1109 届く夢
雪が降るまでまだ少しは時間は残っていたが、だからと悠長な事は言っていられない状況に自然と皆の表情にも真剣さが浮かんでいた。
エリニア国に流入してくる元ローザンの民達、人が踏み進めてきた順路が後から来た人の道標となっているのか、その勢いは日増しに増えてきていた。
サレスが唱えた大きな宿のような大勢が住める家は一棟二棟出来る度に要領を掴んだ工夫達のお陰で建築速度も上がってきていて、移住してきた人達も参加した事で通りの両側に幾つもの家が毎日カンカン、トントンと音を奏でていた。
城から真正面の大通りの両側はずっと先まで家々が建ち並び、周辺の木々を綺麗に刈り取ると町の眺めも広々として見る事が出来た。
「随分と町らしくなって来たね」
「人員が増えたお陰で目まぐるしく開発が進んでいて、こちらの開発計画の方が遅れがちになって来ていますよ」
「今住民は何人ぐらいになったのかな?」
「ざっとですが、五千以上はいるかと……商売をしたいという住民も多いのですが店舗としての家の建築が間に合っていません」
「入って来る避難民の確保も大事だが、それに伴って経済が上手く回らなくては人は他へ流れていってしまう、困ったものだ……いきなり一国の住民をエリニアで引き受け入れられる容量は今の所ないからね、住民達には自分達で生活基盤を作り出して貰いたいが、彼らが生活出来る様に取りはからってあげて」
「善処しますよ」
今のエリニアの収入源は土地代が主であり、そのお金で工夫を雇って建築させていた、他には農地で人を雇い作った作物を売ったり八百屋に卸したりと国としての経営もしていた、人々には各自で出来る事、やりたい事があれば積極的に支援しているのだがタリアの下で働く人数では全く人手が足りなく、全員に上手く支援が行き届いていなかった。
今の流入の速度を考えるともっと町らしく多くの店舗が必要なのだがその前に住居の確保の方が重要で、もうじき雪の到来という時期に問題が大きくなってきた。
「それとエスタルの事だよ、エスタルの情勢は僕達が思っている以上に変わっているみたいだね」
サレスが話題を変える、先日戻って来たマリアからエスタルの情勢を聞いたサレス達はそれから色々と考えを巡らせていた。
ローザンを滅ぼしたマルティアーゼがエスタル王となっていた、それまでの経緯はサレス達には分からないが、問題はそこではなかった。
これはサレスにとっては朗報で、彼女が国王となったのなら出会える確率が大いに上がったわけだ、回りくどく王女と会う為にエスタル王と面会をし懇意にして貰ったりエスタルへ謙る必要が無くなって直接彼女に会えるかも知れない。
マルティアーゼにさえ会えればサレスの言葉でやり取りが出来るからである。
「彼女が王になったと言う事は、彼女がギルドの頂点に立ったわけだ、これは君達魔道士にとっても朗報だと思うよ」
「何故です?」
「頭の堅い貴族とは違い彼女は世界を見てきたんだから庶民と貴族に理解がある、私だって少しだが外の世界を見て来てこれまでの考えがどれだけ凝り固まった偏見であったのかを確認したんだ、彼女はその世界で生活をしてきたんだから他の者より理解力はあるはずだ、そこを突けば野良魔道士に対してもそう悪い印象は持たないはずだ」
「それは理想ですね、魔導王からすれば野良の中にはエスタル王打倒を目指している者もいるのですよ、野良を一括りで話しては賛同は得られないでしょう」
「まぁそうだろうけど、少なくとも自国の魔道士に関しては敵対する意思はないと自信を持って言えるよ」
「いきなり殺されるだけは勘弁して貰いたいですがね」
ギルドから次に見つけた場合は即排除だと通告を受けている事をタリアは覚えていた。
