ていく。

 スーグリはその様子を窺いながら店主に聞いてみた。

「あの子、まだ若そうなのに仕事探しにきてるんですね」

 スーグリも店主から見れば子供のようなものだったが、大人ぶった言い方で店主に話した。

「ん……? おや、又あの子か……仕方ないやつだな、おいっ坊主、お前さんは年齢が足りないから仕事は受けさせんと言っただろう、さっさと帰れ」

「なんでだよ、もうあと一つ歳取れば出来るんだろ、一つ位いいじゃねえかよ」

「駄目だ、駄目だ、それが決まりと言うやつだ、許しちまったら儂が仕事なくしちまうだろうが」

 店主が男の子に詰め寄り、腕を掴んで店の外へと放り出した。

「ケチ、馬鹿野郎!」

 男の子は店主に罵倒を浴びせると、何処かに走り去っていく。

「全くどんな親なのか見てみたいもんだ、子供に仕事させようなんて……」

 ブツクサと言いながら店主が店に戻ってくると、

「あの子、何かお金を稼がないといけない理由でもあるのかな?」

「どうだかね、身寄りがない子供ではなさそうな身なりはしてるが、年端もいかない子供に働かせようと思う親がどうかしてるんだろう、子供に仕事させて怪我でもされちゃこっちが役人に捕まっちまうさ」

 スーグリはあの男の子の必死に仕事探しをする姿が気になったまま、店主と二人で仕事探しに戻った。

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