「国を造った理由の一つに君達の保護の為もあるんだ、私が会いに来たのも彼女が王になったのも何かの運命を感じるよ、見えない何かが私達を出会わせようと糸を手繰り寄せているみたいだ」
エスタル王家ではない辺境の娘であったのに、何故これ程までに昔からマルティアーゼという人物に興味を持っていたのか、それが今になって少し分かった様な気がしていた。
マルティアーゼには何かがあると漠然とした思いはこの事だったのだ、彼女が一公女では終わるはずがない、ただの公女ではなくエスタル王家の後継者だった事にサレスの考えが当たっていた事に嬉しく感じていた。
(あぁ私は彼女と会えたならどんな話をしたいのだろう、魔導王となった彼女はどのような性格の女性なのか、どんな声で話すのか、今から期待で動揺が抑えきれない)
まるで子共がお出かけする前のわくわくするような期待感に興奮するように、サレスの童心が疼いていた。
「楽しそうですね」
ぼうっと考え込むサレスの思いを打ち破るようにタリアが言ってくる。
「そんなにマルティアーゼという女性が気になりますか、多少の遍歴があるにせよ何処にでもいる女性にしかみえませんけどね」
実際にその目で見た事のあるタリアからすれば、少し美しいだけの普通のお姫様としか見えず特別な何かは感じられなかった。
「当然だよ、僕がどれだけマルティアーゼという人物に会いたかったのか分かるかい、彼女との会合は全ての答えを導き出してくれるはずだ、それが何をもたらすのか僕は見てみたい……僕が何故彼女に会いたかったのかこれまで漠然としていた質問が脳裏に浮かんだよ、そうだエスタル……魔導だ、彼女がエスタルの魔導王となったと聞いて漸く合点がいった、僕は彼女に隠されていた見えない物に惹かれていたんだ」
タリアはサレスが何を言っているのか理解出来なかった、まるで夢心地で譫言のように意味の分からない言葉の羅列を発するサレスを見ていた。
(私は聞きたいのかも知れない、エスタルという存在が何故選ばれたのか彼女の中にある青い血がそれを導いてくれるはずだ)
サレスは天井を見上げながら笑みを浮かべた。
(一体サレス様には何が見えているのか、そんなにマルティアーゼという人物が何か特別な鍵を持っているのか)
「サレス様、感傷に浸るのは良いですがエスタル王と会うにはまだ長い道のりがありますよ」
「そうだった、つい興奮してしまったよ、でも考えてもみてよラミールにいた頃からすれば随分と彼女に近付けたとは思わないかい、君は僕を妄想家だとみていたようだけど僕はそれを実現する所まで来たんだよ」
「別に妄想家とは思ってませんよ、マルティアーゼに会う事がそんなに重要なのかと思ってただけです」
「そこは否定はしないよ、昔の僕はただの違和感のような不思議な感覚が気になっていただけだからね、だが彼女に近付くにつれてこういう事だったのかと気付かされただけだ、僕はそれを知りたい確かめたいだけなんだよ」
「その為に国を追放されて建国するんですから固執というより執着に近いですよ、相手も変な人に目を付けられたと同情しますよ」
ふふふっと楽しそうにサレスは笑った。
「僕もまだまだ頑張らないといけない、この困難を切り抜ける為に色々と考えてみよう」
「やっと現実に戻って来てくれて嬉しいですよ、私も今から集会に参加しなくてはいけないので失礼しますよ」
「あぁ吉報を待ってるよ」
タリアはそんなにポンポンと良い事ばかり起きる訳がないだろうと思いつつ城を後にした。
マリアのもたらした情報一つでこんなにもサレスを喜ばせるとは思ってもみなくて、この先、新たな情報を持って帰ってきた時にはサレスは卒倒するんじゃないかと心配した。
(マリアもちゃんと任務を熟してるみたいだし、俺も頑張っておかないと何を言われるか分からないな)
軽く疲れた肩を叩いてタリアは集会場へ向かっていった。




